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半魔族の軌跡  作者: 未唯
1章
5/8

1-2

 街の中央部に、円柱型の塔がある。

 建設当初は真っ白だった壁も、過ぎ去った年月分だけ色褪せていき、所々黄ばみや黒ずみが目立つ。


 ここは、自由な出入りを想定されているため、開館時間中は門が常に開け放たれており、誰に止められることなく中に入ることが出来る。木製の扉を開けて、塔の中へ入れば、真っ先にたくさんの本棚が目に入ってくる。辺り一帯に、見上げなければならないほど高さのある本棚がズラリと立ち並ぶ姿は、まさに圧巻の一言である。


 ……とは言え、何度も来ていれば、嫌でも慣れる。


 レオンは慣れた足取りで中へ進んで行く。カウンターにいた人と挨拶を交わし、螺旋状の階段を昇って、上の階の先生達のいる学師室へと真っ直ぐに向かった。


 ノックをしてから、扉を開けた。



「おはようござーー……って、あれ? イヴァンも来てたんだ」

「おはよう。レオンはいつも早いなー」



 その声に振り向いたイヴァンは、のほほんとした笑みを浮かべた。薄緑色の髪と同じ色の瞳は、彼の性格を反映して、いつも穏やかな色を浮かべている。宿屋の息子であり、家の手伝いもしているため、一段落着いたお昼過ぎに来ることが多く、午前中に来るレオンとは時間帯が異なる。

 そのため、こうして一緒の時間になることは珍しい。



「今日は一日時間貰えたから、朝から来たんだ」

「そうなの? 珍しいね?」

「うん。その代わりちゃんと勉強してこい、ってさ」

「ははっ、おばさんたちらしいなー」



 一通りの雑談を終え、先生達の方を向くと、細身の男性が椅子から立ち上がった。

 少し長い前髪が目に掛かり、うっとうしそうに払ってから、レオンの前まで歩いて来た。



「レオンは今日は何を学ぶつもりかな?」

「あ、ニュートリアムの歴史でも勉強してみようかな、って思ったんですけど、お薦めの本ありますか?」

「無くはないが……君だったら、直接ギルドから借りた方が良いんじゃないかな?」

「えっ? ギルドから? ……本なんて置いてあったかな?」



 うーん、と首を捻って考えるレオンに、ガーリーはあっさりと一つ頷いた。



「職員の教育や研修に使われているから、何処のギルドにも置いてあるはずだよ」

「そうなんですか? それは、知らなかった……」

「ニュートリアム設立に関する情報に限らず、様々な事柄が載っているから、先ずはそちらを読んだ方が理解が良いと思う」

「はーい。……あー、じゃあ今日どうしようかなぁ?」



 灯台もと暗し、とはこのことである。


 先に父親やカミラ達に聞けば良かった、とは思うが、まさかあそこにそんな書物があるとは思ってもみなかったのだから、仕方がない。

 何か他のこと……そう、頭を悩ませたレオンを見て、イヴァンが手を打った。



「だったら、僕と一緒に魔法教えて貰わない?」

「……魔法?」

「うん。実は魔法を教えて貰うために、一日時間貰ったんだ」

「魔法かー! 興味はあるけど、出来るかなぁ……」



 魔法は、憧れである。

 バランサーにも魔法を使える人は多いので、いつかは学びたいと思っていた。


 そわそわしだしたレオンに、三つ編みの女性がくすりと笑った。



「なら、ガーリー先生、今日は二人に魔法の基礎からお教えしましょうか?」

「うむ、そうするとしようか。……地下室は開いてたかな?」

「大丈夫です、今日は他の方の申請はありませんから」

「では、利用の手続きを頼む。それじゃあ、地下室へ行こうか」



 トントン拍子に話が進み、ガーリーを先頭に地下室へと向かった。

 レオンは、イヴァンへ内緒話をするかのように口元に手を当てて喋った。



「……俺、地下室行くの初めてなんだけど」

「レオンも? 僕も初めてだよ」



 二人は顔を見合せて、笑った。

 初めてやることに、わくわくと胸が高鳴る。楽しみだ、と二人の顔には書かれており、足取り軽くガーリーの後を付いていった。




 …………。




 他の階と異なり本棚もなく、灰色の石が敷き詰められている場所へと3人はやってきた。

 室内の片隅に簡易的な机や椅子、黒板が置いてあったが、それらはうっすらと埃を被っており、あまり使用頻度は高くないことが窺えた。


 部屋の中央部へと来ると、ガーリーは二人に向き直った。



「さて、これから魔法についての説明を始めるが……先ず、基本の属性は知っているかな?」



 その台詞に、二人は顔を見合せて、一つ頷いた。

 そして、代表してイヴァンが答えた。



「基本は、火と水、それから風の三種類です」

「その通り。そして、これらの属性は、もちろん、得手不得手は存在するものの、基本的には誰でも使えるものだとされている。ただし、不得手な属性を使用する際は、魔力の減少が著しいので、注意が必要となる。早目に、自分にとっての不得手なものを把握しておくようにすると良いだろう」



 子供達が真剣な眼差しで聞いているのを見て、右の人差し指を立てた。



「それでは、先ず、魔力を込めるところからやってみようか」



 そう言うと、人差し指に赤い光が灯った。



「これは何の魔力か分かるかな?」

「赤い色だから……えっと、火ですね?」

「その通り。人差し指に魔力を灯すくらいならば、三種類問題なく使うことが出来るだろう。しかし、ここから魔法として発動するには、先にも述べた通り、魔力の消耗が激しくなるので注意するように。二人は、得意な属性はもう分かっているかな?」



 そう問われ、イヴァンは縦に頷き、レオンは横に首を振った。


 イヴァンは人差し指を立てて、魔力を込めて見せると、緑色の光が灯った。



「僕は、風が得意みたいです」

「なるほど、そのようだね。レオンはまだ魔力を込めてみたことはなかったのかな?」

「はい、すみません……」

「いや、謝る必要はないよ。これからやってみれば、良いだけだからね」



 そう言われ、二人と同じように指を立てて、魔力を込めようとして……はたと動きを止めた。

 突然固まったレオンに、ガーリーもイヴァンも不思議そうに彼を見た。



「えっと……あの、魔力って、どうやって込めるんですか?」

「「…………えっ?」」


「……え?」



 たっぷりと間を空けた後、全く同じタイミングで驚きの声を上げられ、レオンも驚きの声を上げた。


 魔力を込めることが初めてなのだから、質問をしてみただけなのだが、何か悪かったのだろうか……黙り込んでしまったガーリーを見て、落ち着かないように視線をあちこちやり、イヴァンの方へ視線を向けた。視線が合うと、イヴァンは戸惑いがちに口を開いた。



「えっと、レオン? 魔力を込めるって、えーと……こう、ほら、ボッてやる感じ?」

「……ボッ?」



 その擬音に首を傾げるが、言った本人も困ったように首を傾げた。そして、助けを求めるように二人して、ガーリーを見た。

 その視線を受けた彼は、後頭部を掻きながら、戸惑ったようにレオンを見た。



「魔法の使い方が分からない者は数多くいるが……魔力の込め方を聞かれたのは初めての経験だよ。うーむ、何と言ったら良いのか……自分の中の力を集めるんだが……先ず、レオンはそれが分かるかな?」

「自分の中の、力……?」



 そう言われて、両手を見てみるが、ちっとも分からない。

 いつも質問には理路整然と答えてくれる先生からの抽象的な教えに、レオンも眉を下げた。

 自分の中の力とは、一体全体何のことを指すのかが、分からなかった。


 明らかに困っているレオンに、ガーリーも同じように困った顔をした。

 皆が皆戸惑うような、そんな不思議な時間が過ぎていく。


 そして、言葉を選ぶように宙を睨みながら、ゆっくりと口を開いた。



「簡易的な魔法を使うことは、多数の者が出来る。大きな魔法を使うことは、少数の者が出来る。……魔力を込めるということは、全ての基本となる。故に、大多数の者が可能である……と、されている」



 一度言葉を切って、レオンを見た。



「繰り返しになり申し訳ないが、三種類の属性全ての魔力は基本的には誰にでも備わっており、ほとんどの者がそれらを魔力として灯せる。しかし、ほとんど、と言っている通り、全ての者が灯せるわけではない。実際、僕は、一つしか灯せない者を見たことがある。しかし……魔力を込められない者、もっと言えば、魔力の込め方が分からない者というのは、君が初めてだ」



 初めて……その言葉に、頭をガンと殴られたような衝撃があった。


 両手をジッと見つめて、再び試してみた。しかし、ただただ指に力が入ってプルプルと震えるだけであった。

 光は全く灯る様子はなく、どうすれば良いかの見当も付かない。


 恐る恐るガーリーを見てみれば、小馬鹿にされたわけでも、嘲笑されたわけでもない……ただ、その瞳には困ったような何とも言えないような色が浮かんでおり、レオンはますますやるせない気持ちになった。



「これは、言葉を話す、それぐらい自然と身に付けていくものであるとの認識だった。僕の見識が狭くて申し訳ないが、どのように教えれば良いのかが分からない。幸い、君はニュートリアムと密接に関わっているし、バランサーなら色んな地域に行っていることだろう。彼らなら、同じようなケースを知り、説明の仕方が分かるかもしれない……学師としては力及ばず申し訳ないが、彼らに聞いてみてくれないだろうか?」



 そう真摯に言われてしまえば、レオンは頷くほかない。



「……はい、分かりました……」



 意気消沈し帰っていくその背中に、二人から気遣うような視線を送られたが、それに応える気力はなかった。


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