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半魔族の軌跡  作者: 未唯
0章
2/8

0-2

 

 日が昇ってから、まだそんなに経っていないが、意外にもちらほらと外を出歩く人がいた。


 その内の一人である少女は、普段であればこの時間はまだ仮眠を取っている頃である。

 しかし、緊急を報せる通知が鳴り、起こされた。

 瞬時に覚醒して何事かと思ったものの、緊急を告げた筈の相手からは要領を得ず、ただひたすらに来てくれと言い募るばかり……。


 そのため、少女は表情には出ていないものの、機嫌が悪い。


 これが彼からの呼び出しでなければ、応じることなど決してしなかったどころか、恐らく話の途中で通信を切ったことであろう。


 目的地にたどり着き、扉を押すが、普段は鍵など掛けていないというのにも関わらず、開かなかった。

 思わず憮然とし、扉を睨み付けた。

 呼び出しておきながら、鍵を閉められているのだから、それも当然である。


 呼び鈴がある筈もないので、右へ少し歩き、チラッと周りを見て、誰もこちらに意識を向けていないことを確認すると、煉瓦をコンコンッと素早く叩いた。

 ガコッと音がして煉瓦がズレ、その隙間からスッと鍵を取り出す。また別の箇所を叩くと、ズレた場所がゴゴッという音とともに元通りになった。


 一連の動作を終えると、そのまま踵を返し、鍵を使って扉を開けた。


 見渡す必要もなく、そこに目当ての人物はいた。


 椅子に座りながら、机に肘を置き、まるで祈っているかのようなポーズを取っている。

 物音がしたであろうに、一向にその姿勢を崩さず、こちらを向きもしない男に、少女は腰に片手を当て、もう片方の手でくるくると鍵を回した。



「人を呼び出しておいて、どういうつもり? このまま帰っても私は構わないんだけど」

「待て待て! そんでもって、こっち来る前に鍵閉めてくれ」



 冗談ではなく、本当に踵を返しそうな彼女に、慌てて制止の声を掛ける。

 鍵を閉めろと珍しいことを言う彼に内心首を傾げつつも、大人しくそれに従った。


 そして、そのまま彼の方に足を進め……ピタッと歩みを止めた。


 そして目を丸くした。

 あまり表情を変えることをしない彼女のその珍しい顔に、反応を返すことすら出来ないほど、彼は心底困り果てていた。


 二人は視線を合わせて、暫し、見つめあった。



「ーーいつの間に、産ませたんだい?」

「んなわけあるか! つーか、自慢じゃねーが、そんな相手はいねーよ! 悪かったな!」



 がおっと吼えた彼に、肩を竦めた。



「なら、何処から拐ってきたんだ?」

「拐わねーよ!? つーか、お前、俺を何だと思ってやがる!?」


「ふっ、ふぎゃああ!」


「うわぁ!? よ、よしよし、悪かった、俺が悪かった!」



 バンッと机を叩いた音に驚いたのか、赤ん坊が泣いた。

 それに慌てた男が、赤ん坊をあやすように猫撫で声を出しながら、高い高いをした。


 頬を引き吊らせながらも、必死に赤ん坊を泣き止ませようとする男……。


 その光景を奇妙なものでも見るかのように……いや、実際に奇妙であると思って、眺めた。


 そして、確実に面倒事に巻き込まれたことを悟り、少女は溜め息を吐いた。




 …………。




 何とか赤ん坊を泣き止め、うつらうつらと夢に落ちていったのを見届け、ホッと一息を吐いた。

 そして、そのまま彼女に無理矢理赤ん坊を抱かせ、先に執務室へ向かわせた。

 非常に嫌そうに眉を寄せられたが、そこは無視をする。


 徐々に出勤してきた職員達に、大事な打ち合わせがあるから、執務室に近付かないように厳命し、その場を任せた。


 正直、今日は仕事どころではない。

 休めるものなら休みたかったが、自身の立場上そういうわけにもいかず、かと言って平然と仕事をするには、困難な精神状態である。


 そのまま執務室へ向かおうとしたが、そういえば、と方向を変えた。


 起きた後、まだ何も口にしていないことに気付いたからだ。

 自身は色々ありすぎて、特に空腹を感じてはいないが、彼女はそうではないだろう。きっと、起きてすぐにこちらへやってきたであろう彼女のために、軽食を用意することにした。


 食事処でサンドイッチを手際よく作る。そんなに凝ったものではないが、彼女はそんなに頓着はしないだろう。

 それよりも、待たせる方が機嫌を損ねてしまう気がする。さっさと準備をして、執務室へと向かった。


 扉を開けると、ソファに赤ん坊を寝かせ、別のソファに腰を下ろして待っていた。チラッとこちらを向いた彼女は、気のせいかいつもより視線が冷やかに感じられる。


 しかし、付き合いの長い彼はその視線をものともせず、サンドイッチと水を机に置いた。



「お前、メシまだだろ?」

「そうだね、何処かの誰かに緊急だと呼び出されたからね」

「へいへい、悪かったよ。だけど、実際緊急だろ?」

「さてね。まだ状況が分からないから、何とも言えない」



 瓶からコップへ水を注ぎながら言われた言葉に、それもそうだと頷く。

 チラッと赤ん坊に視線をやれば、すやすやと気持ち良さそうにソファで寝ていた。


 ……人の気も知らずに、呑気なものである。


 赤ん坊に言っても仕方ないことではあるが、そう思わずにはいられない。



「今朝、俺がいつものように扉を開けた後な、突然男が入って来たんだよ。いつもはそんな飛び込むように入ってくる職員も、客もいねーだろ? 驚いて振り返ったら……こんなことになった」

「こんなことになった、じゃない。ちゃんと説明する気がないなら、私は知らないからな」

「待て待て、そう言うな。つーか、どう説明して良いのやら……本当に突然赤ん坊を押し付けられたんだよ。しかも、俺がカウンターの中にいる時に、だ。グイッて押し付けられちまって、反射的に受け取っちまったんだよなー……赤ん坊だぞ? 乱暴に扱えねーだろ、普通」



 ガリガリと頭を掻く彼に、思わず溜め息を吐いた。


 ここは、彼ーーカイルがギルドマスターを勤める、中立機関、ニュートリアムの一支部である。

 そして、彼女ーービオラはギルドに所属するバランサーである。



「それで? 赤ん坊を押し付けられた、それだけで緊急だと言っているわけではないだろう? 何が問題なんだ?」



 パクっとサンドイッチを噛んで、彼に本題に入るように促す。


 それだけであれば、養護施設なり何なりに引き渡せば良い。もっと言えば、押し付けた人物を探し出しても良い。

 ニュートリアムの力を持ってすれば、そのくらいは容易い。

 ウンウン唸っている暇があるならば、さっさと行動に移した方が建設的である……にも関わらず、カイルはそれをしなかった。いや、それをしようとはしなかった。


 彼は溜め息を吐いて、手紙を机に置き、そのまま赤ん坊に視線をやった。



「手紙と、それから赤ん坊の首に掛かってるペンダント」



 要点のみを伝える彼に、手に持っていたサンドイッチをペロリと平らげる。


 そのまま立ち上がり、音をたてずに赤ん坊の目の前にしゃがみこんだ。すやすやと気持ち良さそうに眠っている子を起こさないように、ソッと首のペンダントを取り出す。チェーンを引っ張りあげれば、メダルがブランと揺れた。金色のネックレスに、金色のメダル……両方ともメッキなどではなく、本物の金を使っている。そのことに眉を寄せた。

 通常赤ん坊を捨てるのは、貧しくて育てられないから、という理由が多い。だが、赤ん坊に高価な金のペンダントを持たせるということは、経済的な理由ではないということだ。

 嫌な予感がしつつも、話が先に進まないことは分かりきっているため、ゆらゆらと揺れるメダルを手にして、嫌々絵柄を目にする。

 その絵柄を認識すると、ジッと半ば睨むように見た。しかし、当然ながら、いくら睨んだところで絵柄が変わるわけでも、その意味が変わるわけでもない。小さく溜め息を吐いてから、ソッと元の場所に、赤ん坊の服の下へ戻した。


 そして、そのまま無言で元の場所に座り、机の上の手紙を取った。

 封筒自体に捺印等はなく、既に開封済みだったので、中身を引き抜いた。

 これまた上質な紙だった。


 そこには、赤ん坊の名前と共に子供を守って欲しいという旨がツラツラと書かれていた。


 そんな長くもない手紙を読みきり、再び封筒にしまい、机に置いた。


 向かい合った状態のまま、双方無言で時を過ごしたが、先にビオラが動いた。ソファに凭れ掛かり、足を組むと、口を開いた。



「良い度胸の持ち主だね。よりにもよって、ここにこの赤ん坊を任せるとは」

「だよなぁ……まさか、依頼が出ていることを知らねーわけじゃないだろうし」

「余程の馬鹿でない限り、ね。それにしても、依頼が出てから数週間の間にここを見付けたとは考えにくい……だから、早目に対処しろと言ったんだ」

「げぇ……やっぱり、アレ、そうかー……」

「敵意が感じられないからって放置した君のミスだね」



 にべもなく言われた台詞に、カイルは顔をしかめた。


 しかし、反論は出来ない。

 だが、一つ言わせて貰えるとすれば、こんな事態になるとは誰が想像出来たというのか……。


 ここ何日か、自分を観察するような視線があった。

 しかし、敵意も感じられず、かと言ってもちろん好意も感じず、ただただこちらを観察するかのような視線……不快ではあるが、取り立てて騒ぎ立てることでもないだろうと、カイルは放置することにした。

 ビオラからその件で忠告されたものの、そんなものに構ってる時間が勿体無いとばかりにおざなりに返事をしていた。

 そのため、ビオラからそら見たことか、と言うような態度を取られても、反論することは出来ない。……とても、悔しいことではあるが。



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