ネオリベラリズム
村上加奈は大学在学中、教養科目で法学を履修した。
講義内容は新自由主義についてだった。資本主義経済がもたらす貧富の格差、親の貧困が子に受け継がれるしくみなどを半年間勉強した。
授業の一環で、「貧困は自己責任か」というテーマでレポートを書いた。
貧しくても国立大学に進学して大企業に就職する人はいくらでもいる。お金持ちになるのは難しいけど、貧困に陥るのは本人にも問題があるからじゃない。当時の加奈はそんな考えだった。
しかし、教授の考えはそうではないことを理解していたので、レポートには「貧困は自己責任ではなく、様々な境遇の人を受け入れられない社会が悪い」と主張して、加奈は法学の履修者の中で最高点で単位を取った。
加奈は自分が賢い人間でないことをよく理解していた。だからこそ、教員免許を取得して職に困らないように保険を掛けたつもりだった。
私はお金持ちにはなれないけれど、きっと普通に食べていける程度には稼ぐことが出来るだろう…。貧困なんて、私には関係ない。
それが浅はかな考えだったと、5年後に思い知ることになる。
加奈は22歳で結婚、出産したが、25歳のときに2歳の梨奈を連れて離婚して実家に戻った。
「ここも、ダメか…」
加奈は落胆した。予備校の生物講師を目指して採用試験には合格したものの加奈が勤務可能な時間に、受講できる生徒が居なかったため採用を見送られることとなった。これで、二校目だった。
試験には合格しているのに、小さい子供を抱えながらでは保育園の開園時間に合わせて働かざるを得ない。いくら実家暮らしとはいえ、毎日のこととなると甘えっぱなしにはできなかった。
加奈の母は専業主婦で父は現役で働いていたため、児童扶養手当、児童育成手当は一切支給されない上、認可保育園には入れないため保育料の高い認証保育園を利用せざるを得ず、経済的に圧迫されていた。
別れた夫の司は養育費を滞納することも多く、経済的な援助は望めそうになかった。
また、加奈の住む地域の保育園は待機児童が多く、厚生年金保険加入者の方が保育園の優先順位が高く入りやすい地域で、当時パートタイマーだった加奈は国民年金保険加入者のため、認可保育園の入園基準を満たしたところで保育園に入れる保障はなかった。
学校の先生になろう。
加奈はようやく教員免許を利用しようと考えた。
大学を卒業してから実験をしていなかったことや生物以外の物理化学地学を指導する自信がなくて、生物の予備校講師を目指したが、やはり学校の理科の先生になるしかないと思った。




