最終話 おいはフライド丸
最終話 おいはフライド丸
「隠すな、ばればれだったぞフライド丸」
子安どんはにやりと笑った。
「まずお前は移植の時にいなかった。しかも入院していたと言う。
それはお前が移植手術を受けていたからに他ならない。
そしてお前の腰に私の知らない傷跡が増えていた、あれは骨髄採取した痕だ。
たかが階段から落ちたごときで、そんな規則正しい傷跡が出来るはずはない。
そして、極めつけはこれだ…」
子安どんは手元の小さい方のかばんの中から、4通の封書を取り出し、
それを開いてぱんと軽く叩き、俺に見せた。
それは俺が骨髄提供者として受け取った、子安どんからの手紙と、
骨髄提供者の俺が患者である子安どんに送った手紙だった。
隠してあったのに、どうやって見つけたのだ。
「本の間などとうかつな所にしまうな、アホかお前は。
しかも文字の時点ですでに丸わかりな上、何だあの歌は。
『命捨てがまる』とか表現、島津の退き口の島津豊久じゃあるまいし。
そんな表現をする者など、フライド丸お前しかおらぬわ」
子安どんは肘掛けに置いた、俺の手に自分の手を重ね置いた。
もう一方の手で下からすくうと、指環と指環のぶつかる音がかちりと鳴った。
「…ありがとうフライド丸、嬉しかったぞ。
お前が私のドナーだってわかった時、嬉しくて嬉しくて泣いたぞ…」
「構わん」
俺は手をつないだまま窓の外を向いた。
新幹線は新横浜を出て、終点の「ねお薩摩」へと走り出した。
「留っちゃんが俺を助けたあの時、俺の命は留っちゃんのもんになったんやから…、
当然や、惚れた女のために命捨てがまるのが『ねお薩摩隼人』やからな」
俺は顔を戻して、ちょっと赤くなって笑った。
子安どんもそんな俺の顔を見て笑った。
電車を乗り継いで最寄りの駅に着くと、もう日が落ちて暗かった。
もうすぐ冬が始まる、日没も早い。
俺たちは手をつないで家まで歩いた。
島津の大きいのと特売品を取り合ったスーパーの前を通り、
島津の勘違いデブが仕切りの上に無理矢理寝ていたベンチのある公園を抜け、
俺たちの「島津マンション」へと歩いて行く。
人の暮らす、命の証しである、電飾の灯りをまとった「ねお薩摩」の森を背に。
俺たち島津家もまた、そんな灯りのひとつなのだ。
俺は生きて行く。
これからも俺は生きて行く。
子安どんと富久と新納どんと伊集院どん、「島津マンション」のみんなと、
あと、鹿児島の揚弘夫妻も加えて、この電脳都市「ねお薩摩」で。
俺は戦国武将じゃなくてただの男、フライド丸。
「おとん! おかん!」
島津マンションの見えるところまで帰ってくると、富久が新納どんと出迎えてくれた。
俺たちは留守中、富久を預かってくれた新納どんに頭を下げた。
富久はかけ寄って来て、お帰りを繰り返して俺と子安どんの足元にまとわりつく。
子安どんはそんな富久の頭を撫でながら言った。
「フライド丸、お前の正体もばればれだったぞ」
「え…」
「あれだけ大勢島津家の者と、その退き口の主要関係者が身辺に登場したにもかかわらず、
長寿院盛淳とあと一人、名前のみで姿をまったく現さない人物がいる。
高齢の盛淳ではない、ちょうどお前と同じ年頃…当時30歳ぐらいの男だ。
お前は過去を捨てて新しい人生を生きるために、この『ねお薩摩』に流れ着いた。
付いて回る自分の過去と戦って自由を得ようとした、自己を確立しようとした。
全ては自分の心の平和、その一点のためだけに」
子安どんは俺の目をじっと覗き込んだ。
濃い顔の眉と近い、まつ毛の濃い、黒目がちな目はいつになく迫力があった。
…まいったな、子安どんはおやかたさあと同じで鋭い。
俺の全て、何もかもを見抜いている。
「豊久はお前の中にいる過去の影などではない、
今もこうして、この『ねお薩摩』の私の隣に生きている、
『フライド丸』と名を変えて新しい人生を生きている、
だから豊久の姿は現れない…違うか、島津豊久」
「…さあね、そげん男知らん」
俺はそっぽを向いて口を尖らせた。
俺は逃げ切るぞ、逃亡者だからな。
「お前はあの忠恒性格最悪より悪だな…私の作品よりも真っ黒々の悪だぞ」
「悪で結構」
「しょうがないやつだな…まあそんな男に狂った私も共犯だ。
最後まで付き合ってやる、でないと作品描けん」
子安どんは腕を組んで、ふんと鼻を鳴らした。
富久も俺の腰にぎゅうと抱きついた。
「あたしも! あたしもおとんに付き合う! 共犯やで」
「共犯て何の事ね、おいは知らんでね…」
俺は富久を抱き上げて自分の頬を寄せた。
そして笑って言った。
晩秋の乾いた冷たい夜が俺を優しく抱きしめて、
俺の過去を、罪を、隠し消して、青い雲をかき分け銀色の月へと上って行く。
「…おいは『ねお薩摩』が男…おいはフライド丸じゃっど」
「ねお薩摩サイバーパンク!」 完




