第81話 地の塩、世の光
第81話 地の塩、世の光
「揚弘、俺はこの二人の結婚を認めたいけれど、お前はどう思う。
お前にとって養父の再婚は複雑で、つらい決断かも知れないが」
泰弘兄さあはうつむく揚弘に問うた。
揚弘はうつむいたまま首を横に大きく振った。
「…ちっとも。ちっとも辛ない、フライド丸は子安っさんの幸せを願ごて、
泣く泣く兄さんに子安っさんを任したんやから。それが一番やと思う。
兄さんかて子安っさんの幸せを願ごて、フライド丸の提案を黙って引き受けた、
子安っさんの気持ち知っとるから、手もつけず名前だけの夫に徹した。
フライド丸の存在を許した、それが兄さんの子安っさんへの愛やから。
俺は許す、それが兄さんに教わった俺の愛やから。俺の愛もそこに加えて欲し」
「ありがとう揚弘…よく言ってくれた」
「愛とは許すこと」、大きいのの愛は揚弘や泰弘兄さあにも移植され、根付いているのだ。
俺の骨髄が子安どんの骨の一部になって、血として子安どんの中で生きるように。
子安どんは小さな祭壇の前で泣いていた。
「…ごめん、幸弘、ごめん…」
俺は泣く子安どんの背中を撫でた。
嗚咽は慟哭に変わった。
たぶん、子安どんは大きいのの愛の深さを思い知ったのだ。
俺はやっぱり彼には勝てない。
大きいのは地表に現われた小さな塩の固まりだ。
ずっと地中深くに眠っていて、ようやく地表に露出した大きな塩の一角なのだ。
塩は生きる者に摂取され、命となるのだ。
命は新しい命を産み、そうして世界に命と言う灯りが灯っていくのだ。
「ねお薩摩」の森を飾る光の群れのように。
この日、島津の大きいのは子安どんの中で永遠になったと思った。
それからしばらく経った春のある夕暮れ、揚弘が「島津マンション」を出て行った。
宮城の泰弘兄さあから、一緒に仕事をしないかと誘われたとか。
「まこて行っとか、揚弘。ずっとここんいてん良かちゅとに」
みんなが揚弘を見送る中、俺は言った。
大きいのが亡くなって、「島津マンション」は子安どんの代になった。
「…俺は行くで。兄さん亡うなって、泰弘兄さんひとりになったやろ、
そやから今度は俺が泰弘兄さん慰めたりたいねや」
「そうか…連絡ばしやんせ、またいつでん」
「アホお、俺ら『戦国アサシネ組@NS_CYBERPUNK』やろが、
ネット繋がり次第パーティ組むわ、待っとれ」
揚弘は島津マンションの門を出て、少し行ったところで振り返った。
手を振りながら俺に叫んだ。
「フライド丸、俺らずうっとずうっとお笑いコンビ、
島津豊久withフライド丸、『ねお薩摩サイバーパンク』やで!
島津豊久は…おいはずうっとフライド丸が友達…家族じゃっど…やで!」
揚弘は俺の「まいるど関西弁」を真似した。
揚弘のやつ、まだ島津豊久とか言ってやがる。
もう島津豊久なんて名前名乗る必要ないのに。
戦国の、徳川の陣中で、俺が揚弘にとっさに着せただけの名前なのに。
島津豊久は流刑者の俺なのに。
俺は流刑者だから、当然俺を観察する人間が天界より派遣されており、
月に2度の面談と月に1度の家庭訪問が続けられていたが、
春になってその観察官が交代となり、新しい観察官が派遣されて来ると、
前の観察官から2月に聞かされていた。
また、観察官は数が少なくて人手不足なので、それに準ずる保護司と、
研修中の新しい死神が、地方研修を兼ねてやって来るとの事だった。
3代目死神が決まったのか…。
俺は井伊直政という死神志望者を思い出した。
新しい大家となった子安どんは、揚弘が出て行って空室になった隣の部屋に、
新しい入居者を迎える事にした。
非営利団体からの申し込みで、単身赴任のおっさん2人のルームシェアらしい。
「島津マンション」の事だから、どうせろくなやつじゃないに決まっている。
ヤクザだろうか、それとも殺人犯だろうか。
新しい入居者たちは荷物を運び入れる事なく、忍び込むようにして引っ越してきた。
3月の終わり、ちょうど桜の咲き始める頃の夜だった。
その入居者たちがうちへ挨拶に訪れた。
「こんばんはあ、新しく隣に引っ越してきた者です」
子安どんがはいと返事をして玄関の扉を開けると、あっと目を丸くした。
「英語教師の島津義弘でーす! 天界保護司もしていますう」
「井伊直政でござる、よろしくお願い申し上げまする。
天界警察死神課新仏送迎1係所属、第3代死神正!」
島津の勘違いデブと井伊どんの「ぞんび」は、俺と子安どんに、
挨拶の品の「たおる」なる毛羽立った手ぬぐいを、押し付けるように差し出した。
「あ、井伊どんの『ぞんび』受かったとか、死神昇格試験」
「天界が借り上げた部屋がまさかこことは…おかげで観察もしやすくなったな。
不届きは許さぬぞ、島津豊久」
「てか、あんデブけ死んだんやなかとね!」
「霊が死ぬか! ラヴ・ネバー・ダイズ!」
俺は天界「こんび」に黙って蹴りを入れた。
「貴様ら…天界帰りい!」
「島津さあん、島津幸弘さん」
「はい」
それから5年後、俺は病院にいた。
夕食の料理中に火傷をして薬をもらいに来たのだ。
「お先に保険証お返しします」
「はい」
薬を受け取って会計を済ませる。
こんな当たり前の事がとても嬉しい。
俺は島津幸弘。
泰弘兄さあや子安どんは「揚丸」に改名したらと言うけれど、
俺はあの日以来、ずっと「島津幸弘」のまま、改名せずに名乗り続けている。
亡くなった人が今も生きているような気がして。
豊寿丸、忠豊、豊久、字に又七郎…。
俺は戦国の世界でもずいぶんと名前を変えられた。
その度ごとに自分を否定された気がして嫌だった。
俺は島津忠豊として大人になり、生きて来た。
それを妹の婚儀のためにまた名前を変えられ、たった半年ほどで死んだ。
豊久とかそんな名前、馴染む訳がなかった。
俺の戦国は島津忠豊、そこで止まっていた。
フライド丸、子安揚丸、島津揚丸、島津幸弘…。
「ねお薩摩」でも俺の名前はころころと変わった。
でもちっとも嫌じゃなかった。
自分で命名して、自分で納得して、自分で選んだ名前だったから。
俺は島津幸弘、自分の事は自分で決める。
それがこの「ねお薩摩サイバーパンク」に流れる思想だから。
俺は島津の大きいのを忘れたくない、そう決めたから。
「帰るで富久(ふく)」
俺は待ち合いの長椅子に腰かけて絵本を読む、小さな女の子に声をかけた。
彼女は本を片付け、きゃっきゃと笑って俺の足許にまとわりつく。
「おとん、終わったのん?」
「終わったで。おかんも仕事しとるし、ごはんでも食べて帰ろか?
おとんは火傷してごはん作られへん」
「ほんまあ? ほな、スパゲッティ! デザートもやで?」
「おかんには内緒やで?」
あれから、俺は人の親になったのだ。




