第78話 I FOUGHT THE LAW
第78話 I FOUGHT THE LAW
容疑者には弁護人をつける権利がある、そう井伊どんの「ぞんび」は言うけれど、
俺にはそういうあてはなかったので、天界に登録された弁護人の中から、
くじ引きで選んでくれる、「天選弁護人」なる弁護人をつけてもらう事にした。
この天界では弁護人がいないと裁判が出来ないらしい。
弁護人との顔合わせの日、俺は部屋で昼食を受け取っていた。
細長い今様の扉の横には食事の膳を出し入れする小窓があり、
そこから看守が食事を差し入れてくれる仕組みになっていた。
手を合わせていただきますを言って食べ始める。
献立は麦飯に焼き魚と菜ものの弁当にみそ汁、お茶だった。
ありがたい。
俺の見た戦国の世界では、食うのにも困っている民が大勢いたと言うのに。
罪人の衣食住が国費で保障されているとは、なんとも皮肉な事だ。
「1022番、面会だ。お前の弁護人が来ている」
その食事の途中、俺は看守に呼ばれた。
ここでは名前ではなく、割り当てられた番号で呼ばれる。
1022番、ちょうどフライド丸の誕生日と同じだった。
食事もそこそこに長い廊下を連れて行かれた。
白く長い廊下の先は二股に別れており、右に曲がると看守たちの詰め所や、
井伊どんの「ぞんび」たちが勤める事務所など、管理施設となっていて、
その一室が面会室となっていた。
「こんにちは」
部屋に入ると、男の優しい声がした。
「偶然だね、島津豊久…いや、フライド丸」
「げっ、おやかたさあ…何おっとね」
天界が選んだ弁護人とはおやかたさあだった。
俺に殺されて天に戻ったのか。
「私もここではお役目についている。天選弁護人契約弁護士、島津義久。
このたび裁判所のくじ引きで選ばれた、これは縁起がいい」
なんでおやかたさあが弁護人なんだ、容疑者の身内は普通避けるものだろうが。
…井伊どんの「ぞんび」だな、きっと。
「弁護人として選出された以上は最善を尽くす、一緒にがんばろう。
そしてここからはお前の家族として言わせてもらう。
司法取引が成立して減刑が認められても、お前は無罪にはなり得ない。
罪は罪だ、きちんと罪を償いなさい」
「…はい、おやかたさあ」
俺はしぶしぶ返事をした。
「私は待つ、この天界で待つ、お前が罪を償い終えるその日までずっと。
罪を償い終え、再出発し、天寿を全うして、お前が仏様となる日をここで待つ。
忠恒はどうかわからないけれど…私と島津家はお前を許し、
お前の更生に手を差し伸べる。それが家族だから、愛だから」
「はい…」
あれだけの事をしても、まだ俺を許すと言うのか…。
「愛とは許すこと」、だから似ているのか。
俺はおやかたさあの顔に、島津の大きいのの面影を重ねた。
そして少しだけ嗚咽した。
「被告人、日向国佐土原城城主、島津豊久」
「違いもす」、俺はそう言いたいのをぐっと堪えて「はい」と返事をした。
検察の側に徳川どんを見つけてがくうと崩れ落ち、俺の裁判が始まった。
起訴状が朗読され、被告人には黙秘をする権利がある事を告げられる。
そして犯した罪を認めるかどうかを聞かれた。
「被告人は現世ならびに当天界より逃走した事を認めますか?」
「否認しもす」
「戦国の世界で村を焼き討ちにして民草を殺害し、京にて御所に侵入して焼き討ちにし、
天皇陛下を殺害した事を認めますか?」
「否認しもす」
弁護人のおやかたさあが、初回の裁判では無罪を主張しろと言うので、
俺は罪状を全て否認し、無罪を主張した。
そうすると、裁判の続きは次に持ち越され、次の裁判をどう進めるのか、
司法の者らや死神課の上にある検察などで話し合いが持たれるそうで、
そこで司法取引が行われるとか。
つまり話し合いの場に持ち込まないと、司法取引は始まらないのだ。
それから検察側の陳述を徳川どんが行い、俺に求刑がなされた。
「検察は被告人、島津豊久を無間地獄の永久刑を求刑します」
天界での刑罰には死罪はないし、死人は死なないから終身刑もない。
永遠の地獄が続くだけだと、井伊どんの「ぞんび」が言っていた。
無間地獄は地獄の中でも最悪の地獄だったはずだ。
おそらく検察の求刑が最高刑なのだろう。
被告になった俺の身柄は例の病院みたいな留置場ではなく、
「拘置所」なる被告たちの収容所に移されていた。
裁判の後、その拘置所へ帰る途中に井伊どんの「ぞんび」は言った。
「お疲れ、あとは弁護人の島津義久と検察が裁判官と話し合いをする。
検察にひとり身内の者がいるから、まあ悪いようにはしないだろう」
身内の者…徳川どんだ。
「あの、井伊どんの「ぞんび」…おおきに」
「何をだ」
「福島どんらあん事、おやかたさあん事、徳川どん事…、
井伊どんじゃっどね、あげん偶然なか」
「言ったはずだ、島津豊久…いやフライド丸。
お前が罪を認め捜査に協力する限り、お前のために力を尽くすと」
俺の腰縄を持って先を歩く井伊どんの「ぞんび」は、振り返らず言った。
俺たちは誰もいない天界の外れの白い花畑を歩いていた。
もし今、また歴史を改竄する罪が許されるのならば、俺は…。
2回目の裁判、3回目の裁判は細かい事情を聞かれ、
俺は豊久さあの世界へ入り込んでしまった経緯、そこでの行動、
そして心情と、事件にまつわる全てを話した。
悲しかった過去にまで触れられて、裁判は俺を苦しめた。
島津豊久の影が、島津忠豊の影が、俺を苦しめた。
でも俺は答えて話した、それが戦うという事なのだから。
司法取引があるので検察と弁護人はほとんど戦う事なく、
判決はその3回目の裁判で言い渡された。
おやかたさあが司法取引は裁判を簡単にして、費用を抑える目的もあると、
裁判と裁判の間の、とある面会の時にそう教えてくれた。
「被告人、島津豊久を遠流ならびに罰金刑に処する」
裁判長がそう言うと、俺は頭を下げた。
井伊どんの「ぞんび」、東軍の「ぞんび」ら、おやかたさあ、
みんなが力を尽くしてくれたおかげだった。
…俺のために、俺なんかのために。
そして質問の許可を求めた。
「あのですよう、裁判長。遠流ちゅうとはどこん流されっとね?」
「法律で言えないことになっています」
裁判長はにべもなかった。
まいった、必ずしも俺の望む「ねお薩摩」へ帰れるとは限らないのだ。
俺の罪状の重さからして、地獄への遠流も十分あり得るのだ。
しかも罰金刑とはどういう事だろう。
いくら払う事になるのだろう、絶対ものすごい高額を要求されるに決まってる。
俺、お金なんか持ってないよ…!




