第76話 フレイドマル
第76話 フレイドマル
巨大な揚げ物はぶよんと井伊どんの大鎌の攻撃を吸収した。
盾か…!
「…何ねこん揚げもんは? 食えっとか?」
俺はその揚げ物を少しちぎって食べてみた。
揚げたてで、まだ表面に油が踊っていて熱い。
中は魚肉の練り物か、普通に旨い。
「食いなやフライド丸、魔力減るやろが…」
揚弘はそう言うと、安心したように気を失ってしまった。
井伊どんの「ぞんび」の大鎌は、なおも俺を追いかける。
俺はそれを「つけ揚げ」なる盾で受けた。
攻撃は吸収される、吸収されたまま抜けては行かない。
たぶん吸収した攻撃はこのつけ揚げの中に蓄積されている…。
俺はつけ揚げの盾を、井伊どんの「ぞんび」の方に向けて構えた。
「出しい!」
つけ揚げの中から溜め込んだ攻撃が一斉に放出されて行く。
すごい、俺はその反動を堪えるのに精一杯だった。
攻撃は累積していくのか…このつけ揚げ、なんとなくわかったぞ。
井伊どんは放出の勢いに飛ばされ、元の姿に戻った。
「変な刀だな…なんだそのでかい薩摩揚げは」
「薩摩揚げやなかと、つけ揚げじゃ!」
薩摩揚げなど知らん。
揚弘が「つけ揚げ」と言うから、これは「つけ揚げ」だ。
刀はつけ揚げから血液に戻り、また別な形を作った。
槍の先に揚げたてのからあげが4連に刺さったでかい弓矢だ。
「こんびに」へ買い物に行った時、見た事あるぞ。
「からあげボウ」とか言ったな…!
俺は逃げながら弓を射った。
先の4連になったからあげを外しながら槍は飛ぶ。
槍と4つのからあげは井伊どんを追いかけて、角を、曲線を描く。
「グングニル…!」
井伊どんの「ぞんび」は慌てた。
みんな「フライド丸」を「フレイド丸」と間違えるから、電脳網で調べたぞ。
神話に出て来る悪の魔法農夫らしいな、フレイド丸。
井伊どんの言う「ぐんぐにる」とやらも出てきたぞ。
「フレイド丸」の一家が奪った神槍らしいな、今撃ったぞ。
悪のフライド丸が今、矢にして放ったぞ。
「ぐんぐにる」は撃てば必ず標的に命中すると言う。
どんな弓の名手でも外す事がある、だが「ぐんぐにる」は外さない。
標的を追尾して必ず捕らえる。
井伊直政、あんたはただの扇だ。
どんなに遠くにあろうが、どんなに揺れて動こうが、あんたはただの扇だ。
夕刻の陽のように、海へ、波間へと落ちて行くしかない、ただの扇だ…!
「からあげボウ」は井伊どんの「ぞんび」の身体を突き刺し、
追って4つのからあげが、焼きながら殴りつける。
俺は手元に戻って来た槍と弓を血液に戻して、再びつけ揚げの盾を出す。
そこに子安どんの銃剣で十字の切り目を入れた。
そして下に転がる井伊どんの「ぞんび」に近づいて、
その周りをぐるぐる走って回った。
「何のつもりだ…!」
井伊どんの「ぞんび」は立ち上がり、大鎌を伸ばして回る俺を斬ろうとした。
当然、攻撃はつけ揚げにぶよんぶよんと吸収されて行く。
「行っど…」
俺は速度を上げて駆けて回りながら、溜めた攻撃を放出した。
攻撃は井伊どんの「ぞんび」に当たり、大きな反動を生み出す。
俺はその反動を再び吸収しては放出する。
攻撃は回るつけ揚げにがっちり囲われて、逃げ場を完全になくした。
俺が陣を解かない限り、攻撃は永遠に続くだろう。
変な刀だ、でもすごい刀だ…これが揚弘の刀か。
攻撃する盾、これが揚弘の戦いか。
「…聖なる『絶対攻撃陣』!」
ただの攻撃ではだめだった、神に属する井伊どんの「ぞんび」には通じない。
神に属する者を倒すには、神の攻撃、それか魔法攻撃でなければならない。
ならば反射が一番だ、俺には神の攻撃はない。
攻撃を反射できるのならば…。
「続けて!」
俺はつけ揚げを下に向けて溜めた攻撃を反射した。
その反動で俺の身体は高く持ち上げられた。
やっぱり、反射は高所への移動補助にも使えるのだ…。
俺はつけ揚げを血液に戻した。
血液は元の刀の形に戻り、血を孕んだまま赤を保った。
俺は空中で突きの構えを取り、手を素早く動かした。
…井伊どんの「ぞんび」の頭上に刀の雨が降る。
「『フライド丸』!」
お前の技、真似させてもらったぞ揚弘。
刀は井伊どんの「ぞんび」の喉を突き、俺は下に降り立った。
「王手…詰み、『ちぇっくめいと』じゃっど」
「参った…戦国でもそれやれば良かったのにお前、天下取れるぞ」
井伊どんの「ぞんび」は身体を透かして、刀からすり抜けた。
やっぱり神の仲間だから、死にはしないのか。
「井伊どんの「ぞんび」…前に島津ん勘違いデブば捕らえた時、
『礼はする』言うちょったとね…今で良かかね」
「そんなの…反故だ、連行する島津豊久」
「『井伊直政はいい奴』、じゃっどね? 裏切りは武家ん恥ぞ」
俺は彼の目を覗き込んで笑った。
「何がしたい?」
「取り引きばしたか」
井伊どんの「ぞんび」はぴたりと止まった。
何もない空間まで止まったように感じる。
「おいが島津豊久として罪ば犯した事は認めっとよ、そん代あい…」
豊久さあの世界で、俺が豊久さあになりすまして罪を犯したのは事実だからな。
そこんとこはまあ、申し開きは出来ない。
「減刑か?」
「まあそげんもんじゃ、流刑でいけんじゃろかい?
流刑は死罪ん次ん重か罪…おいが過去ば剥奪しっせえ、遠流んしたらよかと。
遠か国、『ねお薩摩』に…!」
井伊どんは目を丸くした。
俺はにいとまた笑った。
「天界に死罪などない、あるのは永遠に続く地獄だけだ。
それに取り引きをするに当たり、身柄拘束は避けられんぞ。
それで良いのか、島津豊久ことフライド丸」
井伊どんの「ぞんび」は硬い口調で言った。
なんだかんだ言って、井伊直政はいい奴なのだ。
俺は心を決めた。
「…良か」
井伊どんの「ぞんび」は四角を描いて、天国の扉を呼び出した。




