第74話 子安の神
第74話 子安の神
よいよいの歳久は子安どんから銃剣を奪って投げ捨てると、
腹にもう一発入れた。
「無理だと思うけど、腹を割って話そうよ!」
子安どんはうめき声を上げるも、痛みに耐えていた。
「断る…」
「へえ…しゃべれるんだ。すごいね、今のは本気で入れたのに」
「…こんなものではないぞ、島津歳久」
子安どんは歳久の視界の外で着物をまさぐった。
予備があるのか、しかも2本も…!
「子安どん、ばってん!」
俺は天軍の群れの中から叫んだ。
子安どんは真顔のまま、腕をよいよいの歳久の背中に回した。
その両手には先ほどの銃口に付けられていた銃剣と同じ物が握られてある。
「子安の神は私だ」
子安どんは歳久の背中で2本の銃剣を交差させ、抱きしめるようにして、
よいよいの歳久の背中に入れ、十字の痕を付けた。
傷口は爛れ、燃えて広がる。
「女が子を産む痛みはこんなものではないぞ、貴様が腹を割れ!
安産の神…そんなになりたいのなら私がしてやる、感じろ歳久!」
歳久はよいよいの上、十字の傷口が燃える痛みで起き上がる事もままならなかった。
子安どんはマンションの出入り口の花壇から、飾り石をひとつ取ると、
それを歳久の腹に何度も何度も振り下ろした。
歳久の腹は裂け、青い血が飛び散って炎の内側で拮抗しては蒸発していった。
井伊どんの「ぞんび」が燃える炎の中から、光る遺灰たちをすくい上げた。
歳久の遺灰、家久の遺灰、忠恒の遺灰…。
「よくやったお前ら、もう休め…」
井伊どんの「ぞんび」は遺灰を両手で包んで、それを解くと、
中から緑色をした尾の長い、一羽の美しい鳥が現れた。
緑の鳥は尾を曵いて飛び立とうとした。
その羽根を子安どんの投げた銃剣が貫いた。
鳥は失速し、俺の頭上に落ちて来る。
「いただきじゃっど!」
俺は手を伸ばして落ちる鳥を受け止め、口でその羽根をむしり取って食べた。
生きたまま羽根をちぎられた鳥は、悲鳴を上げて暴れた。
「歳久! 家久! 忠恒!」
一心不乱にぶつかり合って交わる、おやかたさあと勘違いデブの、
狂った肉塊は正気を取り戻し、無惨な鳥に叫んだ。
俺は鳥の首を掴んで、天界の軍を殺しながら子安どんの前に出た。
「子安どん」
俺は子安どんに翼のない鳥を差し出した。
「ただいま…『からおけ』んお土産じゃ、飼うておかずにしい」
「遅かったなフライド丸。猫か、お前は」
子安どんはふっと笑った。
「おなごんためん獲物ば取って来っとは男ん本能ぞ…いつん時代も」
こんな目をらんらんさせた、血腥い男じゃ嫌われちゃうじゃないか。
俺は片目をぱちとつぶって精一杯の笑顔を作った。
「おのれ豊久、謀反か! 仕える家を間違えるなアホ!」
おやかたさあの肉塊が転がり、跳ねて近づいて来る。
俺と子安どんは刀と回収した銃の先端の銃剣を十字にして、それを受け止めた。
「誰が豊久とかショボじゃ、貴様こそ間違うなボケ!
謀反? そうじゃっどね、『おいもうこげん家嫌じゃ』、『おいもうこげん世界嫌じゃ』…、
そげん思てけ死んでったとね、貴様らの豊久さあは…!」
「なぜ…愛しているのに…」
「愛しちょる? 笑かすな。貴様ら島津家ん愛が、豊久やらショボばこさえて殺したんじゃ。
家ん縛い付けっせえ、嫁じょば押しつけっせえ、名前ば変え…さぞ楽しかろが。
豊久は貴様ら島津家んおもちゃやなか、人はおもちゃやなかでね…!」
俺は子安どんから銃剣を奪い取った。
乾いて来た刀より、たぶんこっちのほうが効く。
おやかたさあの肉塊を突いて、うっすらと残る肉を裂くと、
そこから先は手で内臓を破り、奥を探った。
血管のちぎれる音がびちんびちん聞こえる。
そうして心臓を見つけると、それを木熟した果実のようにもぎ取ってかじった。
中から果汁があふれて来て、俺の手から、あごから滴る。
腥い、でも甘美な味だ。
「義久兄さん!」
勘違いデブの肉塊が跳ねてそこへ飛び込んで来る。
俺はおやかたさあの肉塊に刺さった銃剣を引き抜いた。
血の絡んだ2本を縦横に交差させて赤い十字を作る。
「許さぬ豊久! その謀反、何が狙いだ!」
「豊久? そげんショボか名前で呼ぶな! 断固拒否すっど!
おいはフライド丸、おいはフライド丸じゃ…!」
「…フライド丸? 笑わせるな、貴様はどう見ても島津豊久じゃ!
童の頃からお前を見て来た家族の目は誤魔化せん、観念しろ!」
島津の勘違いデブの肉塊は再び跳ねた。
大きく跳ねて俺の上を取った。
俺は十字にした子安どんの銃剣で、降って来るデブを4つに斬った。
すると島津義弘の肉塊は、粘りのある液状になって飛散した。
肥えて脂肪が多いから、赤と言うより朱に近い色をしている。
飛び散った肉の液はその一滴一滴が意思を持ち、路面でうごめいた。
そして走り、集まり、融合して俺の足許に絡み付いて登り始めた。
「ちょっ…!」
「フライド丸!」
子安どんが肉の中に手を入れようとした。
しかし島津義弘の液体はそれを撥ね除けた。
子安どんは吹き飛ばされ、固い路面に叩き付けられてしまった。
「…薩摩へ帰ろうぞ、豊久。我ら島津の薩摩へ…」
俺に気付いた揚弘が、例の変な刀を構えて駆けて来る。
「フライド丸避けえ!」
揚弘は刀で島津義弘の液体を斬った。
中に俺がいるのも構わず、乱れ斬った。
俺は必死で揚弘の刀を避けたが、液体は液体だった。
朱の液は広がり、収縮して揚弘をも飲み込んだ。
「揚弘!」
「俺は島津豊久…島津豊久withフライド丸『ねお薩摩サイバーパンク』ツッコミ担当!
コンビの片っぽだけ引き抜きとか芸能界のタブーや! 俺も連れてき!
俺も連れてき、島津義弘! 島津なんとか弘はうちの…島津家の名前じゃ、
ネタパクんなや、このデブが!」
島津義弘の液体の収縮はなおも続き、俺と揚弘を取り込んだまま、
消えてなくなってしまった。
俺たちを包んでいた島津義弘の液体が解けて、青く光る魂へと戻って行った。
気付くと、俺たちは真っ暗な何もない空間にいた。
水底のように穏やかで柔らかい。
なんとなくこの場所に覚えがある…。
「ご苦労だった、義弘」
白く光る四角形が現れて開き、井伊どんの「ぞんび」が現れた。
島津義弘の魂は、彼の手の内へと吸い込まれるように飛んで行き、
井伊どんの手に守られて燃え尽きて行った。
「下は少々敵が多過ぎる、あらかじめ雑魚を減らしておくのは基本ぞ。
小さいのまで付いて来たのは予想外だったが…」
「井伊どんの『ぞんび』…」
「ゾンビなどではない、私は死神課新仏送迎1係、井伊直政死神補だ。
天界に死神不在の今、新しい死神は大勢の死神補の中から選ばれる。
お前らの魂をあげてこの私が3代目死神だ」
死神…確か揚弘の女も死神だったな。
彼女が2代目死神か。
「ようこそ、生と死の狭間へ」




