第73話 島津の城
第73話 島津の城
「当たりい、でも俺考えたんやないで…」
走り続ける俺たちは街を回り、いつの間にか島津マンションの前まで来ていた。
マンション最上階にある子安どんの部屋の物干し台の柵の間から、
長い銃身がすうと伸びて来て、音もなく井伊どんの「ぞんび」を撃った。
「あの女…!」
井伊どんは撃たれた衝撃に一瞬怯んだが、すぐに弾の来た方を見上げた。
そこには子安どんが2丁の狙撃銃を構えていた。
下からでも目鼻立ちがよくわかる、さすが顔の濃い女。
「ようこそ、『島津マンション』へ」
子安どんが上からそう言うと、島津の勘違いデブが手砲を撃った。
子安どんは家の中へさっと隠れた。
マンションの壁は砲撃を受けたにもかかわらず、表面が剥がれただけだった。
さすが「島津マンション」、「ねお薩摩」の要塞。
「あの女か、豊久をたぶらかしているのは!」
「おばさんじゃねえか! しかもでかい!」
「おいおい、大男ほどあるな…!」
「てか、『まんしょん』て何だ?」
島津のやつらは子安どんの体格の良さに驚いていた。
そりゃそうだ、この「ねお薩摩」と戦国の世界では食事が違う。
戦国の男は平均しても子安どんよりもまだ小さく、
俺でも大きい方だったから、驚くのは無理もない。
子安どんはまた物干し台に出て来て、たばこに火を点けて言った。
「『マンション』…西洋の言葉で『城』を意味する。
つまりこの『島津マンション』は『島津の城』…改めてようこそ、島津家へ」
島津家、その言葉に島津の奴らは反応した。
俺も最初このマンションを見た時、島津の城だと思って、
おやかたさあやデブがいないか怯えたっけ。
「歓迎するぞ…!」
子安どんは上から桶に入った水を島津のやつらに引っかけて浴びせた。
島津のやつらは熱ち熱ち言って、悲鳴をあげながらのたうち回った。
…ただの水じゃない!
これも伊集院どんの小刀や新納どんの砲撃のように、お祓い済みって事か。
島津のやつらの皮膚はどろどろに溶けて、肉や骨を露出させていた。
「…ん? なんの水だ?」
「さあ…わかんない」
そんな中、よいよいの歳久と井伊どんの「ぞんび」はなぜか無事だった。
子安どんは先の突き出た、極薄の細長い風船に詰めた水を次々と落として行く。
いい形だ、先が尖っていて流線型をしているから、爆弾のように速度が出る。
中身も水だけでなく、島津家で飲む乳酸汁や果汁汁、洗濯に使う薬剤、
台所にある冷気の湧き出る戸棚の中の、野菜の腐敗して出た汁まで様々だった。
「目に染みるう!」
「臭いぞ! 何の汁だ!」
「今夜は島津家あげての島津家歓迎会だ、楽しめ!」
俺たち下にいる者はマンションの下から少し距離をとっていた。
爛れたおやかたさあやデブ、下品な家久、忠恒の4人のうち、
おやかたさあと勘違いデブがなにやら意味不明の行動をとっていた。
揚弘がそれを見て不思議そうな顔をした。
「何やっとんのやあいつら、固まってお互いぶつかり合いしとる」
「ただん肉ん塊やなかか…」
二人は爛れきっており、もはや皮膚も肉も骨もなかった。
うっすらと残った肉に包まれた臓物の塊でしかなかった。
二つの塊はくっついて固まり、互いを飲み込もうと上に下にとなり、
固まりの中心をしきりに動かしては狂ったようにぶつかり合っていた。
その光景は汚いながら、淫靡でさえあった。
「…違う、こいは…」
島津の大きいのが俺にかけた、俺があいつらにかけた魔法だ。
唾液で薄まっていて、今頃効き始めたのだ。
これが魔法とやらの効果なのか…。
「どうだ、俺の魔法は…あれが普通の使い方だ」
後ろから声がして振り向くと、島津の大きいのがいた。
傷口は手当されてある。
「え…おい、そげん気持ちんならん…もっと冷たかちゅうか、醒めたちゅうか…」
「もうひとつの使い方もある」
島津の大きいのは俺をマンションの真下に突き出した。
子安どんの風船爆弾が落ちて来て、俺にぶつかって炸裂する。
俺は水浸しになった。
「邪魔だフライド丸! 私の陣を破るな!」
子安どんは上で怒鳴っている。
俺は島津の大きいのの意図を読んだ。
そして両手を広げてもう一発、爆弾を浴びた。
俺の島津雨…!
「責任取る! おいはフライド丸、子安どんが男!」
俺は握っていた刀を抜いて、刀身を濡れた袖になすり付けた。
それに気付いた下品な家久と忠恒性格最悪の爛れた肉塊が襲いかかって来る。
俺はそれに向かって斬り掛かって行った。
揚弘それに続いた。
俺はそれを見て揚弘に叫んだ。
「揚…豊久さあ、ばってん!」
「……! フライド丸、ばってん!」
俺は縦に、揚弘は横に、お互いの刀を交差させた。
そのまま下品な家久と忠恒性格最悪に当てて、二人に十字の切り傷を付けた。
切り傷はすぐに爛れて痕になった。
「『戦場の十字架』…魔除けが効くちゅうとなら、貴様らにも効くはずじゃっど!
そいは聖痕じゃ、焼かれっけ死みい!」
十字の痕は二人の上に燃えて広がり、断末魔をあげる二人を炎で包み込んだ。
下品な家久と忠恒性格最悪は、燃えて小さくなり消えていった。
後に残った灰は地面で、「ねお薩摩」の冷たい灯りにきらりと輝いた。
「…よくも義久兄さんと義弘兄さんを、よくも家久と忠恒を…!」
残されたよいよいの歳久が俺たちを睨んだ。
一番最初に消えそうなやつがなぜ残る。
井伊どんの「ぞんび」は宙に四角を描き、天国の扉を呼び出し、
それを開けて中から刀を取り出した。
それをどうする、よいよいの動かない手じゃ使えないだろ。
「安産の神だろ、耐えろ歳久」
井伊どんの「ぞんび」は歳久の腕、肘から先を取り出した刀で落とした。
神か…そりゃ別格だな、生き残るはずだ。
開いたままの扉からは天界から大勢の軍が押し寄せて俺たちを囲んだ。
その間に井伊どんは斬った断面の肉に刀の柄を突き刺すと、裂いた着物で縛り、
骨と刀を継いで、よいよいの歳久を放った。
「どこへ行く、島津歳久」
上から降りて来た子安どんが、よいよいの歳久の行く手を阻んだ。
変わった銃を手にしている。
「お前は…豊久の女」
「豊久? 誰だそれは、そのような者は知らぬ」
「え、知らないの? あいつだよ、今天軍と戦ってる濡れたの」
「あれは島津揚丸…フライド丸と言う。幻覚でも見たのか…このアル中が!」
子安どんは銃を構えた。
よいよいの歳久はその銃口に目をやった。
「何だその銃は?」
その銃の銃口は短刀になっていた。
「銃剣…お前の手と同じだ!」
子安どんは歳久を突きにかかった。
よいよいの歳久は腕に継いだ刀でそれを受け止めた。
「お前は女にしちゃ立派な身体してるし、戦いにも慣れている。
でもお前は女だよ、力では敵うまい」
力で銃剣を撥ね返し、よいよいの歳久は子安どんを押し倒して組み敷くと、
馬乗りになり上半身を石のように固めて、彼女の腹にぶつかって行った。
「苦しめ!」
子安どんは痛みに悲痛なうめき声をあげた。




