第72話 ファイアゴースト
第72話 ファイアゴースト
島津家のやつらと井伊どんの「ぞんび」は、飛び込んで来る俺に手を伸ばした。
たくさんの手が触手になって、笑いの固まりとなった俺の身体を包み込む。
俺は口に指を突っ込んでしゃぶった。
そしてその指を一番近くにいた忠恒の鼻に突き刺し、中の粘膜になすり付けた。
それからくそで下品な家久の唇を吸って、島津の大きいのが俺にしたように、
唾液を送り込んで、それを頬の内側や歯茎に舌ですりこんだ。
「痺れえ!」
俺は島津の勘違いデブの目に唾を吐きかけ、一旦弾倉を空にし、
新しい銃弾を舐めてその唾を付け、銃に込めておやかたさあの胸を撃った。
口に残った結晶を手のひらに吐き出し、井伊どんの「ぞんび」の目に叩き付けた。
俺は島津の大きいのと運転手を追いかけて、再び走り出した。
痺れて来るまで少し時間がかかる。
マンションのある街は郊外なので、駅前まで出ないと車が捕まらない。
俺と運転手は島津の大きいのを建物の隙間に隠し、
着物を裂いてそれで傷口を押さえた。
足音が聞こえて来た。
あいつら血をたどって来たのか。
「…逃がさんぞ、豊久」
おやかたさあが俺たちのいる建物のすぐそばまで来ている。
じじいだからかまだ痺れが来ていないらしい。
俺はおやかたさあの前に出ようとした。
その時だった。
「豊久はここや」
豊久を名乗る男がおやかたさあの前に現れた。
「あ、お前…! 確か大会の時の…」
「もう忘れたんか、これやからじじいは。
俺は島津豊久、『ねお薩摩サイバーパンク』のツッコミ担当…!」
「揚…豊久さあ!」
揚弘は持参した、例の包丁みたいな変な長い刀でおやかたさあを斬った。
「豊久はこの俺! 島津豊久は俺!
フライド丸のどこが豊久やねんボケが! 言うてみい、おおコラおお!」
「いや、でも…」
「でもでもだってか、ああ?」
揚弘はおやかたさあを蹴り、さらに斬りつけた。
よく見ると、切り口が忠恒のように爛れている。
…そういや揚弘の刀は、死神が自らの血を入れて作ったと言っていたな。
面白い刀だ。
「…似ているのだ、フライド丸は。
死んだ人が生きて帰って来たような気がするのだ、
もしも豊久があの戦を生き延びていたら、この世界に生きていたら、
こんな感じじゃないか、そう思うのだ…」
おやかたさあは腕の爛れた傷口をもう片方の手で押さえて言った。
手の間から青い血が流れてぼたりぼたりと滴っていく。
他の島津のやつらが、そんなおやかたさあを見つけて集まって来た。
「どこがや、あの純和風のお内裏様みたいなほくほく顔のどこが豊久や!
そんな気いがするだけやあかんやろ、豊久生きとったらどないすんねや!
死んどっても豊久の霊が泣くわ!」
「そういや、フライド丸は豊久の死ぬところ見たって言ってたな…」
追いついた島津の勘違いデブがぜいぜい息を荒げながら、ふと思い出した。
「見たど」
俺は建物の陰から出てきて言った。
片手には大きいのから借りた自動銃、もう片手には拳銃をぶら下げて。
「それどこで…!」
下品な家久がそれに反応した。
俺は彼の頭に拳銃を突きつけ、もう片手で自動銃を構えた。
「こいからじゃっど…おいはこいから豊久ん死ば見っど。
貴様ら全員うっ殺しておいは見っど…。
豊久はけ死にきらん、貴様らん中におっ限り…だから殺す!」
島津豊久は死んだ。
でもこいつらがその名を呼ぶたび、思い出すたび、
豊久は甦り、霊となって彷徨い続ける。
業火になって、俺の罪を、悲しみを、暗い心を燃やしながら。
俺は豊久が憎い、死してもなお憎い…!
俺はまた駆け出した。
あいつらの目標はこの俺だ、俺が逃げれば島津の大きいのから注意が離れる。
揚弘も俺について走り出し、追い越して俺の手を引いた。
俺たちは走る。
時々立ち止まって、時々戦って。
「あの角曲がるで、フライド丸」
揚弘は先の交差点に目をやった。
「え…じゃどんマンションとは…」
「ええから!」
俺たちは交差点を曲がって、マンションとは逆の方向に進む。
振り返ると、島津のやつらが突然黒い影に襲われた。
影はたくさんの銃火器を持って俺たちの隣に並んだ。
「いただき!」
「…伊集院どん!」
影は伊集院どんだった。
仕事着なのか装飾の少ない黒ずくめの服装で、すらりとして涼しげな都会の「いけめん」だ。
揚弘の「ほすと」風味とは趣きがまた違う。
「あいつら何なんだよ、じじいのくせにあんな動けるなんて…」
「島津家! 井伊直政! フライド丸を犯罪者の豊久思て逮捕狙とる!」
「うっそ、フライド丸超ピンチじゃん!」
伊集院どんはふりむきざまに細身の投擲用小刀を数本、島津の集団に投げた。
小刀は彼らに刺さり、傷口を大きく爛れさせた。
「てか、あいつらいつぞやの天界からの脱走者の仲間だろ?
ちゃんと神主さんにお祓いしてもらったぜ」
「伊集院どん、『ぐっじょぶ』じゃっど!」
「一時的な足止めだ、すぐ追跡に戻る。フライド丸、次あそこ曲がるぞ!」
次の角を曲がり通りから外れると、民家の茂みの中から手砲の先が覗いて、
複数の弾が発射されると、筋肉質な初老の男が飛び出してきた。
「おめえら遅せえぞ」
「新納どん! なんで?」
男は新納どんだった。
ずっと隠れていたらしい。
俺たちは新納どんを加えて夜の街を走り、戦った。
そうしているうち、マンションの住民が一人、また一人と合流して行き、
マンションの近くに着く頃には、ほぼ全員が集結していた。
「なんで…みんな…」
50人ちょっとともなれば、攻撃力も格段に上がり、
戦うにしても足止めするにも十分だった。
「くそ、豊久め…釣り野伏せか」
「なかなかやりおる…欲しい、刑期が明けるのを待ってでも欲しい…!」
「ああ、欲しいね…絶対島津家の物にして、新しい豊久にしてやる」
「…いいね、バトルマシン『NS02ネオ島津豊久“ファイアゴースト”』てとこだな」
「なるほど、あれ一人に戦をさせて俺らは楽するって訳か…貴様らも悪やの」
島津家のやつらは、俺たちの攻撃に身体をでろんでろんに爛れさせながら、
それでもなお執拗に追いかけて来る。
どう見てもあいつらはもう化け物だ、島津豊久という未練に取り憑かれ成仏出来ず、
妖怪となったかわいそうな霊たちだ、命名してやる。
「妖怪くじ引き」、「妖怪子育て大失敗」、「妖怪よいよい」、
「妖怪下品な脇腹」、「妖怪どきゅん」…いい名前だろ。
「誰が釣り野伏せや、ちゃうやろ。良う見てみいカスが!」
揚弘があいつらに新しい爛れを作りながら、吐き捨てた。
確かに伏兵の潜伏している地点まで誘導する、釣り野伏せとは似ているが少し違う。
まるで捨てがまり戦の映像を、島津家の居間の「てれび」付属の「びでお」で、
ゆっくりと時間を巻き戻しているかのような…。
「おいたちは兵ば捨てっどころか拾うちょる…捨てがまりん逆、
『拾いがまり』戦法か…そうじゃっどか揚弘!」




