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第70話 0と1の退き口

第70話 0と1の退き口


俺は島津の大きいのに手を引かれ、建物の裏手の非常階段を降り、

裏の通りに手配しておいた車に乗り込んだ。


「大っきいの、仲間はよかかね? あいじゃ捨てがまりぞ…」

「ヤクザの結束てのは武家と同じく命がかかっている、それだけに強い。

上のためなら命を捨てる覚悟など、俺らはいつでも出来ている」

「ごめん…おいがために大事な仲間ば…」


島津の大きいのは外套の懐からたばこの包みを出し、1本抜いて火を点けた。


「…今、ここが俺たち島津の退き口だ。時代や舞台は違えど、やってる事は同じ。

俺は島津幸弘、お前は島津豊久…、

立ち位置が変わろうと、大事な人を逃がすという事もまた同じ…!」


島津の大きいのは後ろを振り返り、くわえていたたばこをぎりりと噛み締めた。


「追って来る、あいつらもう気付いたか…飛ばしてくれ!」


島津家のやつらも俺らの逃亡に気付き、車を使って追跡を始めた。

運転手の組員は大きいのにはいと返事し、車の速度を上げた。

俺も後ろを窓越しに覗いてみた。


「あ…おらん! あいつらおらんとよ、大っきいの!」


追いかけていたはずの島津家のやつらはこつ然と姿をくらませた。

島津の大きいのは「すまーとふぉん」をいじって、地図を呼び出した。


「路地を通って先回りか、あいつらカーナビなんて持ってたんかよ!

このへんの路地を通って先回りするとなると…あの交差点だな」


車は合流予定地点である交差点を回避し、別の道へと逸れて行った。

街の灯りがいく条もの線になって窓の外を流れて行く。

いつか子安どんと登った「たわー」を通り過ぎ、車は海へと近づく。

島津の大きいのの「すまーとふぉん」が鳴った。


「はい。あ、留っちゃん?」


子安どんからの電話だった。

俺が帰って来ないので心配したのだろう。


「フライド丸? ああ一緒だよ、今俺とみんなでカラオケしてる…心配するな」


またカラオケかよ!

島津の大きいのは「すまーとふぉん」を俺に差し出し、電話を代わってくれた。


「フライド丸! お前のカラオケはいつも長過ぎる! どこのカラオケ屋だ!」

「ごめん…今新宿、『烏頭坂るみね』ん中。『戦国こすからおけ』や。

わっぜ盛り上がっちょる、帰られんかも知らん…」

「迎えに行く! 待ってろ!」


島津の大きいのは俺から「すまーとふぉん」を取り返し、話を続けた。


「留っちゃんごめんね、これからすぐ帰るから…フライド丸連れ出したの俺なんだよ。

だから怒らないでやって欲しいんだ、家で待ってて」


彼はそう言うと電話を切って、再び後方を確認した。

そして前の座席との間に手を入れ、大きい銃を片手に窓を開けて身を乗り出した。


「てめえらしつこいぞ! 退け!」


島津の大きいのは追尾する車に弾を流し撃った。

車は「たくしー」から、「みにばん」なる6人乗りの車になっていた…強奪したのか。

忠恒がそれを運転している、嘘だろ。

あいつ、いつの間に車の運転なんか…!

「みにばん」の窓から井伊どんの「ぞんび」が身を乗り出して、

拳銃で島津の大きいのに応戦していた。

俺はそんな彼に叫んだ。


「大っきいの、井伊どん発信器ば付けよる! 気いつけ!」

「そんなのクラックするまで!」


車は海沿いを走る。

馬は車に、森は灰色の四角い高層建築物に、

美濃の山道は海に映る「ねおん」が奇麗な湾岸沿いの道路に、

烏頭坂という地名は品川に、追っ手は東軍から島津軍に、

追われているのは島津軍から俺たち島津家にと、何もかも変わり果ててしまったが、

やってる事は戦国の時代も、その数百年先の今も同じだった。


島津の大きいのは外套の物入れ袋から、小さな機械を取り出し、

それを左耳に当てて、スマートフォンの文字会話実行処理画面を呼び出した。

そして左耳に装着した機械に付いている集音器に話し始めた。


「こちら島津、状況報告よろしく」


すると島津の大きいのが話した内容がそのまま文字になり、送信されていった。

それからすぐに返事が来た事を知らせる通知音が鳴り、

「すまーとふぉん」は返事の内容を、若いおなごの声で読み上げ始めた。

少したどたどしいが内容は伝わり、十分に用をなしている。


「こちら島津会本部、敵逃走。現在位置ならびに関連情報を随時更新中」

「こちら大友。敵通過地点を予測し待ち伏せし、車両に発信器装着。

これより敵車両の位置情報を共有する」

「若頭立花。傘下の金融、やわらかローン社屋を借りた。緊急ならば避難されたし。

セキュリティ万全、逃走の準備あり」

「鍋島です、敵車両追尾しながらTwitter実況中。

並行して同乗の龍造寺が生放送しています」


組員たちから次々と返事が来、島津の大きいのはそれに指示を出していた。

俺はこういう戦は初めてで、大きいのの隣で戸惑っているだけだった。

島津の大きいのはそんな俺を見て、びびってんのかと笑った。

そして座席の隙間から透明の小さな袋を取り出し、

中身の結晶を舐めて俺の唇を奪うと、舌で口腔内を撫でた。

それから俺の舌下に残った、苦い結晶を置き去りにして行った。


「苦か、何しよっと…!」

「魔法だよ、お前はもう何も怖くない。何だってやれる。

お前は島津豊久、風にも消えず冷たく燃える電飾の炎…」


島津の大きいのの目は、いたずらをする小さな子供のように楽しげだった。

彼は「すまーとふぉん」が読み上げる最新情報を聞きながら、

運転手の部下に「やわらかローン」と命じた。

島津家のやつらはまだ俺たちを追っていた。



島津会の傘下企業である金融会社「やわらかローン」は、

海沿いを行った先の、川とぶつかる地点を曲がって住宅街の方へしばらく走った、

郊外の駅近くにある道路沿いの小さな建物だった。

郊外なので車で入りやすくなっており、駐車場も設けられてあった。

島津の大きいのは目的地に入る前、車を路地に入れさせ、

「すまーとふぉん」の地図を見ながら、細い道をくねくねと、

あちこちぐるぐる回り、敵を攪乱した。


島津家のやつらはさすがに土地勘がなく、途中で俺たちを見失った。

その隙に車から降り、待機していた組員と合流して社屋に入った。


「ここは金融会社、金貸しだから警備も厳重だ。

あいつらも入っては来られないと思うが、見つかるのも時間の問題だ。

…どうしたフライド丸、もう魔法の時間か?」


俺は魔法がもたらした、正体不明の快感に陶酔していた。

「ねお薩摩」の魔法は冷たく、体の中心を涼しい風が吹き抜けるように、

ほら貝の音が老人の恍惚を醒ますように、快感で俺を痺れさせていく…。


「豊久いるんだろ! いるのはわかってんだぞ!」

「開けろコラ!」

「下がれ貴様ら、俺が開けてやる!」


島津のやつらはもう俺たちを見つけた。

忠恒の叫び声が聞こえる。


「爆破か!」


島津の大きいのは俺を突き飛ばして、店外の大きな金庫に放り込み、

自分もその中に入って、内側から扉を閉じようとした。

店の外で爆発音が鳴り響き、玄関の壁やびいどろの窓や扉がふっ飛んだ。

金庫の分厚い扉にも破片が飛んで来て、ごつごつと音を立てた。


「あそこだ、逃がすな!」


島津のやつらが店内に踏み込もうとした。


「いたぞ! あそこだ!」

「島津四兄弟と悪久の島津家勢揃いってほんと?」

「Twitterで『リアル島津の退き口なう』って、Naonabe_1538の書き込み見たぞ」

「いや、俺はビジュアル龍造寺プラプラの生放送見て来たぞ」

「なんか普通のおっさんらみたいだけど、島津義弘どれ?」


島津のやつらは集まった群衆に見つかり、飲み込まれて身動きが取れなくなった。

どういう事だろう。


「『島津の退き口』なのに島津豊久いないぞ」

「えー、じゃあ俺が豊久やる!」

「俺も!」

「んじゃ俺が長寿院盛淳!」


見た所、集まった群衆は「げーむ」の大会で見た「おたく」らしかった。

彼らは軍をなし、島津の流れの中で堰となった。


「行くぞフライド丸、今のうちだ」


島津の大きいのは俺の手を引き、金庫を出て裏口へと走った。

裏口から敷地を抜け、細い路地を曲がったところに別の車が隠してあった。

俺たちはそれに乗り込み、さっきのとは別の運転手に車を出すように頼んだ。


「大っきいの、あれ何ね?」

「情報操作、島津会の定番だ。

おまえはまだ電脳網について良く知らないから、わからないと思うが、

電脳網の情報伝播速度は、はっきり言って魔物だぞ…!」


魔物、それはどういう妖怪なのだろう。

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