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第7話 子安の家臣

第7話 子安の家臣


子安どんはいろんな男を家に誘い込むくせして、

どういう訳か俺を寝所に誘う事だけはしない。

やはり俺が隼人の男ではないからなのだろうか。


俺の一族は大坂の出と教わって来た。

本当は東の国とも京とも言われている。

そんな大坂人と思いたいらしい俺の祖先はある時、隼人の国に飛ばされて、

それ以来ずっと隼人の国に留め置かれて来た。

隼人の国は古くから隼人族が住む土地で、俺の一族なんかよそ者だった。

顔の造りが隼人の者とは明らかに違うから、すぐに見破られてしまう。

しかも結束だ何だと言って、家中ぐるみで近親婚が習慣的に行われており、

あの家の一族に隼人の血など入る余地は少なかった。

もし俺が隼人の男だったならば、彼女は俺を求めてくれただろうか。


「あんな子安どん、なしておいば寝所に召さんとか?

他ん男はちょろちょろちょろちょろ誘い込んじょっくせに」


俺は子安どんに直接聞いてみた。


「…『隔ておき列に添へずわがものと手許で愛でし唯一の花』だ」


すると、彼女は歌を一首詠んでくれた。

一体どういう意味なのだろう。


「何ねそれ。おい、和歌なんか知らん」

「わからないならいい。それよりお前は武士なのに和歌のひとつも詠めんのか?

返しの歌もないとは淋しいもんだ」

「武士は武士らしゅう戦うとったらそれで良かと」


子安どんはねお薩摩弁に戻っていた。

そうは言ったものの、俺は恥ずかしくてたまらなかった。

京から離れた西国の、九州の辺境の先住民である隼人の女でありながら、

歌など詠む雅を忘れずにいると言うのに、

あの肥えた殿や、圧倒的に悪もんないとこ、大坂人と思いたいらしい一族のやつらでさえ、

歌は大事にしていると言うのに、

歌のひとつも詠めない自分が恥ずかしくてならない。

あのくそおとんめ。


うちのおとんは大坂人と思いたいらしい一族の中でも、少し卑しい生まれだった。

高貴の出である正室の子ではなく、卑しい身分の側室を母に持つ、

いわゆる脇腹の子というやつだった。

それを正室の子らおとんの兄さん連中が、

「生まれなんか関係あらへんで」、「そんなん学問次第でどうにでもなるやん」

と、甘い事ほざきよったもんだから、アホのおとんは調子づいて、

学問と武芸に打ち込み、戦上手の武将になったはいいが、

教養とかたしなみの方はまったくのお留守だ、歌なんかまともに詠める訳ない。


そんなおとんの子だから、俺も和歌や茶の湯などてんで駄目で、

人前に出るときはいつもどきどき冷や冷やだった。

幸い、目上の者らに気に入って可愛がってもらえ、大目には見てもらえたが、

社交や駆け引きという意味では圧倒的に不利だったし、

美濃で死んだ時だって、武将のくせに辞世の句すら無い始末だし。

それに…好いたおなごと歌のやりとりも出来ないではないか。



この「ねお薩摩」にやって来てひと月もすると、

教わりながらではあるが、お役目のおさんどんもだんだんに覚えて来た。

凝った料理はまだ出来ないものの、洗濯も掃除も買い物も出来るようになったし、

飯炊きだって、ごはんとみそ汁、それに魚を焼くぐらいまでは出来るようになった。


子安どんは時々朝からひとりで出かける。

男のところにでも行くのだろうか。

でもその割には夕方までには帰って来る。


ひと月のうち7日間ほど、他の家臣らが子安家に集結して詰め、

墨を塗ったり、灰色の膜を貼ったりと、子安どんの仕事を手伝っていた。

彼らの世話をするのも俺のお役目のひとつで、お茶を出したり、食事を用意したり、

不足した物資を調達しに行ったりと、子安どんと二人の時よりずっと忙しくなる。


「フライド丸?」


子安家の家臣団は4〜5名ほどの、20代とおぼしきむさ苦しい男ばかりで、

女向けの漫画の世界でこれは相当に珍しい事なのだと、子安どんがそう教えてくれた。

初めて彼らに会った時、その全員が俺を不思議そうに見つめた。


「子安家家臣、フライド丸じゃっど。皆の者よろしゅうたのんあげもす」

「は? フレイドマル?」

「フライド丸じゃ、フレイド丸やなか!」

「は? か、関西弁? てか武士?」


そこへ子安どんが家臣団の耳に、「精神病院」だの、「精神障害者」だのと、

ぼそぼそと口を添えた。

すると、家臣の者どもは「ははあ」という顔をし、俺を憐れむような視線を投げ掛けた。


「なしておいが精神障害者…!」

「そういう事にしておけ。でないといろいろ面倒臭いし、説明もつかん」


俺が反発すると、子安どんは俺を引っ張って行き、

俺の耳にそう口を付けた。

俺は納得いかなかったが、確かに戦国の世から来たとか説明のしようがない。



仕事場で、子安どんと家臣らの側に控えていると、

家臣のひとりが手を動かしながら、ふと言った。


「先生そろそろこの連載も終わりだし、

今度戦国ものとかも良くない? 今回バトル熱いし、その流れでさ」


子安どんはそれにふふと笑った。

その口には薄様に巻かれてある、変わった形のたばこがくわえられ、

他の者のそれと一緒になって、閉め切った部屋に青い煙が渦を巻いてたゆたう。


「そうだな、編集がいいって言ったらな」

「んじゃ、関ヶ原やろうぜ。んで、島津の退き口とか。

忠臣らが捨てがまって、主君の島津義弘を超かっこよく逃がすの」

「そうだなあ…」


子安どんが上目遣いになって考え込んだ。

…こらいかん!


「いけんいけん! 何あげん肥えた、山越えも出来んじじどんなんぞ逃がさんといけん!

大体あんじじどんが肥えちょっばっかいに、おいたちがわっぜか目えに遭うたと。

あげんもんほかしておいたちが逃げっべきじゃったとね!」

「は?」

「そもそもあんじじどん、家臣らが囮んなっとっうち、

敵陣ん脇こっそり通り抜けっとか卑怯じゃっどか、やらしか!

何おいたちがあんじじいん尻拭いばせんといけんが!」


気がつけば、子安の家臣らは全員呆れ返っていた。


「く…詳しいんだね、フライド丸は」

「ま、まるで今見て来たみたいだね…」


すると、子安どんが慌てて俺の前に出た。


「フ、フライド丸は戦国オタなのだ。

今、幻覚妄想がひどくて、フライド丸は島津の家臣だと思い込んでいるのだ」

「誰が島津ん家臣ぞ!」


…なんで俺があの肥えたじじいなんぞの家臣に!

歯を剥いて嫌な顔をしていると、俺は家臣らに大笑いされてしまった。


「おいはフライド丸、子安家家臣じゃっど!」


そう言っても、更なる笑いを呼ぶだけだった。

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