第68話 おいはパートタイム豊久
第68話 おいはパートタイム豊久
「誰がいつ豊久やらショボんなっとか」
「言い逃れはするな島津豊久、貴様の悪行はばればれだ。
逮捕状てのはな、十分な証拠がなければ、
みんなが疑うのに十分な理由がなければ発行はされない。
指紋の一致、DNAの一致、裏付けのある第三者の目撃証言…!」
…はいはい、確かに俺が島津豊久だ。
麻酔が見せた夢の中で、確かに俺は島津豊久だった。
島津豊久として、確かに俺は盗み、人を殺め、火を放った。
そりゃあもうしょうがないな、指紋も何もかんも一致するわな。
やるっきゃねえよな、ここは。
「俺は井伊直政、いい奴…だが同時に天界死神課新仏送迎1係、井伊直政死神補!
どこにも属さぬ魂は必ず災いをもたらす、許さぬ…!」
井伊どんの「ぞんび」は俺の腕をつかもうとした。
俺はそれをするりと躱した。
「…おいは島津豊久、そいでよかとね井伊どんや」
やるっきゃねえ!
おいはフライド丸、「ねお薩摩サイバーパンク」が演技派。
おいは島津豊久、なりきって演じきるしかない。
…今こそ演技派芸人が演じ時。
井伊どんの「ぞんび」が再び俺を捕まえようとしたので、俺もまたそれを躱し、
走り出して、展望台の柵を越えて飛び降りた。
入水しても、敵陣ど真ん中にあっても死ななかった、いけるだろ。
俺は眼下の道路を走る車の屋根に着地し、そのまま伏せた。
井伊どんの「ぞんび」も後続の車の屋根に、遅れて着地し、
そのまま車に乗って先を走る俺を乗せた車を追った。
2台の車は途中で別れる事なく、車が高速でびゅんびゅん走る高い道路に入った。
車たちの後部についている赤色灯の光が蛍のように糸を引く。
それが背景の森の灯りと合わさって、とても幻想的だった。
「島津豊久、逃がさぬ!」
井伊どんの「ぞんび」は後方から拳銃を撃って来た。
俺も拳銃を抜いて応戦した。
くそ、「ぞんび」のくせにそこはやはり井伊直政、銃も上手いのか。
車の流れが詰まって来た、俺は屋根を伝って先へと逃げた。
良くは見えないけれどもう夜だ、盲も闇も大して変わらない。
車の詰まりが解消されだす地点で、俺は再び走り出す車の屋根に伏せて運ばれた。
しばらく走ったところで街灯に飛び移り、そこから隣接する建築物の屋上に移った。
「ねお薩摩」の森は込み入っている、そこに紛れれば発見されにくい。
俺は猥雑に重なる「ねおん」の光の隙間を、人ごみの織りなす黒い波を選んで移動した。
そうして灰色の四角い建物と建物の間で、追っ手が来ない事を確認し、
俺はようやく一息ついた。
街の様子と美化された女人の絵柄が多い事から、ここは秋葉原らしい。
そこへ男の声がした。
「…残念だね、当たりだよ豊久。私はこの戦に勝つ」
「おやかたさあ…!」
声の主はおやかたさあだった。
この「ねお薩摩」に馴染むよう、今様のなりをしている。
彼の手には「すまーとふぉん」があった。
「井伊殿の付けてくれた発信器で楽々発見さ、
このGPSとやらはくじ引きよりはるかに当選確率が高い、縁起が良い」
「あの銃…!」
俺は体じゅうをまさぐった。
そして頭頂部に小さな四角い樹脂片を見つけ、それをむしり取って投げ捨てた。
「さあ迎えに来たよ豊久、一緒に行こう」
「なんで…?」
「なんで私がここにいるかって? そりゃ簡単…私が通報したからさ!」
おやかたさあが俺を島津豊久として、天界に通報したのか…!
「おやかたさあ…」
「もう観念して、罪を償い更生しなさい…豊久よ。
私は待つ、刑期が明けてお前が帰って来るのをいつまでも待つから…!」
俺を甘い言葉で島津家に勧誘したのは、俺を油断させるため。
俺の心を開いて、供述を取るため。
俺を罪人にし他の行き場を完全に潰し、俺の行き場を島津家に限定する…それが狙い。
俺の心の傷を知り抜いて、言葉を選びに選び抜いている。
おやかたさあ、おまんさはやっぱいきっさね島津ん男じゃ…!
「悪っかけんどおやかたさあ、おまんさん豊久はもう戻らん。
きっさね島津ん家になど二度と帰って来ん!」
「無駄だ豊久、袋の中の鼠ぞ」
三方ある建物の隙間に水が染み込むように、人影がぬうと姿を現した。
「ねおん」の灯りに照らされ、正体が浮き上がる。
俺は言葉をなくした。
「あきらめろ豊久、お前の幸せな勘違いはもうおしまいだ」
「勘違いデブ…!」
デブのくせによく隙間を通れたな、てかやっぱりこいつも敵なんだ。
敵はどこまで行っても敵か。
「義弘兄さんは勘違いなんかしていないよ、老人ぼけにはまだちょっと早い。
勘違いは豊久、お前だよ… 目を覚ませ豊久!」
「よくも俺に家督をなすりつけやがって…豊久てめえこそ性格最悪じゃねえか!
このDQN久が! 殺す!」
別の隙間から、忠恒がよいよいの歳久さあを支えながら現れた。
そしてまた別の隙間からは、くそな方の家久さあも現れた。
全員今様の動きやすい服装だ。
「勘違い? 自分の子の顔を勘違いする父親がどこにいる、
自分らの一族の者を別人と勘違いする一族がどこにいる豊久!」
「くそ、どいつもこいつも…」
あいつら全員、俺を豊久とかショボと思ってやがる。
おやかたさあも勘違いデブも、みんなで口裏を合わせているのか?
それとも誰かが洗脳したのか?
「島津の者ども、釣り野伏せグッジョブぞ! 捜査協力感謝する!」
井伊どんの「ぞんび」も遅れて上空の屋上にて合流した。
島津の者どもは俺を取り囲み、力で押さえつけた。
大の男6人総掛かりで来られては、さすがに逃げられない。
どうする、心を決めねば。
このまま捕まって、残りの人生を島津豊久として生きるのか。
それとも確率もないに等しい、フライド丸という奇跡に賭けて死ぬのか。
ここは「ねお薩摩」、サイバーパンクの街。
自分の事は自分で決める、それがこの街の思想…!
「おいは豊久やらショボやなか、おいはフライド丸…おいはフライド丸!
こん『ねお薩摩』ん生きっ男、おいはフライド丸じゃ!
今決めた、おいん事はおいが決めっと…だからおいはフライド丸、
こん『ねお薩摩』ん来た初めてん日、おいはおいにそげん命名した!
おいはフライド丸、他ん何者でんなか!」
俺は囲まれ、取り押さえられながら暴れた。
「逮捕だ、連行する」
島津の勘違いデブが俺の腕をつかみ上げた。
井伊どんの「ぞんび」がその腕に手枷をはめようとした。
「西暦2018年12月30日、午後9時15分。
フライド丸こと本名、島津豊久。
全界脱走罪ならびに歴史改竄罪、他余罪3件にて逮捕する」
だめか…!
…俺、豊久とかショボになっちゃうよ。
俺、島津豊久とかそんなショボい名前じゃないよ。
豊久なんてたった半年ばかりの名前じゃないか、他人の名前を勝手に変えるな。
残りの人生が島津豊久なんて嫌だよ、そんなの。
もう自由になりたいよ、俺。
でもそれはただの夢だったのかな…。
「…楽しそうだな、おい」
その時、建物の壁についている扉がぎいと音を立てて開き、男の声がした。
そうか、建物の中からも人が来るのだ。
「今、路地裏で絶賛開催中の『島津家釣り野伏せ衆道カラオケ大会』、
私も混ぜなさい。私も『島津』、参加資格はあるはずだ…!」
男は扉の裏からひらりと出てきて、でかい2丁拳銃を交互に発砲した。
男の長い黒髪がその動きに舞って、電脳の街の眩い夜に浮かび上がった。
「島津の大きいの…! なんで…!」




