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第67話 井伊直政、いい奴

第67話 井伊直政、いい奴


井伊どんの「ぞんび」と島津の勘違いデブ、それに島津家の面々は、

井伊どんの「ぞんび」が呼び出した天国への扉をくぐり、急いで天界へと帰って行った。

一体どうしたのだろう。

指名手配犯て言ってたな、勘違いデブの脱走犯でも大騒ぎだったのに、

さらに重大な事件って事なのだろうか。


「…天界からとは言え、島津のもんらが勢揃いでお前を迎えに来るとはな。

フライド丸、お前やっぱ島津の家臣なんやな」


残った揚弘が俺の背中にそう言った。


「おいは島津のおもちゃぞ、家臣なもんか」

「そやかてフライド丸、義久が許したるから島津家帰って来い言うてるやん。

戦国ん世界におれん事やらかしたから、この『ねお薩摩』来たんやろ、

でももうお前の罪は許された、戦国に居場所もある、

ここにいてる理由もうないやん、堂々と島津の家帰れるやん…」


揚弘は俺の背中に抱きつき、俺の体をぎゅうと力を入れて抱きしめた。


「…行くなフライド丸、行くな…帰ったらあかん、帰らんといてえな!

お前の居場所はここや、『ねお薩摩』や。お前は『ねお薩摩』のフライド丸や!

俺を…俺をひとりにせんといて、ひとりは嫌や…」


体に揚弘の声の震えが伝わって来る。

振り向くと、揚弘は泣いていた。

こぼれ落ちる涙が『ねお薩摩』の冷たい灯りに滲んで、地面で光となって弾ける。


「俺は島津揚弘、お前の友達…そしてお前は生まれて初めて出来た俺の友達、

こんな俺なんかの友達に、お前がなってくれて嬉しかった…。

その友達をこないな形で無くしとうない、絶対嫌や!」

「揚弘…」


俺は揚弘の気持ちが嬉しくて微笑んだ。

そして彼の背中をそうっと何度も何度も撫でた。

揚弘は涙をぼろぼろこぼして泣きながら叫んだ。


「…俺は島津豊久、俺が島津豊久や!

あいつらフライド丸連れてくんなら、俺を連れてき!

俺が戦国行ったるわ、島津でも豊久でも、何でも俺がなったるから…!」


揚弘は声をあげて泣いた。

本当はすごく淋しかったのに、ずっと耐えていたのだ。

島津の大きいのと子安どんの結婚で、淋しい思いをしただろうに、

彼は自分を殺して笑顔で祝福した。

あんな淋しい人生を歩んできた男が、淋しくない訳ないのだ。

揚弘は人より淋しさを感じやすい男なのだ、そんな男を俺のせいで…。

…全ては俺がこの「ねお薩摩」に存在したばかりに。


帰らねば。

俺はもうここにいてはいけない。

これ以上この「ねお薩摩」の秩序を乱してはならない。

帰らねば、元いた世界へ。

戦国へ、島津家へ。



揚弘はそれからも泣き止まず、ずっと泣いていた。

俺は島津家に戻ると、大きいのを追い出し、

泣く揚弘を寝台に寝かせて、その隣に俺も横になった。

涙に震える揚弘を抱きしめて、名前を呼んだ。

そして俺は揚弘の淋しさを少しでも慰めるために、自分の魔法を使った。


夜中、揚弘を残して家に戻った。

子安どんは仕事部屋で仕事をしていた。

島津の大きいのは居間の長椅子で横になっていた。

長い髪が長椅子から流れて落ちる。

…本当に子安どんを抱かないつもりなんだ。

子安どんが振り向くまで、名前だけの夫に徹するつもりなんだ。

俺はやっぱりおやかたさあに似てるなと、彼の寝顔をじっと見ていた。


「…フライド丸、お前揚弘抱いただろ」


寝ているはずの島津の大きいのが突然話しかけた。

俺はびっくりして、言葉に詰まってしまった。


「いいさそれで…あいつもね、留っちゃんと同じで愛を乞う人なんだよ。

今までの反動なんだろうね、俺ひとりがいくら愛しても愛しても、

それじゃ全然足りなくて、まだ愛に飢えているんだよ」

「…ごめん」

「揚弘は俺だけじゃなくて、確かな愛だけじゃなくて、

もっと大勢の人の愛情をいっぱい欲しいんだよ、困ったやつだね。

俺はそういうやつを放っておけないし、そういうやつだからこそ可愛く愛おしい。

揚弘をあまり淋しがらせてくれるな」


島津の大きいのはそう言うとまた目を閉じた。


「揚弘も留っちゃんも、俺の大事な人だから泣かしてくれるな。

ずっと二人のそばにいてやってくれ、俺の代わりにいてやってくれ…」

「何言うちょる、まるでもうすぐけ死んごたる…」

「俺はヤクザだからな、明日死んでも何らおかしくない。

それより前話したあれ、俺は本気だからな」


前言ってたな、島津の大きいのが死んだら戸籍くれるって。

まだ言ってやがる。


「行くなフライド丸、二人のためにいてやってくれ、

行くな、どこにも行くな…例えお前の前に迎えが来ても」

「おおきに…」


でもごめん。

俺は行くよ、それがみんなのためだから。

辛いのは、淋しいのは、死ぬのは、みんな俺ひとりだけでいい。



翌日、俺は部屋を片付けた。

身ひとつで来たのだ持って帰る物は何も無い。

ただ、揚弘のくれた刀「揚丸」だけは持って行こう。

あれは戦国の刀だ、返さねば。

それからあの銃も要る、弾はまだある。


「片付けか? いやにきれいにしている」

「いや、子安どんが片付けんからおいがやっちゃらんと」

「何だと!」


昼飯はいつもより少し豪華に、南蛮麺の魚介だれ、生野菜の和え物、

魚介の水煮野菜添え、香草で香りをつけた肉の焼いたの、白い葡萄酒。

初めての「打ち上げ」で食べた料理を思い出して。

食後は子安どんを抱いて昼寝を。

初めて自分から愛した女、この上なく大事に思う。

だからこそ、愛すればこそ。

俺は陰、子安どんを陽に当てるための影でいい。


子安どんがまだ寝ている間、俺はそっと家を抜け出した。

部屋の机に「揚弘と『からおけ』に行ってきます」と書き置きして。

どこに迎えがいつ来るのかわからず、俺は街を彷徨った。

夕方、あの高台の公園に出て、展望台で風に吹かれて眼下の景色を眺める。

遠くに見える「ねお薩摩」の森に灯りがちらほらと点き始める。

冷たくも美しい「さいばーぱんく」の始まりだ。


「探したぞ」


その時、俺の背後が白く光って天国の扉が現れた。


「井伊どんの『ぞんび』…あいつらやなかかね」


扉から井伊どんの「ぞんび」が現れた。


「俺は井伊直政、いい奴。だがさすがに今日は味方してやれない、

フライド丸…いや、島津豊久」

「……! 誰が豊久ぞ…」


井伊どんの「ぞんび」は、服の物入れ袋から一通の書類を取り出し、

それを俺の目の前に広げて掲げた。

よく見ると、島津豊久の指名手配状だった。

戦国の豊久さあと、「ねお薩摩」の俺の顔写真付きか。

俺はともかく、どうやって戦国のショボなんか撮って来たんだよ、盗撮かよ。

さしずめ俺は島津豊久、「てれび」でよく言う「整形後」てとこか。

さすが天界も電脳社会、「さいばーぱんくしてぃ」だな!


「お前に逮捕状が出ている。逃亡の恐れがあるため、

天界上層部が極秘捜査していたが、昨晩正式に全界指名手配が決まった。

フライド丸こと本名、島津豊久…、

全界脱走罪、歴史改竄罪、窃盗罪、殺人罪、ならびに放火罪で逮捕連行する」


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