第66話 捨てがまりエクスペリエンス
第66話 捨てがまりエクスペリエンス
「『誰が世にか種はまきしと人問はば いかが岩根の松はと答へむ』…」
島津の勘違いデブが家久さあをちらちら横目で見ながら、歌を詠み始めた。
家久さあもさすがに気付き、勘違いデブに聞いた。
「何の歌ですか、兄さん」
「源氏物語『柏木』より薫の君の五十日の祝宴で、薫の君を見てどう思うか、
六条の院が女三の宮に詠んだ、当てこすりの歌だよ。
『いつの間に、どこから生まれた子なのか』ってな…」
家久さあは歌の意味に、自分にはない教養に衝撃を受けた。
「ひどい兄さん…私が側室の子で教養もないからって…!
私はやっぱりいけない子だったのだ、私なんか、私なんか…、
生まれて来なければ…うわーん!」
家久さあは会場の隅に丸まっていじけ、とうとう泣き出した。
島津の勘違いデブはぱちと片目をつぶって、成功を俺たちに告げた。
揚弘は会場の拡大画面の「電脳シーマンズMADE IN HEAVEN♯DIGITAL」側画面で、
忠恒が任務地域の端に寝ているのを見つけた。
「おい貴様、防衛放棄か?」
「疲れた、寝る。後はどうせおやかた様がやっつけるだろ?」
「なんでこの大会来たん? お前いてる意味ないやん」
「えー、義弘と豊久潰す絶好の機会だよ〜て、おやかた様が言うしい、
ついて来たらなんかいつの間に大会来ちゃってた? みたいなあ」
「…だめだこら」
揚弘は呆れて忠恒を放置した。
「あ、こら忠恒! 働かんか!」
「おやかた様あとはよろ〜、任せたよ」
「えっ…そんな!」
戦列を離れた3人は敵にやられ、あっという間に戦死してしまった。
敵は唯一生き残ったおやかたさあに目標を変えた。
俺はそんなおやかたさあを嘲笑した。
「捨てがまりじゃ、おやかたさあ! 時間ば、遅れば稼ぎい!
さっきんくじでおやかたさあひとりはずれじゃっどか、不っ吉う〜」
「はっ…そういや!」
「…島津ん捨てがまりは味方ば逃がすため、囮ば捨て置きっせえ時間稼がせっ戦法、
敵ば全滅せん限り死は避けられん、囮は死にん行くんじゃっど。
おやかたさあ、おまんさは死にん行っ事、命捨てん行っ事あっとか?」
俺たち「戦国アサシネ組@NS_CYBERPUNK」は手を休めてなどいない。
島津家のやつらが内輪もめしている間も、手は動かし続けていた。
彼らを攻撃している間も手は動いていた。
俺らは囮を立てて役割分担で前座の大将と副将を倒し、
その次に現れる中将2体、そして真なる将である敵を輸送して来る船を撃破している。
あとは雑魚だけだ、強敵はもういない。
俺たちは雑魚を引きながら攻撃していた。
井伊どんの「ぞんび」の乗り物は呼んでもすぐに壊されてしまう、無駄だ。
島津の勘違いデブは高速移動があるのでともかく、
このままでは揚弘と井伊どんの「ぞんび」が追いつかれてしまう。
俺は井伊どんの「ぞんび」に声をかけた。
「井伊どん、空爆! 目標ずばりおい!」
「了解」
「貴様ら先走りい!」
井伊どんの「ぞんび」はすぐに空爆を要請し、
爆撃予定範囲の赤い印が画面内の地図に表示された。
俺は大きく上昇し、その中心へ飛び込んで行った。
敵が続いて爆撃予定範囲に入って来る。
「…おやかたさあ、おいはあっど。
死にん行っ事、命ば捨てん行っ事あっど、捨てがまった事わっぜようさんあっど。
おまんさん豊久やらショボはたったの一回でけ死によった、ショボやからな。
じゃどんおいは死なん。おいはフライド丸、「ねお薩摩」ん生きっ男…!」
爆撃予定地点の中心で滞空した。
敵は俺の真下に集まっている。
みんなは先へと走り続ける。
空爆が始まった。
この空爆は斜め上空から雨のように降り注ぐ。
爆弾型の空爆は避けられないが、これなら滞空していれば避けられる。
俺は少し上を向きながら、真っ白な爆煙の中に青い光を探した。
空爆の雨は地図上の敵を示す赤い丸印を次々に消して行った。
司会者がおやかたさあの死を報じた。
空爆が終了し、俺は飛行動力がなくなる寸前でようやく着地した。
地図上の赤い丸印はもう完全に消えていた。
任務完了の音楽が鳴る。
「おし!」
「やったな! 優勝だ!」
「グッジョブやったでフライド丸!」
「見たか島津家! 捨てがまりエクスペリエンスの差だ!
捨てがまる方、逃がされる方、どちらも経験は上ぞ、
おまえらチェリーボーイとは訳が違う!」
俺たち「戦国アサシネ組@NS_CYBERPUNK」はひと固まりになって抱き合い、
お互いの健闘を讃え合い、優勝の喜びを分かち合った。
「『戦国アサシネ組@NS_CYBERPUNK』、殺! 害!」
観客たちも総立ちになり、歓声で俺たちの勝利を祝ってくれた。
「ど、童貞やないわ、このピザ! 島津義弘!」
「戦国アサシネ組、コンビネーションプレイすげえぞ!」
「フライド丸、日本語でおk! 『マイルド関西弁』何言ってんのかわかんねえぞ!」
「井伊直政、ゾンビが空爆かよ! 地面に帰れー!」
「歴史と違うぞ島津豊久! てめえが捨てがまれ!」
「電脳シーマンズMADE IN HEAVEN♯DIGITAL」は拍手しながら、
やれやれと言った顔で、そんな俺たちを眺めていた。
「優勝おめでとう、さすが島津の退き口組だね。
で、考えてくれたかな? フライド丸」
会場を出ると、「電脳シーマンズMADE IN HEAVEN♯DIGITAL」の面々がいて、
俺たちを待ち構えていた。
「何をじゃ」
「うちに…島津家に来ないかな?」
「なんでじゃ」
「ほらさあの時代、島津家も欠員が出てね…歳久も家久も死んでるし、
豊久に至っては戦死を装って脱走しちゃうし。ほら、あいつ家に懐疑的だったから。
フライド丸ならいいと思うんだよ、島津の内情にもよく通じているし、
大会で見させてもらって、これは腕も立つだろうなって思ったし」
おやかたさあはにこにことして言った。
「おいおい、島津義久から直々に島津家へのスカウトかいな…。
フライド丸、乗ったらあかんで?」
揚弘が俺の肩をぐっと抱いた。
「今なら! この放送30分以内のお電話で、義久の養子という身分付き!
あの時代ちょうど豊久の佐土原城が、謎の焼き討ちにあって土地も空いてるから、
そこに新しく『ネオ佐土原城』を築城して、もれなくプレゼント!
女も囲いたい放題! よければ高貴なお嫁さんもおまけでプレゼント!」
「何おいがあげん辺鄙な『アホのてーまぱーく』に…!」
「佐土原は辺鄙で嫌かい? なら薩摩で私と一生に暮らそうぞ!」
戦国の世界にいた俺にはおやかたさあの提示する条件が、
異例かつ破格の物である事がよくわかる。
武家の者なら誰でも、自分の国と城を持ちたいという願望がある。
おやかたさあの養子ともなれば、身分も高い。
高貴の筋の女を嫁に迎えれば、出世も夢ではない。
「どうだいフライド丸、良い条件であろう。
この『ねお薩摩』は本来そなたの居場所ではない。
そなたが存在することで、すでに様々な弊害が出ているのではないか?
しかし戦国の世にはそなたの居場所がある、私が用意する。
そなたは戦国の者だ、戦国に生きていていいんだよ。
私はそなたを許す、島津家はそなたを許す、帰って来なさいフライド丸」
…まいった、おやかたさあは本当に俺の事など全てお見通しだ。
断る理由がない。
「…おいは島津家ばうっ潰すど、良かか?」
「好きにすれば良い」
おやかたさあはにいと笑った。
その時じゃわんと琵琶のような、でも高い音がして歌が始まり、
井伊どんの「ぞんび」が服の物入れ袋から、「すまーとふぉん」を取り出した。
「はい。こちら死神課新仏送迎1係、井伊直政。
はい、はい…えっ! わかりました、急ぎ戻ります」
井伊どんはどこかと話をして電話を切ると、慌てた様子で言った。
「義弘! それに島津家のみんなも! 急いで帰るぞ!
天界で指名手配犯が出た、天界総員招集だ」




