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第63話 ドナーとレシピエント

第63話 ドナーとレシピエント


「いやさ、そもそもこの結婚て留っちゃんの同意書にサインするためじゃん?

俺は別に、このまま俺の籍にいてくれてても構わないけど…名義貸しって事で」


島津の大きいのはたばこに火を点けながらそう言った。


「まあしょうがないかな、俺も揚弘いるし。他人の事あんま縛れないよな…」


…こうして見ると、やっぱりおやかたさあにちょっと似ている。

おやかたさあは俺をフライド丸として許した。

島津の大きいのも俺という存在を許して、子安どんと結婚した。

彼らの愛とは許すことなのだ、敵わないな…。


もしも俺がここにいなければ、子安どんは島津の大きいのを愛しただろうか。

一度は別れても、そのまま思い続けただろうか。

だって、「おとぎ草子ラササン・アサシネ」には、島津の大きいのが生きている。

俺、いない方がよかったのかなあ…。


家に帰って荷物を置くと、そのままマンションの屋上に出た。

戦国の世界では死ぬとここに帰る事が出来た。

ならばここで死ねば、戦国の世界へ戻る事が出来るのだろうか。


おやかたさあは俺を許してくれる。

もう戦から逃げ出した事も、生き延びた事も罪に思う必要はない。

今なら大手を振って元の世界へ戻る事が出来る。

おやかたさあの許でやり直してみようか…。


俺は屋上の柵を乗り越えた。

天国の扉はない、きっと戦国へとつながっている。

そう信じて、俺は空へと飛び出した。


すると、俺の手を引く者があった。


「フライド丸!」


仕事へ行ったはずの揚弘だった。

忘れ物でも取りに来たんだろうか。

俺は驚いて、思わず手を離してしまった。

そしてそのまま、駐車場の車の上に干してあるふとんの上に落ちた。


「ぎゃひ!」


落ちた衝撃で手術した腰に激痛が走り、俺はそのままふとんの上で悶えた。

すぐに揚弘が降りて来た。


「あーあ…何しとんねや、アホお」

「し…失敗しよった」

「給料もろて帰って来たと思たら…。

しっかしきっしょいくらい頑丈なやっちゃ…あの、死のうとしとったんか?」


揚弘は話す途中でふっと真面目な顔になって、ふとんの上で悶える俺に聞いた。


「いや…戦国ん帰ろうとしとった」


俺はまたしばらく悶えて、ようやくそろそろと車から降りた。


「なんでやのん」

「おい、おらん方がよかか思て…おいがおらんかったら、みいんなまあるく収まっとよ。

おっきいのも子安どんもこげん苦しか結婚ばせんでよか、

もっと幸せなもんやったち思も…」

「ちょう待ち、俺は入ってへんのかいな」

「しもた」


揚弘は吹き出し、爆笑した。


「…俺はお前おらんと、俺の友達はお前しかいてへん。

淋しい男をひとりにすな、俺は淋し〜い男やからな…!」

「ごめん」

「あ、そうや」


揚弘がふと思い出して言った。


「さっきゲーム機つけたら、井伊のゾンビからメッセ来とったで。

『戦国アサシネ組@NS_CYBERPUNK』の代表は一応俺、島津豊久やし。

ほんで、冬コミ期間にまた大会あんのやてな…」

「まさか…」

「『戦国アサシネ組@NS_CYBERPUNK』の連覇をかけて!

行くでフライド丸、さっそく練習や!」


俺は揚弘に引きずられてマンションへ入って行った。


子安どんは他人の骨髄が体に入った事による拒絶反応と戦い、それを乗り越え、

俺の骨髄は子安どんの体に馴染み、移植から10日目に生着と言って、

子安どんの体に根付いた事が確認された。

根付いた骨髄は正常な血液を造り出し、殺した白血球も徐々に増え、

正常の範囲内で一定となり、子安どんは退院する事になった。

移植から1ヶ月ほど経った頃だった。

退院の日には俺と島津の大きいので、あれこれごちそうを作って、

俺たち「島津マンション」住民たちと子安…島津家家臣らで退院祝いの宴を催した。


子安どんは俺の料理を、上手くなったと褒めてくれた。

最初は何も作れなかったけれど、子安どんに教わって、

ごはんを炊いて、みそ汁を作り、魚を焼く程度だったのが、

島津の大きいのにも教わって、豚しゃぶとか、「はんばーぐ」なる南蛮焼きつくねとか、

「かれー」なる辛味汁かけ飯、天ぷら、からあげ、

それに「けーき」なる小麦粉と卵の生地をふわふわに焼いたの、

「くっきー」と言う、小麦粉と乳脂の生地をさくさくに焼いたのとかのお菓子、

あと「ぱすた」なる南蛮麺、お好み焼きなる溶いた粉にいろいろな具の入ったの…、

ずいぶんといろいろ作れるようになった。


それから間もなく、骨髄を提供した患者…子安どんからの手紙が、

「こーでぃねーたー」という、俺と子安どん、そして病院の間に入って、

仲介する者を通して届けられた。

受け取ったのはその後検診に訪れた病院で、家に届いてしまうと、

子安どんにばれてしまうから、という配慮だった。


俺が「どなー」である事を伏せてあるので、「骨髄ばんく」を通した事になっており、

1年間の間に2往復、手紙のやりとりをしてもいいという、

そこの決まりにのっとって手紙が届けられたのだ。

部屋でこっそりそれを開いてみると、丸みを帯びておおらかな、

よく見慣れた子安どんの文字があった。

深い内容の感謝が綴られてあり、俺は心から提供してよかった、

助ける事が出来てよかった、そう感慨深かった。


子安どんからの手紙には署名はなく、ただ「骨髄移植患者」とだけあった。

だから俺もただの「骨髄移植提供者」として、返事を書いた。

そして封筒に入れ、その上からまた封筒に入れて、仲介者へ送った。


それからまたしばらくして、返事の返事が届けられた。

改めての感謝とこれからを祈る言葉がしたためられてあり、

それから下の方に歌が一首詠まれてあった。

「身をつくし君の与へる命 根付きて生きる世はあたらしき」。

…歌とは実に子安どんらしい。


俺も子安どんの健康を祈って、最後の返事を書いた。

そしてその最後に返しの歌を詠んだ。

「君がため我かへりみず身をつくし 末よ久しと捨てがまるかな」

俺はそれを二重に封をすると、子安どんの手紙を、

料理の作り方の写しを閉じた綴りにそっと挟んで、また元に戻した。


子安どんは俺の手紙を仕事場の机の引き出しに、大事にしまってあり、

時折仕事の合間にそれを開いて、繰り返し読み返しては、

涙を流しているのを、俺は影から見ていた。

ある時お茶を持って行くと、ちょうどその場面に出くわしてしまった。


「…私に骨髄を提供してくれた人はな、ちょうどお前と同じ30代の男性なのだ」

「へ、へえ…そうなんや」

「最後の手紙で私が歌を書いたら、その人も心得のある人で歌を返してくれてね…。

『君がため我かへりみず身をつくし 末よ久しと捨てがまるかな』、

『捨てがまる』て…この人はどんな思いで骨髄採取に臨んだのだろう、

この人は私にどんな思いで犠牲を払ってくれたのだろう、

そう思うと改めて感謝すると同時に、心が痛んでならなくてね…」


…そりゃ歌の通りだよ。

子安どんが困っていたら、俺は無条件で助ける。

何の見返りも求める事なく、黙って命を差し出す。

全ては子安どんを愛しているから、それ以外にない。

俺は自分が「どなー」である事を告げたかったが、ぐっと飲み込んだ。



「しかしフライド丸がオールマッチってのは意外だったな」


おやつが食べたくて島津家に遊びに行った時、島津の大きいのが言った。

今日は「しゅーくりーむ」なる、ふわふわの衣にとろりとした乳あんが入ったやつだ。


「ふうん? そげん確率低かね?」

「血縁だと確率は高いけれど、他人同士だとそれこそ奇跡レベルなんだよ。

他人同士でも適合する人は、どっかで血がつながってるって考えがあるね」

「え…」


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