第6話 ねお薩摩サイバーパンク
第6話 ねお薩摩サイバーパンク
客人も帰り、子安どんは湯殿へ風呂を使いに行った。
俺は部屋で彼女に持たされた本をぱらぱらめくりながら、
彼女が娼婦とはどういう事なのだろうとぐるぐる思いを巡らせていた。
本の中身は髪の長い、女のような男がおとぎの国で化けもんらと戦いながら、
男と衆道の関係を結んでいく内容だった。
子安どんの絵はとても奇麗だが、筋書きはあまり面白くない。
なんだかやっつけ仕事のように感じられた。
もったいないな、そう思った。
家の中に子安どんを探すと、彼女は台所の引き戸を開けて出た天守閣にいた。
濡れた髪を風になびかせ、透明の柔らかな瓶から水を飲んでいた。
「子安どん」
台所から声をかけると、彼女はふふと微笑んだ。
「フライド丸」
俺は台所から出て、彼女の隣に行った。
洗い上げた彼女の縮れた長い髪から、洗髪に使う薬剤の強い香りがした。
黄昏時の森にはいろんな色の灯りが点き始めて、夜が始まろうとしていた。
「奇麗じゃのう、薩摩が森は」
「薩摩の森は夜になるともっと奇麗になるぞ」
「ほんまか?」
「本当だ、見たいかフライド丸」
「見たか」
「いいだろう、見せてやる」
子安どんは俺に出かける支度をしろと命じ、自分も支度をして、
俺たちは夜の森へと出かけた。
森の中はよりたくさんの光が陽を受ける錦江湾のように広がっており、
昼間のように明るく、それでいて隙間からわずかに覗く夜空があって、
行き交う人々の体温で熱を帯びて、花街のように妖しかった。
「何夜なんにこげん明るか? そげんようさん火いでも焚いとっとか?」
「看板のネオン、建物の中や街を照らす灯り…みんな電気の光だ」
「電気て何ね?」
「雷電の電、雷の力を人の手で作った物で光を起こしている。
電気の流れは制御でき、回路を作る事が出来る。
その回路を組み合わせて、さまざまな物を動かす動力になっている。
例えば台所の冷蔵庫、風呂の湯を出したり…」
子安どんはその仕組みをわかりやすく教えてくれた。
賢い女なのだな、隼人の女どころか武家や公家の女にもこんな女はいない。
俺は気後れがした。
子安どんは俺を電気の波を出す塔に連れて行ってくれた。
この塔は登れるのだぞ、そう言って彼女は上へ吊るし上げる籠に俺を乗せた。
籠は塔の上で止まり、降りるとそこは展望台になっていた。
どこの城の天守閣よりはるかに高い。
あの秀吉さまだってこんな高い天守閣は築けないだろう。
「奇麗じゃの、奇麗じゃの! こいが『ねお薩摩』…!」
俺はびいどろの嵌った窓にへばりついて、下の森を眺めた。
そんな俺を子安どんは笑った。
「…戦国武将にとってはサイバーパンクの世界だな」
「何ね、『さいばあぱんく』っちゅうとは?」
「科学や技術が異常に発達した世界を舞台にしたおとぎ話の一分類だ。
その根底に何かしらの思想を持つ場合が多い。
いいなあ…サイバーパンク、描いてみたいなあ…。
なんで私がファンタジー…しかもBLなど描かねばならぬ」
子安どんも俺の隣でびいどろの窓に張り付いた。
その顔は少し悲しそうだった。
「描きたかじゃったら、描いたら良か」
「…そう上手くはいけばいいけどな。私など本に描かせてもらっているのがやっとだ。
内容なんて上の言いなりになるしかない、背けば仕事はなくなる。
金が無ければこの世界では生きて行けぬ、だから必死だ。
仕事を得るためなら…生きるためなら私は体だって売る、それが私の決めた道だ」
そう強がっていても、子安どんの目からは涙が流れている。
「生きるためなら体だって売る」、すごくわかる。
俺も戦国の世界ではそうしていたから。
「おいもな…前ん世界ではそげんしっせえ生きて来たとね。
衆道て聞いた事あっとね、おいは男に体を売ってそいで仕事ば得て生きちょったとね…。
戦国ん武将なんてみいんなそんなもんじゃっど、偉い人んご寵愛を得るために必死じゃ。
妻ば持たされてん、そげんもん形だけじゃっど…自分の妻でも愛してんいけん。
俺ん愛は殿がもんやないといけんのじゃ…」
子安どんの肩を抱いて、俺も涙した。
「アホやなあ、フライド丸は…」
彼女は泣きながら笑った。
あ、標準語…。
「自分の事は自分で決めてええねんで、それがこのサイバーパンクなネオ薩摩の思想や。
うちはどんなに辛うて泣く事あっても、それが自分の決めた道やから。
でもやっぱおっさんらに抱かれんのはきもい…」
やっぱ嫌なんじゃないか。
俺も笑った。
「そん思想なら、おいはもう自分で選んだ人を好いて構わんとか?
俺ん心はもう自由じゃっどか?」
「自由や、お前はもう誰を思ても愛しとってもかまへん。
ここは戦国の世界やない、衆道も政略結婚もみいんなみいんな忘れたらええ。
自分の思い人は自分で選ぶんや、自分の事は自分で決めんねん」
子安どんのきれいな標準語を聞きながら、俺は前の世界を思い出していた。
まだ子供だった頃、おいちゃんらの御前で女のなりで舞わされたなとか。
歳を取って肥えた殿との夜伽は、上になられると重いし暑苦しいから嫌だったなとか。
妻とは祝言の儀が初対面で、新婚の時ほんの形程度にしか手をつけなかったなとか。
しかも戦やら衆道やらで一緒に暮らす事もほとんど無かったなとか。
そんなのはもうみんな忘れていいんだな…。
自分の心は自分で決めていいのだ。
ならば俺は…。
俺はこの「ねお薩摩」で生きて死にたい。
…出来れば子安どんと。