第59話 島津雨は俺がため
第59話 島津雨は俺がため
部落の者たちが総出で俺たちの作る固まりを引きはがしにやって来た。
「くそ…治外法権て何ね、おっきいのん」
「この国の法の及ばないところ、この部落の掟しか通じない」
「なら…!」
俺は固まりから抜けて、刀を構えて振った。
揚弘も包丁のような長い刀を抜こうともがいている。
「アホか揚弘、何そげんおかしか刀持って来ちょっ!
前もって抜いちょき!」
俺は敵を斬りながら怒鳴った。
揚弘は反発した。
「この刀は一緒に地獄を旅した刀や、戦国でも大阪でも一緒や!
今は魔法も出えへんけど、死神が自分の血入れてこさえてくれた刀、
名前あらへんから俺が命名した! 『揚刀島津死神』や…!」
あの長い刀、妖刀だったのか…!
しかも揚弘の女の形見とは。
揚弘もようやく刀が抜けて、戦いに加わった。
「なら…ここが治外法権言うとなら、殺してんよかとね!
警察来んとなら好きん暴れてんよかとね!」
俺は敵の首を跳ねて、返り血の中から子安どんの悪いおかんを睨んだ。
子安どんの悪いおかんはひっと言って、青ざめた。
「おなごや言うて見逃がす思うな…」
彼女に島津の勘違いデブや、変な努力をしているおやかたさあや、性格最悪な忠恒、
よいよいの歳久さあ、くそおとんと元妻、ショボの豊久さあ、
島津の家の者らが、戦国のやつらが重なった。
この部落が俺の島津の退き口のように、子安どんの帰るところなら、
俺をおもちゃにした島津家のような、自由を奪うところなら、
俺はそれを潰して無くすまで…!
「おいは妻ば殺した、母ば殺した、妹ば殺した、自分の家族ば殺した。
おなごでん子どんでんうっ殺すど、おいは殺すど、自由んために!」
俺は子安どんの悪いおかんの膝上を2本まとめて斬った。
両方の二の腕も落とし、そして喉も突いて声を潰した。
子安どんの悪いおかんは血まみれの肉だるまとなって、でこぼこの路面に転がり、
言葉にならぬ声で、斬れた喉からひゅうひゅうと息を漏らしながら呻いた。
「殺さん! 生きい! 生きっせえ苦しみい、子安どんが味おうた地獄ば味わい!
そいが子安どんから奪うた自由からの報復ぞ!」
俺の後ろの加勢に来たつもりの部落民も、島津の大きいのが呼んだ応援を前に、
小さくなって縮こまっていた。やはり本職には敵わないか。
「ムラのもんが迷惑かけて申し訳ないです」
部落出身の組員が島津の大きいのに謝っていた。
「…いいさ、お前のした事じゃないさ、何もお前が申し訳なくなる必要も謝る必要も無い。
こいつら全員連行しろ、生活保護費の無駄だ。
国に迷惑かけるな、お前らで有益に使え」
「はい」
「それとあの肉だるまは私が処分を考える」
有益って…どうするつもりなんだろう、俺は揚弘に聞いてみた。
「そら人身売買市場に出すねん。臓器抜いてもええし、まぐろ漁船に乗せてもええし、
マフィアへ鉄砲玉として贈ってもええし、マインドコントロールして自爆さしてもええな。
保険ようさんかけといて殺してもええんねんで?」
「女は? あげんデブんババア、使い道なかろうもん」
「若い女ならまずシャブ漬けにして風呂沈めるか、市場に性奴隷に出すんやけど、
おばはんくらいやったら妖怪通りとかあるからまあまだいける。
ババアはどうしょうもあらへんわな、臓器も抜けへんし、体にも価値あらへん。
だしにして福祉の金搾り取るか、保険かけて殺すかやな」
揚弘は路面に横たわる、子安どんの悪いおかんをちらちらと見て言った。
子安どんの悪いおかんはびくりとして震えた。
見ると、尻のあたりを濡らして地面を真っ黒にしていた。
「…大阪府美柏野市の四つ沼部落で、部落民たちが同和利権を放棄して、
他の街へ散って行ったそうな、行方不明者も多数とかなんとか…、
あれお前らだろ、ちょうどお前らがカラオケに行ってる間だ」
大阪から戻って子安どんのお見舞いに行くと、
子安どんが無菌室なる特別な部屋で、滅菌された新聞を開いていた。
俺たちは着物の上から特殊な外套を着て、帽子をかぶり、
口を耳からかける紐につながった覆い布でふさいでいた。
子安どんは透明な膜の中にいて、俺たちはその中に入る事は出来ず、
会話も膜ごしだった。
「さあね」
俺たちは全員しらを切った。
「お前らのカラオケはいつも長過ぎる、ばればれだ。
利権に甘えている部落民が辞退などするはずがない、すいぶんでかい山が動いたもんだ。
そんな事ができるのは幸弘、お前が組員ら動かしたな?」
「さあね…俺は結婚の報告とほんのご挨拶に。
てか、フライド丸が一番活躍してたな、恐過ぎだろあれは」
「うん、フライド丸マジギレやったな、マイルド関西弁で怒鳴りながら、
めためた斬るんやもん、ばっきばき戦国武将な地いにヤクザドン引き」
島津の夫婦は俺を見ながらとぼけた。
俺も苦笑してとぼけた。
「なんやあん部落が島津ん家んごた見えっちゅ幻覚ば見てな、つい…暴っとしもた」
「アホか! お前ら3人揃って『アホアホトリオ』か!」
子安どんは透明の膜に向かって、読んでいた新聞を投げつけた。
「いやでも結婚の挨拶くらいはしとかないと…」
「俺も兄さんの家族やし、子安っさんとも家族やしい…」
「子安家家臣として、祝言が挨拶に行っ事ん何が悪っかと!」
子安どんは横になってふとんに潜り、壁の方を向いたままぼそりと付け足すように言った。
「…子安家でなはく島津家だ。
でもお前ら私のためにしてくれたんだろ、ありがとう」
俺たちは長居せずに早く病院をあとにした。
子安どんは移植に向けて、自分の骨髄を薬品で破壊している途中だった。
俺たちが感染症の原因になってはいけない。
家に帰って、俺は入院の支度をした。
明日には「どなー」として入院して、明後日には採取だ。
俺がこの「ねお薩摩」に来て、そろそろ1年になる。
短かった髪もすっかり伸びて、今は揚弘のような「ほすと」みたいになった。
月代も無くなった、髭もあれから伸ばしていない。
最初は身ひとつだったのが、荷物もすっかり増えた。
最初は寝間着だったのが、今は灰色の笠のついた綿の上衣に、黒い細身の袴だ。
着替えもお古をもらったりしてたくさん増えた。
俺は隼人の男じゃないから「いけめん」にはなれないけれど、
それでも「雰囲気いけめん」と言ってくれる人が、時々現れるようにもなった。
戦国の世界で男をたらし込むのは簡単だったけれど、
この「ねお薩摩」ではたった一人の女に手こずっている始末だ。
やっと捕まえたかと思ってもそうはいかず、俺は彼女の幸せを考えて手を離した。
彼女、子安どんはそんな事知る由もない。
ましてや俺が彼女の「どなー」になろうとしている事なんて、夢にも思わないだろう。
子安どんは何も知らなくていい、これは俺が勝手にする事。
子安どんを愛する男が、愛のあまり行う事。
「用意はいいか、行くぞフライド丸」
翌朝、島津の夫婦が俺を迎えに来た。
外に車を待たせてあると言う。
揚弘が俺の背中を叩いて笑った。
「がんばれよフライド丸、子安っさんにはカラオケでも言ったて口裏合わしとく」
「また『からおけ』か、『からおけ』はもう子安どんにばればれじゃ」
「ほなゲーセンや、ネカフェ泊まり込みで併設のゲーセンでフリプや」
「もう何でんよかよ…」
俺は島津の大きいのに荷物を後ろの物入れに運んでもらい、
揚弘と後ろの座席に座った。
細かい小雨がしとしとと、濡らすように静かに降っている。
きっと俺のために降る島津雨だ。
俺の出発を祝ってくれているのだろうか。
それとも俺の門出を祝福して降るのだろうか。




