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第57話 子安どんの家族

第57話 子安どんの家族


「フライド丸…!」


子安どんは居間の長椅子から立ち上がって、声を荒げた。


「ごめん…」

「なんで? 愛してるって嘘だったのか…!」

「ごめん、ごめん子安どん…」


俺はただごめんとしか言えなかった。


「たかが紙切れ一枚の事だ、慌てる事もない」

 

島津の大きいのの声は冷たかった。


「幸弘まで! 小さいのはどうする!」

「…俺は別に…」


揚弘は子安どんと島津の大きいのの間に、なんとか割って入ろうと必死だった。


「子安っさん、俺は別にええから…!」

「よくないだろ! 自分のパートナーが他の女と結婚したいなんて…!」

「俺は許す、兄さんは他の女を思う俺でええて、

それでもええて結婚申し込んでくれてん、そやから俺は許す!

兄さんが一生に一度、たったひとり思う女を幸せにしたいってのんの何が悪いねん、

俺、断然応援するわ! 兄さんの心に今応える事の何が悪いねん!」


揚弘に噛み付かれて、子安どんはたじろいだ。

島津の大きいのは続けた。


「留っちゃんには骨髄を提供してくれるドナーの候補が現れた。

もし、移植を受けられる事になったらどうする。あの悪いおかんにサインさせるのか?

このまま急性転化を待って、ただ死んでいくのか?

それだけじゃなく、誰が留っちゃんの身元を保証してくれるの、

誰が留っちゃんのする事に同意してくれるの、誰が留っちゃんを引き受けてくれるの、

留っちゃんにはあのおかんじゃない、誰か家族が要るよ…」


島津の大きいのの話に、子安どんは唇を噛んで黙り込んだ。


「…俺と結婚してよ、留っちゃん。

俺ヤクザだし、バカだけど、留っちゃんの家族になるから。

俺が生きている限り、俺は留っちゃんの事みんな引き受けるから。

留っちゃんの人生をみんなみんな、俺が引き受けるから…」


…負けた、俺は島津の大きいのには勝てない。

話を聞きながら、子安どんは涙を流していた。

そして濡れたままの目で俺をじっと見た。


「フライド丸、ごめん…私、家族が欲しい、やっぱり生きたい。

やっぱりこのまま死にたくなんかない…!」


子安どんはうつむいて、涙の雫をぽたりぽたりと落としながら、

むせび泣くように言った。


「よか…」

「行こう、フライド丸」


揚弘が俺を見かねて腕を引っ張った。

その晩俺は揚弘の隣に寝て、ずっと泣いていた。

揚弘は俺をずっと撫でていてくれた。

島津の大きいのは帰って来なかった。



その翌日、島津の大きいのは届を役場に提出し、届は受理された。

子安どんは苗字を「子安」ではなく、「島津」と改めた。

島津の大きいのと結婚しても、彼女と行く宛のない俺は一緒に暮らし続けていた。

前と同じ通りに行くはずはなく、時々気まずい時もある。

俺はただの使用人になった。

仕事が済めば、家臣たちの寝る部屋へ下がっていく。


代わりに島津の大きいのが家によく来るようになった。

彼が来ると俺は決まって隣の島津家へ行き、仕事あがりで酒臭い揚弘と眠った。

隣の音を聞きたくなくて、俺はなるべく境界の壁には近づかないようにした。

でないと嫉妬に食い殺されてしまいそうだから。

狂いそうなほど苦しい、でもそれが俺の選んだ道だから。


2週間ほどが経って、俺は「どなー」になるための最終同意をするために、

病院を訪れ、書類にたくさんの署名と捺印をした。

俺が「どなー」になるにあたり、島津の大きいのが骨を折ってくれ、

事情を説明してくれ、弁護人も立ててくれ、彼が俺の保証人になってくれた。

なんと頼もしい人なのだろう、俺の選択は間違っていなかった。


その翌日、病院へ行った子安どんが、目をきらきらさせて帰って来た。


「フライド丸、フライド丸! ドナーが正式に決まったぞ、移植だ!」

「へえ…良かったなあ、わっぜ良かったなあ!」

「東京の30代の男性の方だって、ドナーになってくれる人。

どんな人だろう、移植が終わったら手紙を出さないと…!」


その人は戦に負けて、山越えも出来ないデブ殿を逃がすとかポカやらかした挙げ句、

敵にやられて死ぬ事もかなわず、匿われていた庄屋屋敷から逃げ出して、

川に入ったらこの「ねお薩摩」に流れ着いた元戦国武将だよ。

その人はここにいるよ。

子安どんの目の前にいるよ…。


「それで入院が再来週に決まったんだが…」


俺の心中など知るよしもなく、入院の事を話す子安どんは本当に嬉しそうだった。

よかった、俺のした事は間違っていない、よかった。

すると、子安どんは急に抱きついて来た。


「…フライド丸は線が細いのに、服を脱ぐと意外と筋肉があって、

意外とごつくて、すごく男っぽいよな。

抱いてくれる時、フライド丸は男の人なんだなってすごく意識した」

「あかんよ、そげん事しよったら…」


俺は体に絡む子安どんの腕をほどいて突き放した。


「子安どん…今は島津どんか、はもう人妻なんやから」

「あの人は私を抱かない」

「え…?」

「妻にしたんだから抱けばいいのに、手すらつけない。

小さいのがいるからか、それとも本当に形だけの夫に徹するつもりなのかどうだか…」


子安どんはふふと笑った。

愛してるなら抱きたいって思うはずなのに、どうしてだろう。



「形だけと言ったはずだけど」


揚弘が便所に立った時、俺は疑問を島津の大きいのにぶつけてみたら、

島津の大きいのはあっさりとその疑問に答えた。

俺は島津の大きいのに「からおけに行く」と誘われて、そのつもりでついて行ったら、

駅で揚弘と合流し、大阪行きの細長い鉄の箱の速いやつに乗せられてしまった。

もちろん俺たちの事だから、武器を隠し持ちながらである。

子安どんが入院して、移植を4日後に控えた午前中の事だった。


「形だけん結婚は悪りかと」


俺と言う前例があるからな。

実の無い結婚は時間の無駄でしかない。


「形だけだけど、誰が心もないと言った?

留っちゃんの気持ちがフライド丸にあるうちは、抱いても無駄なだけだ。

俺は待つよ、留っちゃんの気持ちが俺に向いてくれるまでずっと。

それでもしその時が来たら遠慮はしない、俺は抱くよ」

「くそ…大人ぶりよって」


揚弘が戻って来て、俺と島津の大きいのの間の空席に座った。


「そういやさ兄さん、俺らどこへ何しに行くん?」


揚弘は島津の大きいのに聞いた。


「揚弘もなん、大っきいのに連れ出されたとね」

「家で寝とったら、いきなり電話で東京駅来い言うから…」

「おいもやっど、洗濯ばしちょったら電話で『からおけ』行こ、飯食わしちゃる言うから…」

「お、もう新大阪だ」


島津の大きいのは、車内放送に気付いて言った。

そしてがさごそと降りる用意をし始めた。


「大阪には関西にいる系列の者どもを応援に呼んである、お前ら戦闘準備!」

「は?」

「戦闘て…兄さん?」

「結婚の報告とご挨拶をしたい、子安家へ行くぞ!」


子安家って、まさか子安どんのあの悪いおかんのとこか!

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