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第56話 たのんあげもす

第56話 たのんあげもす


子安どんは俺の傷を抱いて泣く。

泣きながら熱に浮かされたうわ言のように甘い言葉を吐き出す。


「…行くなフライド丸、どこにも行くな…ずっとそばにいて、ひとりにしないで。

愛してる、愛してる…お前は一生に一度、たったひとりの人…」


島津の大きいのは子安どんの事を、「愛を乞う人」と言った。

子安どんは可愛がってくれたおとんが亡くなるずっと前から、

あの悪い母親にいじめられて来たのかも知れない。

子安どんは淋しい女だ、淋しいからああやっていろんな男とすぐに寝るのだ。

そんな淋しい女の一生で一度、たったひとりの人が俺なんかでいいのだろうか。


無戸籍者の俺とではそもそも夫婦にすらなれない。

子安どんみたいな淋しい女には、愛してくれるだけでなく、

困った時には助け、守ってくれる人が要る。

でもそれは俺じゃだめなんだ、俺では何もしてやれない。

こないだの入院の時もそうだった、戸籍がないばかりに何もしてやれる事はなかった。


もしこの先俺が子安どんの「どなー」になる事が出来ても、

入院とは違って移植には家族の同意が要る。

島津の大きいのも、「ねお薩摩」の医療は戸籍が大事だと言っていた。

あの悪いおかんには頼れない子安どんには、もう一人誰か家族が要る。

誰か、ちゃんと戸籍のある家族が要る。

無戸籍者の俺ではなく。



「ねお薩摩」に戻って、俺は「どなー」になるための詳しい検査を受けに行った。

まさか「どなー」になるための検査とは子安どんに言えず、

島津の大きいのが暇だったので、彼に付き合ってもらい、

遊びに行く事にして病院へ行った。


検査の前、病院で移植をするための手続きについて聞いてみた。

やはり移植の同意書に署名をするのは、家族でなければだめだった。

やはり子安どんには家族が要る。

でもそれはどうやって…。


「まいったな…やっぱり『家族』か」


島津の大きいのが病院の庭にある喫煙所で、たばこを消してつぶやいた。

あれから子安どんには、「骨髄ばんく」からの「どなー」候補が見つかっておらず、

今のところ候補は「おーるまっち」の俺ひとりだけだった。

医師は「おーるまっち」の人が「どなー」になるのが、一番安全だと言った。

俺も「どなー」になれるように、もちろん頑張るけれど、

移植に同意してくれる家族がいない限り、どれだけ安全な「どなー」がいようが、

それが何人いようが、移植は実行できない。


「子安どんに家族が要っと」

「あのおかんにサインさせるつもりか? 

あんな悪いおかんにサインなんかさせたら、謝礼とか言って永遠にたかられるぞ」

「あの悪っかおかんやのうて、誰ぞ…」


俺たちは喫煙所を離れて、病院の庭を歩きながら話した。

緑深い庭の木が風にざわりと揺れる。

もうすぐ冬が来る。


「島津の大っきいのん」


俺は心を決めた。


「揚弘て戸籍上は大っきいのの養子…息子やったとね」

「そうだけど?」

「配偶者やなかとね」


ごめん子安どん。

ごめん子安どん。


「大っきいの、子安どんと結婚ばしてくれんね」


島津の大きいのは静かに俺の方を向いた。


「形だけでんよか、子安どんば大っきいのん妻んしてくれんね」

「何を…」

「おいは無戸籍者じゃ、夫婦にもなれん。

戸籍んなかおいに出来っ事は何もなか、おっきいのもそい知っちょっと…! 

たのんあげもす大っきいの、たのんあげもす…」


俺は島津の大きいのに頭を深く下げた。


「確かに俺には戸籍上の配偶者はいない、でもなんで?

フライド丸、留っちゃん愛してるのに…?」

「愛しちょる、愛しちょっから! じゃどん、愛しちょっだけやいかん。

じゃっで、おいは子安どんが幸せば良う考えた。

子安どんにはおいやのうて、誰か、他の男がよか。

ちゃあんと戸籍んあっ者で、子安どん守ってくれっ者、愛してくれっ者…!」


それは俺以外に島津の大きいのしかいない。

俺はずっと感じて来た。

揚弘や子安どんの言う、「一生で一度、たったひとりの人」が、

島津の大きいのにもいるのならば…「一生で一度、たったひとりの男」は揚弘でも、

彼の「一生で一度、たったひとりの女」は子安どんなのだと。

島津の大きいのは男の揚弘を愛しながらも、女の子安どんを思い続けている。

少しも忘れてなんかいない。


「おいが代わりに子安どんの事、大っきいのの手で幸せんして欲しかと。

一生を愛して、おいは出来んけんど、大っきいのなら出来っから、

大っきいのにしか出来ん事やから…!」


俺はそう言うと、ぷいとそっぽを向いた。

涙がぼろぼろとこぼれて、拭っても拭っても新しい涙が生まれてはこぼれて行く。

涙は俺の頬を離れると、風に舞って庭の揺れる緑へと消えていった。


「俺なんかに任せていいのか、フライド丸」


泣く俺の背中に島津の大きいのの、硬い声がした。


「たのんあげもす大っきいの…」

「…俺、留っちゃんの事幸せにしちゃうよ?  

幸せになった留っちゃんは、もうフライド丸のところには戻って来ないんだよ?

留っちゃんが俺の物になっちゃうんだよ、それでいいの?」

「構わん、耐える…おいは男じゃっど、こいでん戦国ば生きた男ぞ…」


俺は地べたにしゃがみ込んで、声をあげて泣いた。

島津の大きいのも膝を折って、俺を抱きしめ、そして泣いた。



島津家でこの話を揚弘にもしたが、揚弘は意外にも至極あっさりと了承した。

それから「どなー」になるための俺の検査は進み、

遺伝子という体を作るための情報も問題なく、

懸念していた目の事も固まって落ち着いていたので、なんとか通り、

俺が子安どんの「どなー」になれる事が決まった。

そしてその最終的な合意をする2週間ほど前、子安家を島津の夫婦が訪れた。


「邪魔するよ」

「どうしたんだ? 何の用だ」


仕事から抜け出して来た島津の大きいのは、例の高そうな黒のスーツを着込んでおり、

その懐の物入れ袋から、一通の茶色っぽい書類を取り出した。


「留っちゃん、俺と結婚してくれ」


島津の大きいのはその書類を子安どんに手渡した。

見ると「婚姻届」とあり、島津の大きいののぽきぽきとした硬い文字で、

すでに半分ほど書き込まれてあり、判も押されてあった。

それは俺がいくら望んでも書く事の出来ない書類だった。


「何をいきなり…」


子安どんはそう言いかけて、俺の顔を見た。

彼女はそこに俺の異変を感じ取った。


「…フライド丸?」


そりゃそうだ、いつもなら島津の大きいのに突っかかって行くところだ。


「そうしい、おいもそいがよかかと思う…」


ごめん、子安どん。

でもこれが子安どんの幸せを考えた結果なんだ。

俺は子安どんの幸せを願っている。

それが…それが、愛と言うものなのだから。

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