第55話 九州味のファンタジスタ
第55話 九州味のファンタジスタ
子安どんは俺の背中に向けて続けた。
「大体戦国の世界で死んで、この「ねお薩摩」に来て楽しく暮らしているのに、
何を今さらわざわざ島津を潰す必要がある、成仏出来ない化け物じゃあるまいし…」
「…恨みはあっど」
「へえ…何の恨みだ?」
恨みはいっぱいあるよ。
数えきれないくらい、潰しても潰しきれないほどに。
「だってあいつら、おいが薩摩行っと寄ってたかっておもちゃんしようとすっと。
おいはあいつらんおもちゃやなか」
「あ…そうか…ごめん、嫌な事思い出させて」
子安どんは話を打ち切った。
確かに俺はおもちゃの男だった。
薩摩へ行くと、俺は決まって島津のあいつらのおもちゃにされた。
性のおもちゃ、戦のおもちゃ、人生のおもちゃ。
「おいはフライド丸じゃ、おもちゃん男やなか。
おいは生きた人ぞ、おもちゃやなかでね…」
俺たちは大阪を離れて、飛行機なる空飛ぶ大きな鉄製の流線型をした、
翼の付いた細長い箱に乗って、次の目的地に向かった。
「げーむ」の飛行潜入兵も飛ぶのでそっちの方が恐く、
この飛行機なる籠はあまり恐くなかった。
子安どんはそんな俺を不思議そうに見て、少し眠った。
次の目的は佐賀と言う、俺のいた戦国の世界だと肥前の国だった。
肥前は佐賀ではなく、長崎に沖田畷の戦いで行った事がある。
俺なんかまだ子供だったのに、あのくそおとんに戦へ突っ込まされてだ。
あの世界の戦だから殺るしかない、俺はその戦で初めて人を殺した。
くそおとんは首級をあげたと、俺の兜を外しながら喜んでいたけれど、
俺は自分の中で悲しい血が目覚めて行くのを感じていた。
それからの俺は戦場でたくさんの人を殺した。
俺はおもちゃ、殺す相手は選ばない。
おもちゃに心や武功など要らないだろう。
人の生き死になんてどうでも良かった、どこよりも潰したい家があった。
俺には誰よりも殺したい人がいた。
俺をおもちゃにしたあいつら島津の家など潰して、自分自身を殺して、
どこか誰も知った者のないところへ逃げ出したかった。
たとえそれが死であっても。
「キリシタンのなみえは佐賀出身なのだ。佐賀だから成富兵庫茂安なのだ。
お前の生きた時代のあと、彼は佐賀の治水をなした偉人となった」
あ、だから漫画を発表する時の筆名が「成富信」なのか。
てか今様に言うと「どきゅん」だった、あの成富茂安がそんな偉業を…?
俺なんかあのまま戦国にいても、偉業どころか恥さらしなだけなのに。
「えー、その割りん子安どん顔濃かあ、隼人んおなごか思うちょった。
肥前の人はもうちょっと顔薄かと」
「なみえの前はわからんな、もっと南の人だったかもよ」
切支丹のなみえばあちゃんが九州人だから、子安どんはちょこっとだけ九州人なのだ。
俺は子安どんにもう一歩近づけた気がして、ちょっと嬉しかった。
「私の留津という変わった名前も、なみえがキリシタンだったからだろう」
「どこが切支丹とね?」
「留津は耶蘇教の『旧約聖書』と言う教典の『ルツ記』という章に出て来る、
『ルツとナオミ』なる善良な嫁姑の嫁の方の名前だ」
子安どんは名前の由来を教えてくれた。
「ねお薩摩」の者だから変わった名前だなと思っていたけど、
留津という名前は「ねお薩摩」でも珍しいのか。
それから子安どんは実家での様子も話してくれた。
「実家では父が私の食事を作っていたんだが、なみえが九州人だから、
大阪なのに実家の食事はすごい九州味だったのだ。
父は作る料理を全て九州味に変えるファンタジスタだったな…」
「何ね、九州味の『ふぁんたじすた』て」
「魅せる人、即興の得意な芸人。
お前と島津の小さいののお笑いコンビも立派なファンタジスタだ」
確かに俺と揚弘の「ねお薩摩サイバーパンク」も、徳川陣中での即興が始まりだ。
豊久さあがお笑い芸人になってしまったが。
俺たちはなみえばあちゃんの故郷の街の、あちこちの墓地を回って探したが、
切支丹は迫害されて来たから墓を作らない場合がかなりある、女人だとなおさらと、
現地の人から聞いて、俺たちは肥前での探索を諦めた。
子安どんは父も大分なみえばあちゃんの墓を探したが、見つからなかったと言った。
子安どんは肥前の切支丹たちが合同で入る墓地に祈り、
歌を一首詠んだ。
「戦征くまるじゅの旗を十字架に 見立てて唱ふおらしょかな」。
子安どんの、なみえばあちゃんの先祖も、長崎へ向かう島津軍の旗に描かれた家紋を、
十字架に見立てて、ひっそりと祈りを捧げたのだろうか。
「私らせっかく九州来たし、帰る前に行って見る?」
飛行機とやらの発着する駅へ向かう道、子安どんは急に言い出した。
「行くてどこへ?」
「鹿児島」
子安どんは「鹿児島」なる知らない土地の名前を出した。
そして振り返って笑った、
秋物の薄い外套の裾が生まれた風に舞って乱れた。
「鹿児島て何ね? どこん事ね?」
「薩摩だ、ネオではない方の旧薩摩だ。
お前のいた戦国の世界では薩摩だが、今は鹿児島県と言う」
俺たちは新しく旧薩摩までの切符を取り、飛行機に乗って薩摩まで飛んだ。
妻を殺しに行った時に揚弘と通った、戦国の薩摩とはすっかり違っていた。
錦江湾があって、桜島があって、火山灰が舞うのは同じだけど、
自然の美しさはあの世界とさして違わないけれど、
薩摩の中心の街には電脳の浸食が見られ、桜島も大隅とくっついて陸続きになっていた。
そして薩摩の民もまた変わっていた。
「あんばあちゃん何言うちょっかちいともわからん!」
俺は街の「らーめん」なる、大陸風のうどん屋を出るなり言った。
給仕のばあちゃんの言葉が知らない言葉を話していたのだ。
店のばあちゃんだけでなく、中年以降の年齢の民の話す言葉はさっぱりだ。
「フライド丸は戦国の者だから、徳川の時代に作られたお国言葉はわからんか。
お前は薩摩の近くの者らしいから、通じるかなと思ったんだが、
さすがに暗号として作られた薩摩弁はわからないか」
店から遅れて出てきた子安どんは俺を笑った。
「えー、そげん言葉作っとか徳川は。悪っかあー」
俺たちは薩摩の中心街の宿屋に宿をとった。
小さな宿屋で、子安どんを休ませるために早めに入った。
玄関を入ってすぐの番台で手続きをする時、
子安どんは俺の名前を「子安揚丸」と書いた。
それを見た番台のおんちゃんは、俺たちを夫婦だと思い、
でかい寝台ひとつの部屋でいいかと聞いて来た。
端から見ると、俺たちは夫婦なんだ…すごく嬉しい。
「はい…!」
俺は番台の下で子安どんの手をきゅうと握った。
せめて今だけでも、真似事だけでもいい、夫婦でいたかった。
戸籍のない俺は、子安どんと正式な夫婦になる事は出来ないから。
陽の傾いた部屋は灯りを点けないままだった。
荷物を置いて外套を脱ぐと、子安どんは寝台に腰掛けた。
「夕飯行くまでちいと寝といたらよかと」
俺はそう言うと、子安どんが椅子に掛けた外套を取って、
衣紋掛けに掛け、秋物の薄い襟巻きをたたみ始めた。
子安どんは絶対散らかす女だ、初めて家に来た時も散らかっていた。
すると、俺の後ろ首に子安どんの腕が伸びて来た。
「フライド丸も」
子安どんはだだっ子みたいな顔をしていた。
それがとても愛おしくて、俺は子安どんの頬を親指の腹で撫でて抱きしめ、
唇を寄せて、互いの鼻と鼻を食い違わせた。
それから俺たちは燃える太陽になった。
子安どんを愛してる、愛しているから。
俺は子安どんのためなら何だってしたい。
それが俺の死でもいい、不幸でもいい。




