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第54話 なみえの墓

第54話 なみえの墓


医師は「どなー」になるための検査は、

血の源の6項目の型がどれだけ一致するかを調べるもので、

うち4ないし5項目の一致で、「どなー」として適合するのだと教えてくれた。

「おーるまっち」と言うのはその6項目の全てが一致する事だとも教えてくれた。


「なんでね? おい、子安どんとは血いんつながりなかでね」

「奇跡や、奇跡が起こったんや、フライド丸」


隣に座る揚弘がそう言って、俺の肩を揺さぶった。

でも医師はは正式な「どなー」となるためには、もっと詳しく検査しないと、

移植した時に馴染みやすいかどうか、「どなー」になれる体かどうか調べないと、

そう話して、「どなー」になりたいかという意思の再確認と、

今後の検査の予定の説明へと話題は移った。


「とりあえず子安さんにはドナー候補が見つかった事をお知らせしますね」


帰り際、医師は笑顔で俺たちにそう言った。


「あ…せんせ、そいなんじゃけんど…」

「何か?」

「おいが候補て子安どんには黙っとって欲しかと、子安どんが心んために」

「いいでしょう」


俺が「どなー」の候補になった事を子安どんが知ったら、

きっと負い目に感じてしまうだろう。

俺に一生負い目を感じて、苦しむだろう。

俺が子安どんのちゃんとした家族だったら、当たり前の事で済むのに…。



「なあ子安どん、子安どんの家族てどげんしちょっと?

あの悪っかおかんがいよっのはわかっけんど…」


その晩の夕食の時、病院ではさすがに刺身は出なかったからと、

嬉しそうに鯛の刺身を食べる子安どんに聞いてみた。

子安どんに家族の事を聞くのは初めてだった。

でもいずれは必要になる事だった。


「あの悪い母だけだ、私は一人っ子だからな。

昔は父もいたけれど、もう亡くなっているし…」

「ふうん?」


母から逃げねばならぬ子安どんは、本当に孤独だったのか。


「その父もまた複雑な家庭の出身でな、生まれてすぐ生みの母親は亡くなり、

継母に疎まれて、腹違いの弟と差別された子供時代を過ごしたのだ。

その生みの母親…私の実の祖母にあたる人も墓がなくて、

父は本当に家庭に恵まれなかった人なのだ」

「へ、へえ…」


腹違いの兄弟て、なんかどこぞのくそおとんの家庭と似ているな…。

あのくそおとんも一人だけ母親違ってたしな。


「父だけは私を可愛がってくれたから、せめて落ち着いている時にでも、

せめて私が生きている間にでも、祖母の墓を探して、

父の霊を慰めてやりたいのだが…」

「行っど、子安どん。今んうちや」


もし移植が実行可能になったら、またしばらく動けなくなってしまう。

もし移植が実行出来なければ、子安どんはいずれ完全に動けなくなってしまう。

俺もいつまたどこかに連れて行かれるかわからない、

いつまで子安どんの側にいられるかわからない。


「行こうか…?」


子安どんは笑顔になった。

俺は上半身でさんまとごはんの夕食をまたいで、子安どんの肩を掴んで唇を奪った。



「…何他人ん体ば見ちょる」


窓から射し込む朝日の中、子安どんが俺の体をじいっと見ているのに気がついた。

恥ずかしい、子安どんにこんなぐちゃぐちゃの傷跡を見られるのは。

いつもは灯りを暗くしたりして隠していたのに。

この「ねお薩摩」に来る少し前、俺は血だるまで死にそうだった。

刀で斬られ、突かれ、槍に刺され、全身傷だらけだった。

匿われた庄屋の屋敷で治療を受け、この「ねお薩摩」でも時が経ち、

細かい傷は消えたけれど、大きい傷は痕になって残った。

戦国の医療の未熟さのせいで、今でもぐちゃぐちゃだ。


「さすが死人、でかい傷がいっぱいだ。なんだこの腹の傷は、胸の傷は」


子安どんはにやにやしながら、ふざけて俺の体をあちこちつまんだ。


「見んな、見せもんやなかと」


俺は横になったまま真っ赤になって背中を向け、枕元に置いてあるたばこを1本取った。

火付けをかちかちと鳴らすが、なかなか火が点かない。


「…でもな」


子安どんは俺の背中に覆い被さるようにして、背中の傷跡をそっと撫でた。


「お前はこの傷のおかげでここに来たのだ、この傷のおかげで私はお前と出会えたのだ。

この傷は私たちの始まり、愛の始まりの印なんだと思う…」


子安どんはそう言って、傷跡に唇を寄せた。

俺はたばこに火を点ける事を諦めた。

印か…俺はいつか、子安どんに印を残す事が出来るだろうか。

体を結んで子供を作るのではなくて、子安どんの心に、

この「ねお薩摩」で俺が確かに生きた、一緒に生きた、子安どんを確かに愛した、

そういう愛の印を残す事が出来るのだろうか。



俺たちはお互いの都合を合わせて、切符や宿などの手配をして旅に出た。

最初は大阪、子安どんの故郷。

もちろん実家に立ち寄る事はない。


「祖母はなみえという名前で、クリスチャン…お前の戦国だとキリシタンだから…」

「へえ…切支丹なんや」

「大阪の北摂地方は高山右近の影響でキリシタンの里がある」

「高山右近!」


高山右近は小田原征伐に行った時、前田の戦列の端にすごいのがいる、

あれ高山右近じゃないかとか、そんな噂があったな。

そういや「ぞんび」になる前の井伊どんも、小田原征伐に参戦して武功を上げていたな。

「ぞんび」になる前の井伊どんは、一流の武士だったからな。

雑魚の俺なんかとは大違いだ。


「茨木は父の実家があったところだし、キリシタンの里でもあるが、

父の一家が茨木にやって来たのは、なみえの亡き後だから期待はしていない」


俺たちは茨木を中心に、いろんな人に聞いてなみえばあちゃんの墓を探したが、

どうやらここにはなさそうだった。

次の目的地へ行く前、子安どんは俺を住吉大社へ連れて行ってくれた。

俺は子安どんの腕と肩につかまって、大阪の街を細長い箱に乗り、歩いた。

ここは海に近かったはずだが、「ねお薩摩」と同様に埋め立てられており、

今はすっかり奥へ引っ込んでしまっている。

「誕生石」は池のほとりの木立の中にひっそりとあった。

その周りを島津の十字紋の旗が囲っている。


「住吉大社て…揚弘の生誕の地いやなかとね? 何ねこん嫌らしか旗は」


確か揚弘はこの住吉大社の「誕生石」なある石のそばに捨てられてあって、

それが今もだけど、旧姓でもある「島津」の由来になったって言ってたな…。


「島津の小さいのと言うより、島津氏発祥の地だ」

「…島津!」


俺は良く見えない目をむいた。

そして急にあの勘違いデブとか性格最悪な忠恒とか、

ひきこもろうと変な努力をしているおやかたさあとか、見た事のある島津家の面々が、

俺の脳裏にぷかんぷかんと、おやかたさあのたばこの煙のように浮かんで来た。

あとショボの豊久さあもか、俺と揚弘でお笑い芸人にしてしまったけれど。


あいつらの一族もここを発祥の地と勝手に決めて、大坂人と思い込んでいるらしいけれど、

あいつら結局薩摩から出て来れなかったじゃないか。

雑魚の俺でさえ「ねお薩摩」へ行ったと言うのに。

俺もまだ標準語は完全じゃないけど、あいつらずっと薩摩の田舎武士のままじゃないか。

俺は拳をぐっと握りしめた。

戦には負けて死んだが、とりあえずあいつらには勝った。

性格最悪の忠恒とかおやかたさあとか生き残りは出たが、

俺はあの山道で島津を確かに潰した。

島津を潰す事で、俺の戦国は終わった。

俺の秘めた願いも少しは軽くなっただろうか。

俺は揚弘生誕の地に手を合わせて祈る事もなく佇み、少しだけ物思いに耽った。


子安どんはそんな俺の背中に問いかけた。


「島津と言えばさ…フライド丸お前、島津の退き口で島津軍潰してたけど、

果たしてあれで良かったのか? お前島津の家臣みたいだし。

一体お前は島津家に何か恨みでもあるのか?」


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