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第53話 ドナー

第53話 ドナー


仕事がしたいのに、余計な事をしたと怒るかな。


「…だって白血病だぞ? 他のがんならば、気軽に誰かしらに相談でもしただろう。

でも私は少女漫画出身の漫画家だ、本来なら白血病と戦う悲劇のヒロインを描く側だ。

白血病に冒された可憐な少女が、病魔と戦った結果悲しく死んで行くのだ。

そんな漫画家が白血病で言い訳ないだろう、ミイラ取りがミイラか、お笑いだ。

私は漫画家であって、悲劇のヒロインなどではない」


子安どんはそう言いながら寝返りを打ち、俺の方を向いた。


「でも留っちゃん…このまま放っておいたら死んじゃうよ」


島津の大きいのは顔をくしゃくしゃにして、泣き出しそうな顔で言った。

揚弘はそんな彼の背中をそっとさすった。


「…別にいい。あのまま日常が続いて、死がその結果ならそれで別にいい。

夢に手をかけたまま、幸せなまま死ねるならそれでいい。

幸弘、ヤクザのあんたならわかるだろう、命よりも大事な、守るものがあると言う事を」


気付けば子安どんは島津の大きいのの事を、「島津さん」とは呼ばずに、

「幸弘」と名前で呼ぶようになっていた。

たぶん、昔もそう呼んでいたのだろう。

俺は彼らの過去には割り込めない、そう思うとすごく淋しかった。



子安どんはその後治療の甲斐もあって、病状も落ち着き、

元の慢性期へと戻って行った。

退院を3日後に控えた午後、子安どんは医師に呼び出され、

俺と島津の夫婦の3人も一緒にと、説明をするための部屋に入った。


「子安さんはこのまま病状が落ち着けば、第二寛解期に入って行きます」


医師はそう話を切り出した。

第二寛解期は一度再発した者の病状が再び落ち着いた状態を指す事、

第二寛解期に入ると、造血幹細胞移植の対象になると言う事、

造血幹細胞移植とは、別の人の血の源を子安どんに移す手術の事と、

俺と島津の夫婦にもわかりやすく説明してくれた。

そして、医師は子安どんにひとつ提案をした。


「子安さん、今からドナーの希望を出しておきましょう、

ドナーが見つかるまで時間がかかります。

それでもしドナーが見つかったら、造血幹細胞移植手術をしましょう」


造血幹細胞移植手術をして、移植した造血幹細胞がうまく根付けば、

それで白血病は完治すると言う、

「どなー」と言うのは、その手術のために血の源を分けてくれる提供者だと言う。


「…子安どん、手術しよ! そいだらずうっといつも通りん生活んなっと。

もっともっと長う生きられっとよ、な?」

「手術が出来ればの話だ」


希望に喜ぶ俺に子安どんは冷たかった。

話が終わると子安どんは疲れたと言って、病室へ戻ってしまった。

残った俺たちは医師を引き止めて質問攻めにした。


「先生、手術はどうやってうやるんですか? それは危険なものなのですか?」

「血いの素て根付かん事もあるん?」

「せんせ、『どなー』てどげん人がなっと? 誰でんなれっとか?」

「フライド丸お前の大阪弁は変じゃ、先生わからんやろが! 日本語でおk!」


俺たちアホ3人の質問攻めにも、お医者の先生は時間を割いて説明してくれた。

手術は「どなー」の血の源を受け入れるための準備として、

前もって自分の血の源を薬で殺しておいて、当日は血管に管状の針を刺し、

そこから「どなー」の血の源を流し入れて、後はばい菌が移らないようにするとの事。


血の源には型があって、それが一致しないと根付かない事、

血の源を提供する「どなー」は型が一致する者でなくてはならず、

家族が型の一致する確率が高く、他人の血の源では一致する確率が低く、

「どなー」には家族がなる事が多いとの事だった。


…やっぱりここでも「家族」だった。

帰り道の途中に栄えた繁華街を、島津の大きいのが呼んでくれた車で流れて行く。

「ねお薩摩」の夜の始まりにぽつりぽつりと輝きだす、

「ねおん」の熱なき冷たい灯りを窓越しに眺めて、自分の無力さを噛み締めていた。

俺たちは「れすとらん」なる南蛮食堂で、「かれーらいす」なる、

肉と野菜入りの辛みのついた汁かけ飯で夕食を済ませ、

待たせておいた車へ戻ろうと駐車場に出た。


「…なあ、大っきいの、揚弘」


遅れて歩く俺は島津の夫婦を呼び止めた。

夏もそろそろ終わる、夜風が冷気を孕んで俺の少し伸びた髪を掻いて行く。


「あ、ごめん…暗いとこ見えへんわな」


揚弘が引き返して、俺の手を取った。

俺は揚弘の手をぎゅうと握って言った。


「おい、子安どんが『どなー』んなっ事出来んと?」

「…型が一致して、医者の許可が下りたらな」


島津の大きいのが呆れたように答えた。


「他人は確率低言うてん…そい、全く可能性なかちゅ訳でんなかと?」

「まあ確かにそう言えばそうなんだけど…」

「血ん源が型ばどげんして調べっと?」

「そりゃ血を少し取って…ドナーの集まり『骨髄バンク』に登録するとほぼ無料で済むが、

誰のドナーになるかわからないし、もしドナー候補に選ばれても、

お前の目の事で候補から外れる可能性が高い。

自分で直接病院に申し出た方が確実だし、多少の融通も聞くとは思う。

でもそれは保険の適応外かも知れないし、

適応でもお前健康保険入ってないから、お金すごいかかるよ…」


俺は手を揚弘の手から抜いて、まだ日中の熱気が残る砂利を固めた地面に、

額をすりつけて、島津の大きいのに願いごとをした。


「…島津の大っきいの、銭貸して欲しかと。

おい、例えこんまい奇跡かもわからんような、小さか可能性でん賭けてみたかと。

大っきいの、たのんあげもす、たのんあげもす…!」

「顔をあげろ、フライド丸」


島津の大きいのは厳しい声で俺に命じた。

恐い、きっとこれは仕事で使う声色だ。


「俺もその奇跡に賭けてみようと思う。

たとえ適合しない可能性が高くても、俺もその検査を受けたい。

金の事は心配するな、フライド丸」

「島津の大っきいの…」

「俺は留っちゃんを助けたい、金なんかどうだっていい、

正直自分の命ひとつで済む話なら、留っちゃんの苦しみを引き受けて代わってやりたい。

留っちゃんを今彼であるお前の許へ帰すのは、元彼としてはすごく複雑だけど、

それでもそれが留っちゃんの幸せだから」


揚弘がそう言う島津の大きいのの横顔をじっと見つめていた。

「ねお薩摩」の「ねおん」が青く夜に染まる揚弘に映り込んで、

なんだかとてもせつない顔に見えた。


「…俺は今初めて留っちゃんの幸せを心から願う」


島津の大きいのは運転手の待つ車へと乗り込んで行った。

揚弘もそれに続いた。

俺は駐車場に立ち尽くしていた。

影は来る、俺の心にやって来る。

眩しいほどの月に夜の雲がかかるように、不穏が俺の心を侵していく。

俺は気付いてしまった。



その翌日、俺と島津の大きいのは病院に行って、

こやすどんのと合うかどうか、俺たちは「どなー」になれるかどうか、

血の源の型を調べて欲しいと訴えた。

少しでも確率をあげる事が出来ればと、揚弘も一緒だった。

子安どんの家庭の事情も考えて、検査をする事が認められ、

それに使う血が俺たちの体から採取された。

結果が出るまで少し時間がかかるとの事で、その日俺たちは検査だけで帰宅した。


結果を待つ間に、子安どんが退院の日を迎え、

俺たち3人で病院まで迎えに行き、その夜に簡単な祝いの宴を催した。

子安どんは休んでしまった分を取り戻そうと、仕事へと戻って行った。

彼女の長かった髪は薬で薄くなり、家の中でも帽子をかぶるようになっていた。

それから2週間ほど経ったある夕方、揚弘に呼び出されて行った島津家で、

検査の結果が出たと知らされた。


指定された日時に病院へ行って、説明をする部屋に入った。

子安どんの担当医がやって来て、結果の報告を始めた。


「…残念ながら、島津幸弘さん、島津揚弘さんは型が一致しませんでした。

子安揚丸さんは適合、オールマッチ…完全に一致しています」


医師は俺の検査結果について、意外な事を発表した。


「えっ…俺?」


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