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第43話 ラムール・アサシネ

第43話 ラムール・アサシネ


島津の大きいのが結婚を考えるほど、子安どんを愛していたなんて。

心が波立つ、黒い海に白波が立つ。


「なんで振られたん?」

「他に男が出来たのさ。どう結婚を言い出そうか迷っていたら、仕事が入ってね。

ヤクザにとって上からの指令は絶対、背けば殺される。

初めて人を殺したよ、それでしばらく懲役に行っていたら、彼女には他の男が出来てた。

留っちゃんは淋しい女だった、愛を乞う人だった。

そんな人をひとりにしたんだ、振られても仕方ないよね…」


顔では笑っているのに、あんた泣きそうじゃないか。

黒い瞳が涙に滲んで揺れている。

俺の心も風に吹かれて揺れている。


「愛しとんの、今でも」

「もう昔の事だよ…俺の過去はもう死んだ」


俺には島津の大きいのが、自分の先を歩いているように思えた。

過去を忘れようとしている俺と同じ道の、少し先を歩いているように感じた。


「…正直引きずったよ、その後ずっと引きずったよ。

偶然を装って留っちゃんの前に現れて、運命の再会を演出したり、

留っちゃんの心が弱っている時、そこにつけ込んで自分の隣に住まわせたり。

はっきり言ってストーカーだよね、狂ってるよ俺」

「ああ、狂うちょる。アホみたいに狂うとっと」


よく戦は人を狂わせる、戦場の兵士に狂っていない者などいないと言う。

でも俺は今はもう、そうは思わない。

人は人を思って狂う、人の心に狂うのだと、俺はそう思う。


「…でもね、俺の前に別の淋しいやつが現れたのさ、揚弘なんだけど。

揚弘の方こそ淋しいのに、俺にたくさんの物を与えてくれたんだ。

男となんてと戸惑ったけど、俺は揚弘を愛したよ。ホモって笑ってくれていい。

揚弘を愛しているのはまぎれもない事実なんだから。

揚弘は愛で俺の過去を殺した、そうして俺の恋はやっと死んだ…」


島津の大きいのはふふと笑った。

やっぱり大人だよなあ、そんな過去を「ふふ」で済ませられるなんて。

そんな大人の男が同じ土俵にいなくてよかったよ、俺絶対勝てないよ。


「あんたが昔ん人で、恋敵やなかでよかった。俺、勝てんとこやった。

怪しか歌で『あさしね』されっとこやったと」

「いやあ、俺も俺の過去にお前いなくてよかったよ。

お前みたいなぶっ飛んだ訳わからんアホに負けたら、死んでも死にきれん」

「何をう! くそう…褥ん中で子安どんが乙女子んごた可愛か事知らんくせに!」

「知ってるよ、その怪しい大阪弁なんとかしろよ、エセか?

ちなみに留っちゃんは乳房の裏側に1つ、内股に1つ、外陰部に1つ、

小さいほくろがあるよ、知ってる?」


俺たちは喧嘩になり、三十路のおっさん二人はガキみたいに、

それぞれ自分しか知らないであろう、

子安どんの秘密を出し合いながら、ぎゃあぎゃあ喚き、お互いつかみ合った。

島津の大きいのめ、俺より子安どんの事知ってやがる。


「そういやさ大っきいのん、揚弘と結婚したちゅけんど…、

こん『ねお薩摩』やと結婚てどげんすっと?」


喧嘩に疲れた俺たちは備え付けの「べんち」に座り、

島津の大きいのが「自販機」なる無人の売店から泡立つ果物汁を買って来て、

俺にもそれをおごってくれた。

俺はおおきにを言って透明の柔らかい瓶の蓋を開けた。


「ああ…役場に婚姻届って言う書類を提出するんだよ、

それを法律婚って言うんだ…あ、お上に認められた正式な夫婦の事ね。

でもそれは男女の結婚だけで、同性同士はまだ認められていなくてね、

戸籍上、揚弘は俺の養子なんだよ」

「やっぱ『戸籍』ないといけんじゃろかい?」

「そうだね…結婚は戸籍と戸籍の事だから」


くそ、やっぱり「戸籍」か…。

子安どんも「戸籍」がないといろいろ不利益をこうむるて言ってたな。

この「ねお薩摩」で生きていくには「戸籍」ないとだめだって。


「『戸籍』てどげんしたらもらえっと? おい、子安どんと結婚したかと」

「結婚は応援できないね…もう昔の事だけど、複雑な気持ちになるよ。

フライド丸のような無戸籍の身元不明者が、戸籍を得るのはほぼ不可能だよ。

昔の裁判で例外はあったけれど、それはあくまでも例外であって、とても現実的じゃない。

戸籍が無ければ、当然養子縁組も出来ない。

犯罪に手を染めるしかないね…」


島津の大きいのは目をぎらりと光らせた。

ヤクザの目だ、あれはヤクザの目だ。

犯罪者の目だ。

島津の大きいのは果物汁の柔らかい瓶を握って、ぽつりと言い出した。


「フライド丸、お前が『島津幸弘』になるか?」

「…どう言う事ね?」

「言ったろ、俺はヤクザだって。ヤクザってのはいつ抗争に巻き込まれて、

いつ死んでも何らおかしくはない、正直明日殺されてもおかしくはないんだよ。

もし俺が死んだら、その時お前が俺の戸籍使ったらいいよ。

ついでにもし合うなら、角膜も移植したらいいよ、そうしたら目も見えるようになるよ。

揚弘や仙台の兄さんにだけは話しとくし、死亡届は出さなければいいんだから。

他の人に話さなければわからないよ…」


島津の大きいのは何て事を言い出すのだろう。

戸籍は欲しいけれど、これじゃ犯罪の勧誘じゃないか。

さすがヤクザ、黒社会の人間だ。


「…俺が死んだら、揚弘はまたひとりだ。

揚弘は捨てられて家族もいない、フライド丸が現れるまで友達もいなかった、

そんな淋しい男をまたひとりになんか、俺出来ないよ…」

「大っきいのん…」

「もし俺が死んだら、揚弘を頼む。

仙台の泰弘兄さんも力にはなってくれるとは思うけど、

俺の兄さんてだけで直接の家族じゃないし、お前にしか頼めないんだよ。

俺の後、俺の代わりに揚弘の家族になってやって欲しい。

頼む、フライド丸…頼むよ…」


そう言って、島津の大きいのは俺に頭を下げた。

揚弘の家族か…島津の大きいのは本当に揚弘を思っているのだ。

揚弘を思って、大の男がこんな正体不明のあやしい男に頭を下げるのだ。

なんて深い気持ちなのだろう、こんな人が恋敵でなくて本当によかった。

こんな人が恋敵にいたら、俺の恋はこの人の愛に負けてしまうだろう。

この人の深い愛は、子安どんの心の底に水脈となって流れ続けただろう。

いくら愛しても愛しても、この人の影に苛まれただろう。

俺はこの人には絶対勝てない。


「断る」


俺は島津の大きいのに言い放った。


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