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第42話 マインドブラスト

第42話 マインドブラスト


あまりにも目一杯頭突きを喰らわしたものだから、俺と島津の勘違いデブ、

両方の額から血が流れていた。

赤い血と青い血、それは生者と死者の違いだった。


「フライド丸!」


島津の大きいのが危ないと、腕をつかんで俺を止めた。


「大っきいのん、こう言うボケはいっぺんはっきり言ったらなわからんと!」

「もうすぐ痺れて来る、それまで待てって!」

「島津義弘、貴様!」


俺は島津の勘違いデブの方を振り返り、指差した。


「おまんさん豊久さあはもう死んだ、ええかげ現実ば受け入れ!」

「え…でも天界の記録には…」


井伊どんの「ぞんび」が口を挟んだ。


「『ぞんび』は黙りい! 豊久さあは敵んやられて落ちてった、

じゃどんそん後、落ち武者狩りに遭うて殺されたんじゃ」

「いや…でもお前…」

「おいは似とっとか、そげん似とっとか。

け死んだ人が生きて帰った気いすっとか?

残念やったなデブ、おいは別人ぞ。もう老人ぼけか、間違うなカスが!」


俺は島津の勘違いデブに頭突きを重ねた。

霊は魂、心の固まりだ。

斬っても斬れない霊なら心を壊すまで、二度と戻れないように壊すまで…!


「…おいはフライド丸、『ねお薩摩』に生きっ男。

おまんさん探しちょる男やなか! 豊久さあは死んだ、おいが見た!

そん現実ば受け入れて天界帰りい!」


俺は額から流れる血を手のひらの付け根で拭って、

島津の勘違いデブにはっきりと言ってやった。


「…見たのか」

「見た、こん目でちゃあんと見たど」


すると、島津の勘違いデブは涙を流し始めた。

落ちたか。


「死んだのか…私の甥っ子は、豊久は」

「死んだ、死にながら歩いちょる…」


豊久さあは俺と揚弘で何でもかんでもなすり付けて、歩く死体にしたからな。

今頃きっと、戦国の世界で大爆笑だ。


島津の勘違いデブは豊久さあの名前を呼びながら、声をあげて泣いた。

盛られた薬で痺れて来るのを待つ事もなく、

泣きながら、その体は少しずつ顆粒になり、さらさらと砂のように流れて行き、

まるで死にたてのような、青い光へと戻って行った。

井伊どんの「ぞんび」がその光をようやく捕まえ、みんなにありがとうを言うと、

光を胸に抱えて、呼び出した天国の扉をくぐって行った。


「この礼はするぜ、いつでも呼んでくれ」


井伊どんの「ぞんび」は扉の内側から笑った。


「二度と来んなや、ボケが!」

「死ぬかと思たわ、こんカスが!」


俺と揚弘は消え行く扉に向かって、喚き、そこら中の物を投げつけた。

みんなはあれこれしゃべりながら、それぞれの部屋へ戻って行った。

俺もなんだかどっと疲れたので帰る事にした。

その後ろ首を揚弘が取った。


「お前のマイルド関西弁は、エキサイトするとよりマイルドになんの。

てかフライド丸、お前豊久死ぬとこ見たてほんま?」

「…嘘ぴょーん! 俺もめためたやられとって死にそやったし、

目え全然見えんし、ほんまんとこは知らん。

とりあえず死んだとでも言わんと納得せんとね、あんデブは」

「えー? そんなんあかんやろが」


揚弘は呆れて笑った。


「おいは演技派芸人ぞ、今におまんさん家ん小人ん動っ箱で見た、あっかい絨毯の上歩くぞ。

…てかけ死んだんちゅうとが自然じゃっど、あの戦いん後ば生き延びっとはとても思えん。

落ちても落ち武者狩りん遭うか、匿ってくれるとこ無うて野垂れけ死ぬだけじゃっど。

落ち武者ば匿う事は重罪やからな、匿われてんいずれ良心が呵責に苛まれて死ぬ。

それこそいくつもの奇跡が起こてぴちい重ならん限り…」


俺は言いかけて途中で口をつぐんだ。

…俺は奇跡の男なのだ。

敵の猛攻を生き延びた奇跡、家臣が助けてくれたと言う奇跡、

匿ってくれる先があったという奇跡、村人らの必死の看護で命を取り留めた奇跡、

入水してもこの「ねお薩摩」に生きて流れ着いたと言う奇跡。

俺はなんとたくさんの奇跡に恵まれた事なのだろう。


「そういやさフライド丸、豊久死んだてデブ情報やなかったんかい。

あの勘違いデブ、生きてるて信じとったやん、誰情報や。

お前こそ勘違い武将やんか、間違いをデブデブ言い張って視野狭過ぎやろ」


揚弘がごちゃごちゃ言うのを、俺はふっと笑い飛ばした。


「おいは盲ぞ、前しか見えん。前にぼんやり見えっ仄かな色かたち目指すしかなか。

他はもう何も見えん、前にうっすら見えっもんが、自分の感覚が、

そいがおいが灯りじゃ…!」



その翌日の夕方、市場の特売で俺と同時に豚肉の盛られた、

透明の膜で覆われた白い皿を手にした男がいた。

島津の大きいのだった。

仕事帰りなのか、黒の高そうなスーツをぴっちり着込んでいた。

こうして見ると、島津の大きいのもなかなか、今様の「いけめん」なのだ。


「あ、フライド丸」

「島津の大っきいのん。…こん肉はおいが買うう!」

「この戦を制するのは俺だ、明日は揚弘と豚キムお好み焼きいい〜」

「子安どんとごまだれ冷しゃぶううう!」

「退け! ジュヴーアサシネ! 白昼堂々殺してもアサシネ! 夜殺してもアサシネ!

俺はアササン、お前はアサシネ〜」

「貴様が退きい! 貴様なんであの歌知っちょる!」


結局、特売の肉は島津の大きいのに取られてしまった。

なんだかんだ言って、自分の要求はきっちり通すところはさすがヤクザ。


「『ラササン・アサシネ』、あの歌ね…」


俺はぱんぱんに膨れた、白いかさかさ言う袋の持ち手を手に食い込ませ、

もう片手で島津の大きいのの肩に掴まりながら、

遠回りをして帰り、島津の勘違いデブを発見したのとは別の、

知らない高台の公園の中を抜けようと入った。


「俺が留っちゃん…今は子安さんて呼んでるけど、に教えたの」


やっぱ二人の歴史ってやつか…くそ、割り込めない。


「駆け出し極道の俺と家出娘の留っちゃん、留っちゃんの働いてた店で出会って、

すぐに仲良くなって、恋をしたよ。

俺たち社会のはみ出し者同士、わかり合えるんだろうね…。

小さなぼろアパートで俺がどっかからあの歌を持ち込んで、

生きるって、死ぬって、殺すって、二人でいっぱい考えたよ…俺ヤクザだから」


俺たちは少し開けた展望台になっているところに出て、

島津の大きいのは錆びた鉄の柵に寄りかかって言った。

彼の長い髪が光る風に流れて行く。


「…それて『おとぎ草子ラササン・アサシネ』やん」


子安どんもあの作品の中で大きいのと同じ事を考えていた。

島津の大きいのは登場人物にこそならなかったが、作品の髄にはなったのだ。

二人の恋はあの作品の中に今も生きている。


「愛しとったん、子安どんを」

「うん…すごく。結婚しようと思ってた」


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