第40話 フラグはへし折る物
第40話 フラグはへし折る物
子安どんは俺の問いかけにふっと笑った。
「お前はアホだ、思い込んだら他は何も見えない。
突っ走る事しか知らない、いろんな事を次々とやらかす。
そのくせしてどこか影がある、二面性がある。
お前は面白い、とても魅力的で刺激的だ」
「えー、そげん事で主人公んされたらかなん」
俺はぷうと口を尖らせた。
「お前は表情もころころ変わって、見ていて飽きない。
お前は私に刺激を与え続ける。
お前は私に作品を描かせてくれる。
作家にとってそれがどれほど大事な事か、お前にはわからないだろう」
「そげん事わからん、ちいともわからん」
子安どんは俺の手を取って、自分の手ごと彼女の頬に寄せた。
そしてお前の手は大きいねと言って、目を閉じて続けた。
「作品を作らせる存在、それは作家にとって命そのものなのだ。
恋よりも強く、愛よりも深く思う命なのだ」
「命…?」
「命だ、お前は私の命だ。たとえ殺し殺されてもそこを譲る事はできない。
私は狂っている、お前が思うよりずっとお前に狂っている。
お前は狂ってなどいない、お前はした事は当たり前の事なのだ、
だってそれが人を思うと言う事なのだから…」
子安どんの漫画の評判はよかった。
元々人気のある作家だったが、少女から青年に読者の対象が変わって、
いっそう人気が出たように思う。
「ケケケ、この揚丸てなんやねんな! 実物よかアホやわ、頭おかしいわで笑えるわ。
しかもイケメンに描かれとるとこがさらに笑える。
てか東京を「ねお薩摩」とか、絶対おかしいやろ!」
隣の島津家に遊びに行くと、揚弘はしつこく俺を笑った。
くそ、揚弘なんかアホアホなお笑い芸人の島津豊久で漫画になればいいのに!
子安どんに頼んでやる、笑われろ!
「俺は子安さんの漫画に出て来るのかな、フライド丸」
前掛け姿をした島津の大きいのが、飲み物と菓子を持って来てくれた。
菓子は「けーき」なる、小麦粉を卵と合わせた生地をふわふわに焼いて、
果物と泡立てた乳脂を添えたものか。
島津家は金あるから、こういうところは気前がいい。
正直これが楽しみだったりする。
「あ、ありがとお。どやろな、おいば出しとっとし、
揚弘や大っきいのんもそんうち出て来っと思うけんど…」
「俺、どんなキャラになるんだろ…ドキドキだなあ」
「きっとわっぜえヤクザやっど、真っ黒々な悪ん大将になっど、
絶対2丁拳銃でばっきばき殺しまくりん殺人狂じゃあ」
「えーそんなあ、俺ホモでオタクなモブキャラでいいよ」
そこへ変な音を出す呼び鈴がぴんぽんぴんぽん鳴った。
島津の大きいのが出ると、中年の男がどたばた駆け込んで来た。
「失礼する!」
「げっ、井伊どんの『ぞんび』!」
男は井伊どんの「ぞんび」だった。
揚弘は彼をぎろりと睨みつけた。
「二度と来るな言うたんはどこの誰や、何しに来てんボケが」
「力を貸して欲しい、緊急事態だ。頼む!」
井伊どんの「ぞんび」は床に正座して手をつき、頭を下げた。
「何ね? 緊急事態て」
「天界より脱走者が出た、この『ねお薩摩』に逃げ込んだ可能性が高い」
「脱走者て…幽霊みたいなもんか? それとも井伊どんみたいな『ぞんび』か?」
「『ゾンビ』とは失礼な、俺はれっきとした霊ぞ」
どうやら脱走者は井伊どんの「ぞんび」みたいなもんのようだ。
俺は妙な感心をした。
「霊て実体あっとか」
「死にたては光だけだが、次第に元の姿を心が作り出すようになる。
そうした者のうち、俗世に心残りのある者が脱走して幽霊や妖怪になる」
「して、その者とは?」
「島津義弘、天界の記録によるとお前らが討ち取っ…殺した男だ」
「島津義弘!」
俺と島津の夫婦はぴきんと固まり、静まり返った。
「お前らなんであんなデブ殺したんだよ、
あんなデブでも一応島津の将ぞ、戦国の猛将ぞ!
あいつ絶対お前ら殺しに来るぞ! 絶対恨んでるぞ! 俺みたいにな!」
井伊どんの「ぞんび」は俺たち三人をびしびしびしと次々に指差して言った。
「やばいでフライド丸、俺らあのデブに衆道されてまう」
「くそ、け死んでまで衆道とは何ちゅ執念深かデブ…」
「衆道? 俺の想い人にそんな事はさせん! 殺す!」
島津の大きいのは袴に挟んだ2丁の拳銃を抜いた。
これだからヤクザは。
子安どん絶対、島津の大きいのを真っ黒々な悪の大将に描くぞ、
2丁拳銃ばきばき殺害な狂人に仕立て上げるぞ…!
「行くぞお前ら、これは『島津マンション』最大の危機! 軍も招集!」
島津の大きいのは立ち上がり、俺と揚弘の首根っこを掴んだ。
「まずい、そう言やおいも危機じゃっど! 殺さんと!」
「お前は何の危機やのフライド丸」
「いろいろと危機! あんデブんおられたら困っとよ! 殺す!」
実は島津の大きいのより、俺の方が危機だったりして。
あんな勘違いデブ野放しにしといたら、俺が豊久とかショボにされてしまう。
豊久として俺が、戦国どころか天界に連れて行かれてしまう。
つまり俺死亡「ふらぐ」! …て、子安どんの本にあった!
絶対阻止せねば!
子安どんの本によると、「ふらぐ」はへし折る物ともあったな!
俺たちはマンションの集会所で住民たちと合流し、
役割分担と少しだけ作戦会議を行うと、組ごとに分散して「ねお薩摩」の街に出た。
“こちら新宿、敵存在なし”
“こちら渋谷、敵いまだ確認できず”
“こちら芝、薩摩藩邸跡待機中”
分散した組同士は、「すまーとふぉん」なる例の電脳な薄い小箱を使い、
文のように文字で情報をやりとりをしている。
文と違うのは、すぐに返事がやって来て、
まるで対面で会話をしているようにやりとり出来る事である。
この「ねお薩摩」における、「すまーとふぉん」なる薄型電脳小箱の普及率は、
目を見張るほど高く、道往く民のほとんどが手にしている。
さすが「ねお薩摩サイバーパンク」。
「フライド丸、こっち行ってみよ」
揚弘が薄型電脳小箱に呼び出した地図を見ながら言った。
薄型電脳小箱は検索や文字でのやり取りの他、地図や電話など、
いろいろな機能を持ち、それを瞬時に呼び出す事が出来る。
いいな、俺も「すまーとふぉん」欲しいな…。
俺の目があまり見えない事から、俺と揚弘の組はマンションの近くを担う事になった。
島津の大きいのが現場に出てしまったので、
マンションでは子安どんが電脳巨大二枚貝の前に張り付いており、
司令官として情報をまとめたり、指令を現場に出したりしていた。
俺と揚弘は近所の公園までやって来た。
例によって面倒な事になるので、凶器は外套に隠しながらである。
すると、公園備え付けの「べんち」なる長椅子に老人が寝ているのを見つけた。
裾の長い白い筒っぽを着ている。
「何や、今どき浮浪者対策でベンチに仕切りしてあんのに、
その仕切りの上に寝とんぞ、そんなに疲れとんのか? 変な浮浪者やな…」
「浮浪者て何ね、揚弘」
「あ、ああ…この社会にいる場所がなくて、ふらふら社会を漂流しとるやっちゃ」
「へ、へえ…そうなんや」
戦国にも天界にも行かずに、この「ねお薩摩」に漂うどこぞの誰かみたいだな。
そんな事を思っていると、「べんち」に無理矢理寝ていた男が起き上がった。
「げっ、勘違いデブ!」
男は島津義弘だった。
そして、俺たちとばちり目が合ってしまった。




