第38話 殺された過去
第38話 殺された過去
「死神…神ちゅうからには永遠の命ぞ、殺されたごときで死ぬか。
一度死んだこんおいかて生きちょる、やから揚弘のおなごも生きちょる。
死んだちゅうのはただの見せかけや、彼女は姿変えてどっかで生きちょる。
生きながら死んじょる、死にながら生きちょる、俺はそう信じる」
俺も一度死んだ、死にながら生きている。
彼女も死んで、形を変え、死にながら生きている。
「おいははただの戦国武将や…じゃっど彼女は死神じゃ。神が死ぬちゅこつなかと」
「…ほんまに…ほんまにそやったらええなあ…。
フライド丸、俺もその説信じてええか、俺も信じてええか…」
揚弘は俺の足元にすがりついて、顔を埋めた。
すんすんと鼻を鳴らす音がし、それは次第に嗚咽に変わった。
俺はかがんで揚弘の背中を抱きしめた。
抱きしめて、血に汚れた手でそっと撫でる。
何度も、何度も、くりかえしくりかえし、撫で続ける…。
戦国に残した人らも、こんな風に俺を思い続けて、俺を探し続けたのだろう。
俺はもう死んだと言うのに。
彼らが俺の名前を呼ぶ限り、俺は彼らの間で生き続けただろう。
でも俺は殺した、自分の居場所を、関係する者を。
俺は自分の過去を殺した。
俺の過去は俺自身に殺されたのだ。
全ては今を生きるために。
「…もう帰りな、お前ら。用事も済んだんだろ。
ここは天界…死んだ者の居場所だ、生きる者のいる場所ではない。
待ってる人いるんだろ? もう帰んなよ…」
井伊どんの「ぞんび」は泣く揚弘と、それを抱く俺に声をかけた。
俺たちは井伊どんの「ぞんび」に案内されて、白い花畑を踏んで歩いた。
「井伊どん、また会える?」
「もちろん。いつか、ずっと…ずっと先の話になるが…」
俺たちは花畑の端にたどり着いた。
この下が俺たちの「ねお薩摩」だと言う。
「おおきにい、井伊どんの『ぞんび』。助かったわあ」
「『ゾンビ』じゃねえよ…あ、そうだフライド丸、お前も一度死んだって言ってたな」
「うん? 何ね?」
「前にお前、戦国の武将とか言ってたけど、どこの武将だ?」
「あ…ああ、『アホのてーまぱーく』じゃっどな、燃え燃えきゅーん! な」
「なんであの山道にいたんだ? しかもなんで、東軍も島津も皆殺しなんだ?
普通どっちかの味方するもんだろ」
俺はふふと少し笑った。
「おいはフライド丸、『ねお薩摩』の武将じゃっど、それ以外何もなか。
おいが現実ば邪魔すっもんは、東軍も島津も皆殺しでよか…!」
「何だよそれ、エセ関西弁のつもりか?」
「『まいるど関西弁』じゃボケ。行っど揚弘、じゃあな井伊どんの『ぞんび』」
俺は揚弘の手を引いて、白い花畑の縁を蹴った。
井伊どんの「ぞんび」が下を覗き込んで叫ぶ。
「二度と来るなあ! アホー!」
「誰が行くかあ! ボケがあ!」
俺たちは夜の病院の庭に落ちた。
揚弘と別れて家に帰ると、子安どんが仕事部屋で音楽を聞きながら仕事していた。
けっこうな大音量だ。
子安どんが言うには、出発してから一晩経った夜らしい。
「島津の小さいのと、一晩もどこ行ってた? 大きいのがうちに探しに来たぞ」
「か、『からおけ』かな…」
「カラオケがそんな大量に返り血を浴びるもんなのか?
…戦国の世界に行って来たんだろ、方法はわからんが」
「妻を…妻を殺して来たで、母の待つ家も焼いて来たで…」
子安どんは一瞬固まった。
「そんな…まさか…」
「そうや、みいんな子安どんと一緒に生きっため、おいの人生は子安どんのもんじゃって…。
おいが帰っとこ潰らかした、おいはおいが過去殺した。
そいがおいが愛、殺す事で示すおいが心…!」
そう言う俺を、子安どんは立ち上がってそっと包み込んだ。
俺は子安どんにしがみついた。
いつか嗅いだ、甘い、温かな、生きた女の匂いがする…。
俺は戦国の武将だった過去を殺した、完全に殺した。
そうしてこの「ねお薩摩」に暮らす、生きた男になったのだ。
「…辛かったろうに、フライド丸」
「全然…」
「自分の心を殺すのは、血のつながった者を殺すのは、
たとえわずかでも一緒に過ごした妻を殺すのは、
死んででも守ろうとした家臣らを殺すのは…私のために…!」
子安どんの声が涙まじりになっていく。
「…ごめん、フライド丸…ごめん、私のために…。
私がお前を狂わせた、そんなにさせるほど狂わせたなんて。
そんなになるほど私を思ってくれてるなんて…!」
「思う、おいは子安どんば思うとる…そいで狂い死んでんよかと。
二度目ん命は子安どんのもんぞ、子安どんが死ね言うんなら死んでんよかと」
「かわいそうに…お前は狂ってる、フライド丸、お前は狂ってる…」
「おい、かわいそうなんか? おいはかわいそうな男なんか?」
子安どんの白い大きな手に背中を撫でられ、俺は涙をこぼした。
俺たちは折り重なり、抱き合って共に涙した。
大音量のせつない歌が俺たちの周りをぐるりと囲む。
同じ歌が何度も何度もくりかえしぐるりと回る。
「…子安どん、これ何ちゅ歌ね?」
泣き疲れた頃、俺は繰り返し流れる同じ歌についてふと聞いた。
「ああ、シャンソン…フランスの歌で、『殺された殺人者』。
元のタイトルは『ラササン・アサシネ』」
「『らささん・あさしね』…あ、ひょっとして」
「私の作品『おとぎ草子ラササン・アサシネ』の『ラササン・アサシネ』だ」
「なんて歌っとっと? 何言うちょるか良うわからん」
俺は男の歌声に耳を澄ませた。
深く、よく響く声だ。
何を歌っているのかわからないが、とても熱い。
「恋の歌でも作ろうとした時、とある死刑囚の死刑が執行されたという知らせを聞いて、
その死刑囚の事が頭にこびりついて、作曲どころではない、という歌詞なのだが、
この歌は死刑制度の是非を世に問うている。
犯罪者であっても命は命、命に貴賤があってよいのか。
犯罪者だからって殺せば、それでいいのか」
さっきまで泣いていたくせに、子安どんは鋭い目をした。
俺はどきっとした。
「『おとぎ草子ラササン・アサシネ』はそこのところを考える作品だ。
命とは、生きるとは、死ぬとは。…打ち切りになって、最後は急に終わってしまったが」
俺は子安どんに本を借りて、「おとぎ草子ラササン・アサシネ」を読んでみた。
前はぱらぱらとめくるだけで、衆道のシーンにしか目が行かなかったけれど、
今度は最初からちゃんと。
相変わらず画面も作風も真っ黒だ。
少女向けの本になぜこの黒い作品が掲載されたのか、まったく不思議でならない。
主人公の青年が恋人を殺した犯人を殺すところから、物語は始まる。
復讐を遂げた主人公はそこから異世界である、迷いの世界に入り込み、
犯人の家族や恋人や友人などの関係者から攻撃を受け、
戦いながら、いろいろな事を考えるようになっていく。
命とは、生きるとは、死ぬとは。
物語が進むにつれ、主人公の中で殺した犯人の姿が鮮明になっていく…。
読み進めていると突然、俺の中にひとりの武将がぽつんと姿を現した。
それは俺が殺した男だった。




