第37話 悪の神髄
第37話 悪の神髄
俺は妻を殺した。
いよいよ俺も悪の神髄に触れたらしいぞ。
「で、おいが豊久さあはどげんね? おまんよか演技上手かろ?
おいは影武者も得意ぞ、超! 迫真の演技」
俺は顔を上げ、揚弘の方を振り返って笑った。
「いやあ…まだまだやな、フライド丸のマイルド関西弁でぶち壊しや。
俺のやる豊久の方が都会的でしゅっとしとってスマートやし、イケメンやん」
「そんなあ。俺、元戦国武将、戦国武将やっど! おいが豊久ん方が絶対馴染むわ!
てか、ショボい田舎武士ん豊久さあが、今様の都会な人やったらいかんとね!」
「それにしても豊久も災難やな、死んでまで俺らに名前使われて、
何でんかんでもなすり付けられてさ…」
揚弘は苦笑した。
俺も片目をぱちとつぶって笑った。
「豊久さあは歩く死体、『うぉーきんぐでっど』ぞ」
「あ…そういやさ、お前の奥さん離縁すんのに豊久とかまずくね?
殺すんはともかく、なんで豊久がフライド丸の奥さん離縁せなあかんねや」
「あー…まあええわ、しゃあない。歴史的にもどうでんええ事じゃ。
『お笑い芸人の島津豊久がよその奥さん間違って離縁しましたボケ披露』、
ええやなかとね、お笑い芸人としては最高のボケぞ」
俺たちは紙や布などを探し求め、それに持っていたたばこの火付けで火を点けて、
放り投げながら城内を回った。
途中、生き残った家臣に見つかり、もちろんそれも豊久さあになすりつけて、
俺たちは何でもかんでも斬って逃げた。
家には妻の他、母や妹夫婦もいたはずだ、火に飲み込まれて死んだだろうか。
「ねお薩摩」に来る前は、救済のために死を選んだ。
それが今はもう生のために殺しを選ぶ鬼だ。
愛は俺を鬼にした、愛とはそんなにも激しい、強いものだったのか。
俺は狂っている、愛のためなら他のすべてを殺してもいい。
城内のあちこちで炎が上がり、それがだんだんに回って、
揚弘の言う「アホのてーまぱーく」は森林を巻き込み、炎に包まれ始めた。
俺たちの仕事は終わった。
俺と揚弘はお互い拳を突き出し、軽くぶつけ合い、
「ぐっじょぶ」とお互いの仕事を讃え合った。
そして、俺らは燃えさかる炎の中へと飛び込んで行った。
炎に焼かれて、もともと良く見えない目が見えなくなり、
視界がだんだんに狭まって真っ黒になっていく…。
暗闇の中に白い今様の扉がぼうっと浮かび上がってくる。
俺は天国の扉をこつこつ叩いた。
…天国の扉があったかどうかわからないけれど、あの時もそうだった。
全身に槍や矢を浴び、地面に叩き付けられ、目の前が暗くなっていって、
俺はわずかに感じる光に手を伸ばした…。
たぶんあのほのかな光が天国の扉だったのだろう。
あの時も俺は、天国の扉を叩いていたのだ。
「…終わったか」
扉がぱかりと開いて、中で井伊どんの「ぞんび」が仁王立ちしていた。
俺は扉の中へと飛び込んだ。
遅れて揚弘もやって来て入る。
揚弘はアホアホ脳筋だから、死ぬのが遅れたのだろう。
「終わた…おいはおいが妻ば殺して離縁した」
「歴史的にはお笑い芸人の島津豊久が殺して、城に火い点けた事んなっとる」
揚弘が俺の説明に補足をした。
「何でもなすり付けかよ、おい。てか、『島津豊久』の元ネタて何? 誰?
小さいのの芸名なのはわかるが…」
「えっ」
井伊どんの「ぞんび」は意外な事を言った。
そうか、島津軍があの山道に来た時点で「島津豊久」はすでにいなかった。
生前の井伊どんは島津豊久と会わぬまま、子安どんに殺されたのだ。
「島津のデブん置きみやげや、甥っ子らしいで。どっかで野垂れ死んだらしい。
俺らは死人の名前使てるだけ、死人に口なしや。
なんでんかんでんなすり付けや、殺人も放火も、なんもかんも」
「らしいじゃだめだろ、生きてたらどうすんだよ」
井伊どんの「ぞんび」も揚弘と同じ事を言う。
「今のところ、天界に『島津豊久』なる仏は見ていないし、
仏様の一覧にもそのような名前はない、どっかで帰農でもして生きてんじゃね?」
「豊久さあは死んだ、島津のデブ情報やから確かや。
そいでもし生きとっても、おいが殺す。『島津豊久』はおいが殺す!
殺いて二度としゃべれんようにおいが口塞いじゃる…!
二度と甦れんようにおいが完全に潰らかしちゃる!」
井伊どんの「ぞんび」はぷっと噴き出した。
揚弘も呆れた顔をした。
「何の恨みだか」
「アホかフライド丸。お笑い芸人とか殺人とか、あんだけいろいろなすり付けといたら、
豊久社会的死亡やん、もし生きとっても戦国の世なんかのこのこ出て来られへん」
揚弘は笑いながら、天界への階段を上り始めた。
「そうや井伊のゾンビ、お前過去の新しい仏様一覧見れるか?
今天界にいる仏様の一覧見れるか?」
「見られる、それが仕事だから。それが?」
「俺も探しとるやつがいてる、ちょと協力して欲し」
「…『島津孝弘』、『島津孝弘』…うーん」
井伊どんの「ぞんび」は天界の事務所で、画面に繋いだ電脳の箱を使って、
揚弘の想い人の名前を検索していた。
天界でも「ねお薩摩」の電脳を大いに取り入れたと、井伊どんの「ぞんび」は言う。
「揚弘の想い人は女やろ、なんで男の名前やね。てか『島津』って…」
「女やったのは元、島津孝弘…死神の兄さんは女から男になって、男として死んでん。
『島津』言うんは兄さんの妹やから」
「あ、島津の大きいのの妹御やったんか」
「兄さんは三人兄妹やで、上にもう一人泰弘兄さんがいてる」
島津の大きいのは三人兄妹だったのか。
やっぱあんな感じの真っ黒々な悪の兄妹なんだろうか、恐ろしい。
「俺も兄さんの籍入って『島津』なんやけど、もともとの苗字も『島津』やってん。
生まれたての赤ん坊の頃、住吉大社の誕生石の前に捨てられとったから、
お役所が『島津』て苗字つけてくれてん、安易なネーミングや…」
…島津の大きいのが、「揚弘は淋しい人生を歩んで来た男」て言ったのはこれか。
捨て子だったとは…淋しいて言うからには、たぶん今まで友達もいなかったのだろう。
たぶん、俺が揚弘の初めての友達なのだ。
だからあの時、俺を食事に誘ったのだ、稽古に誘ったのだ、
俺の無謀な行き先に付いて来てくれたのだ。
でももう大丈夫だぞ、俺がいるぞ。
お前が死んでも俺は友達でいるぞ、俺が死んでも友達でいるぞ。
いつか俺たちに別れが来て、お前がまた人生を漂い始めても、
俺は友達という港になって、灯りを絶やす事なくお前の帰りを待ち続けるぞ。
肉体が滅んで、霊魂だけになっても、俺はお前の友達だ。
妖怪になって化けて出ても友達でいるぞ。
「うーん、ないなあ…」
「あるはずや、島津孝弘は二度死んどる。
一度目は捜査中にヤクザの逃走車に轢かれて、二度目は3年前、俺に殺されて」
「そんな記録はない。『島津』という検索ワードと、
それに該当しそうな若い人物像を組み合わせても、
1件しか該当しない、しかも病死の女、人違いだ」
揚弘と俺は画面を覗き込んだ。
島津美久、27歳。
死因は膵臓がん。
その1件しか該当していない、しかも明らかな別人だ。
「うーん、おかしいなあ…地獄行くにしても、いっぺんは天界行くんやろ?」
「そうだな…死にたての新しい魂は全員、いっぺんは天界で審査を受ける。
そうして浄土へ行くか、地獄へ行くか振り分けられる」
揚弘はその女を「死神」と言う。
死神と言うくらいだから、神として永遠の命を持つのではないだろうか。
もし彼女が死神ならば…。
「もしかしてそんおなご、ずうっと生き続けとんのやなかとね?
揚弘に殺されて、形は変わても、どこかで生き続けとんのやなかか?」




