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第36話 おいは島津豊久

第36話 おいは島津豊久


堺の港を出て5日目、沖に停泊する大きな商船を見つけ、

船をその横に着けさせて、俺たちはそこに乗り移った。

もちろん、水夫以外全員を皆殺しにして。

新しい船には食料も飲料水も豊富にあった。

前の船ではそろそろ限界だった、助かった。


薩摩へはひと月近くかかってようやく到着した。

上陸して、錦江湾に浮かぶ桜島をしばし眺める。

俺の目がよく見えないせいなのか、やはり「ねお薩摩」の海と似ている。

せっかくの美しい薩摩の景色なのに、俺は「ねお薩摩」の汚れた海を思い出している。

子安どんは俺がいなくなった事をどう思っているのだろうか。

俺は必ず帰る、子安どんの許へ必ず帰る。


「どないしたんフライド丸、薩摩が懐かしいんか?」

「そげん事なか、おいは薩摩のもんやなかと…」


俺たちは薩摩の中心部を避けて、すぐに山道へ入った。

薩摩は時折訪ねていたので、見知った者もある。

知られないように動きたい。


「なんで俺らがこそこそせなあかんねや、フライド丸」

「薩摩は知っとっ人がおっと、戻てんの知られたなかと。俺死んだ事なっとっと」


俺は着物の上に船にあった白い布を頭からかぶっている。


「ふうん、面倒臭い事なっとんのやな…。

てかさ、豊久ほんま生きとったらどないすんねん。

俺ら豊久に何でんかんでもなすり付けとるやん、あれ絶対ややこし事なんで。

フライド丸の面倒くささの何万倍もややこし事なんで」

「ならん。豊久さあはけ死によった、島津のデブ情報じゃほんまん事じゃ」


俺たちは山道を走り、九州を北上した。

そうして山の下に城を見つけて見下ろした。


「何やあの城? 建物山ん中ばらばらに配置しよって、アホのテーマパークか」

「目的地到着や、あんアホん城ん中に妻がおっと。さっさと殺さんと」

「まじ? てか奥さんおるて、あれフライド丸の自宅ちゅ事?

自宅がアホのテーマパークかいな、さすがアホ」

「あげん城後で燃やしちゃる」

「燃や…?」

「燃え燃えじゃ、あげん城燃え燃えきゅーん! にしちゃる」


俺たちは山の上から城の様子を伺っていた。


「非常用ん隠し通路ん出口がこん近くにあっと」

「忍者かいな、俺ら」


俺は揚弘を連れて草むらをかき分けた。

出口はちゃんとある、俺が先頭になって通路へと入っていった。

人ひとりがやっと通れるほどの狭さだ、しかも暗いしじめじめしている。


「こん通路はおなごんおる棟ん秘密ん部屋に出っと」


通路の終わりが見えて来た。

俺は出入り口の扉になっている棚を少しだけそっと押し開けて、

誰もいないかを確認し、そろそろと出た。

揚弘も出てきて、息を殺した。


「行っど」


俺は回転する壁をまた少しだけ押し、廊下に誰もいない事を確認すると、

足音を忍んで部屋から出た。

揚弘もそれに付いて来る。

俺たちは角ごとに張り付いて、先を確認しながら御殿の中を進む。

途中、家臣の者に見つかりそうになって、俺たちは慌てて衣装部屋に隠れた。


「危なっ…!」


俺たちはそれから庭に出る事に成功した。

背を低くして、茂みの中を這うようにじりじりと進む。

そうしてようやく妻のいる部屋の近くまで来る事が出来た。


「俺らお笑い芸人でいけるかなあ…島津豊久withフライド丸『ねお薩摩サイバーパンク』。

俺らの芸通じへんやろ、あいつら」

「交代や揚弘。おいが豊久さあ、お前がフライド丸。

めんどい事はみいんなみいんなおいが引き受けちゃる、

何でんかんでんめんどい事は豊久さあのせいじゃ、なすり付けぞ。ほんなら行って来っで」


俺はお庭番の隙をついて、茂みから飛び出し、

御簾を巻き上げて部屋に入った。

部屋には妻とお付きの下女の2人だけだった。

実に久しぶりに見る…。


俺はまずお付きの下女を斬った。

そして妻の髪を掴み、首筋に切っ先を突きつけた。


「黙らんか」


動いたせいで頭にかぶっていた布が後ろへずれる。

妻には見られたくなくて隠していた顔が露になる。


「殿…?」


久しぶりに聞く妻の声だ。

俺は妻を愛してなどいない、それでも一緒に過ごした短い時間が甦ってしまう。

祝言の儀で初めて会った時の事。

初めての夜、儀式だからと自分を無理矢理奮い立たせて、なんとか手をつけた事。

会話などちっとも弾まなかった事。

戦や何やら言い訳をして、妻を放置したこと。

それでも妻はいつだって一向に寄り付かない俺を待っていた事。

「行ってらっしゃいませ」、「殿」の声…。


妻の声で、俺に迷いが生じた。

愛してはいなくとも、ほとんど一緒に過ごす事はなくとも、

それが形だけのものであっても、俺と妻は夫婦だった。

俺は…。


「何しとんねや、フライド…いや、豊久さあ! この期に及んで何迷てんねや!」


ばたんばたんと騒々しい音がして、揚弘が部屋に怒鳴り込んで来た。

お庭番はどうしたのだろう、家臣全員皆殺しか。


「機械に徹し! 今は『ネオ薩摩』の電脳でサイバーなデジタルガジェットになり!

殺し! フライド…豊久さあ! 迷う事なんかあらへん! 殺し!

俺らの見た『サイバーパンク』や、お前は機械や、何も思うことなんかあらへん…!」

「じゃどん…おい…」

「何を今さら悪に手え染める事ためろうとんねや、俺らは圧倒的な悪ぞ!

いっぺん悪に手え染めたんやったら最後まで通し! 議いを挟むな!

妻を殺したかて、それも豊久になすり付け! みんなみんな豊久になすり付けや!

そこで議いを挟むな、正気になんな! 人の心は捨て! 狂いフライド…豊久さあ!

狂い! 狂うて殺し、豊久さあ!」


揚弘は俺の胸ぐらを掴んで怒鳴りつけた。

…そうだった、俺ら「島津マンション」の住民は悪しかいない。

俺ら悪は歴史を潰した、戦国の世にあるべき戦を滅茶苦茶に潰した。

女ひとり殺したところで、圧倒的悪である事には今さら変わりない。

悪の道を通すまで。

俺は心を決めて殺した、人の心を捨てた。

今さらためらう事はもう何も無いはずだ。


「おいは島津豊久、お笑い芸人…おいは相方と芸ん道ば極めっと!

悪っかけんど離縁じゃ、せめておまんさが悲しまんように殺しちゃる…!」


俺は結った長い髪の根元を掴んだまま、静かな声で自分の妻に引導を渡してその首を跳ねた。

実のない結婚は終わった。

妻は妻でなく、ただの死体になった。


「…やるやん、フライド丸。家族殺しかいな、血いも涙もあらへんな。

これでお前は晴れて独り身や、子安っさんの心も軽なるやろ」


揚弘は口笛をひゅうと鳴らした。

俺は返り血が垂れて流れるのをそのままに、じいと立ち尽くしていた。

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