第34話 敗走の軍
第34話 敗走の軍
「俺はちょっと新しい仏様の手続きがあるから、ここでしばし待たれよ」
井伊どんはそう言い残すと、青い光の新しい仏様を連れて、
白い花畑の向こうの白い建物へと歩いて行ってしまった。
「…どげんすっと、揚弘」
俺は揚弘の目的を思い出して聞いた。
でも揚弘はもう、花畑の通行人に目をきょろきょろさせていた。
「探してる、でもおらんかも知れん」
「そん人、け死んよったんやなかとね? ならこん天界んおっとやなかか?」
「あの人は死神や、うんこな世界の悪を統べる地獄の真っ黒々な王様やぞ。
現実世界で1度、うんこな国でもう1度、2度も死んだ女なんやぞ、
果たしてこの天界に来られるかどうかすらあやしいわ」
「歯を磨いたら歯茎から血が出るような年増」のくせに「生娘のようにおぼこい」で、
その上「うんこな国の悪を統べる地獄の真っ黒々な王様」て…。
どんな女だよ、揚弘の想い人とやらは。
地獄の釜を背景に、すごいアホ臭い事を芝居がかった仰々しい台詞で言い放つ、
うんこの妖怪を従えた、アホアホな王様なのだろうか。
揚弘はそれからも、白い筒っぽを着た通行人たちの中に彼女を捜していたが、
どうやら想い人は見つからなかったようだった。
そうこうしているうちに、井伊どんの「ぞんび」が戻って来て、
行こうと俺たちを花畑の彼方へと誘った。
俺たちはふかふかと白い花を踏んで歩く。
一歩踏むごとに花びらが散って、天界の暖かい風に舞う。
気持ちのいいところだ、井伊どんが戦国に帰りたくないのもわかる。
俺も「ねお薩摩」に居心地の良さを見いだした。
行き先こそ違えど、俺と井伊どんは異世界に安住の地を見つけたのだ。
「着いたぞ」
花畑の端まで着くと、先導の井伊どんの「ぞんび」は立ち止まった。
そして突然、俺と揚弘を下へと突き落とした。
「用が済んだら死ぬがよい、さすれば扉が開く」
井伊どんの「ぞんび」は落ちて行く俺たちにそう声をかけた。
「井伊どんのアホー! 鬼ー!」
「貴様ゾンビ! 覚えとれ! あとで喰らす!」
俺たちは林を目がけて落ち、なんとか木に引っかかる事に成功した。
「お、ここは」
「うん、例のとこやなフライド丸」
俺たちは道に出た。
そこはかつて揚弘が派遣され、「島津マンション」住民たちが戦ったあの山道だった。
俺たちが戦いをぶっ潰したので、今はもう誰もいない。
「どっち行くんや?」
「西や、揚弘」
俺は走り出した。
「待たんかい! 西はこっちやろ、関ヶ原! 敵の来た方!」
「あ、そやった」
俺たちは西へと改めて出発した。
揚弘は聞いた。
「西へて…どこ行くねん、てか離縁て…」
「おいは戦国の世に妻がおっと、政略結婚やった、愛してんなか形だけん妻や。
戦やら何やらで一緒に暮らす事もろくろくなか。
妻がおっ限り、子安どんはただの愛人じゃ…そげんこつ嫌や!
おいは妻と離縁すっ! 妻ば殺して離縁すっ!」
揚弘はそんな事で、と呆れた。
「そげな事でとは何じゃ、普通じゃ離縁など出来ぬから殺すしかないのじゃ!
殺さなあかんおなごがおる、そんおなごば殺さんと道は開けん、
おまんならわかっやろ、揚弘!」
「…まあ、わからんでもないが、女殺す言うのは相当な悪になんで?」
そんな事くらいわかっている。
何の罪もない女を殺すという事が、どれだけ悪の行いであるか。
「落ち武者だ!」
その時、前方の林の中から武装した集団が飛び出して来た。
落ち武者狩りか、さすが美濃の国。
「…なんだ? 落ち武者ではないのか? 変ななりをしておる」
「おいたちは旅のお笑い『こんび』、『ねお薩摩サイバーパンク』じゃ。
おいがフライド丸で、あいが相方の島津豊久」
俺は親指を立てて、自分と揚弘を指した。
「ただの芸人が刀なぞ持っているはずなかろう! やれ!」
落ち武者狩りの集団は武器を構えた。
俺も刀を抜いた。
揚弘は例の包丁みたいな刀が長過ぎて抜けずに手間取っている。
「アホか揚…豊久さあ!」
「…しもた、あらかじめ抜いておく、まぐ…刀やったわ」
集団は揚弘を穴と見て、一斉に襲いかかった。
ちょっ…俺ほったらかしやん。
俺はむかついて揚弘の前に立ちはだかると、集団の振るう武器をとりあえず刀で受けた。
「人気を『こんび』の片方だけに集中さすなや、解散んなるやろが!
俺らは島津豊久withフライド丸、二人で『ねお薩摩サイバーパンク』ぞ!」
俺は集団を跳ね飛ばして、かぶりつくように斬り掛かった。
落ち武者狩りの集団は地元の農民ら、つまり素人だ。
戦国の武士らや剣豪の揚弘なんかよりずっと楽だ。
体温も呼吸も動きも読みやすい、目のよく見えない俺でもいける。
俺は集団の中を踊るように縫った。
蕾が花開くように集団は崩れて落ち、赤を産んで地面に散らばった。
俺はようやく殺していた息をついた。
「ボケが、おいたちは『戦うお笑い芸人』じゃ…!」
「…嘘やんフライド丸、あんな集団をひとりで…そんな強かったんか。
てか、あん時かて島津義弘とか徳川家康とか何気に武将討ち取ってたな…。
目えが見えとったらもっと強かった言う事か…」
「こいでも元戦国武将ぞ、おいは」
俺は付いた血を切って、刀をしまった。
そして揚弘の腕に掴まった。
「連れてって欲しか、揚弘。西や、西へ」
「とりあえずどこ目指す? 大阪か?」
「そやな、大坂から船乗りたいねん。薩摩まで」
俺たちは敵の死体から使えそうな物を物色し、
銭や武器類、そして弁当を奪って、また走り出した。
「薩摩! 『ネオ』やのうて?」
「『ねお』やなか。『ねお』やない方の旧薩摩ば経由して、そっから九州ば北上じゃ」
「てか、船乗るとなると金が要るやん…やっぱやるっきゃないか?」
「やるしかなかよ」
例の場所から少し走った所で、また別な武装集団が後方から現れて追いかけてきた。
「あかん、武士やフライド丸!」
「ここは関ヶ原の戦の直後ぞ、まだ東軍の生き残りもようけようけいよる!
おいたち『ねお薩摩サイバーパンク』は、やつらには西国へ落ちっ敗走ん軍ぞ!」
「くそ…『島津の退き口』、あいつらいてこました思てたのに…!」
俺は揚弘の肩と腕に掴まりながら走っていた。
だが路面は「ねお薩摩」のようにきれいに整備されたものではなく、
俺は飛び出した石につまづいて転んでしまった。
揚弘は俺に気付かず、そのまま走り、少し進んだところでやっと気がついた。
「フライド丸!」
「ごめん、おい逃げ切れん…」
俺は地べたにあぐらをかいて座り込んだ。
「迎撃する、揚…豊久さあは先行き」
俺は懐に手を入れた。




