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第20話 島津のど真ん中

第20話 島津のど真ん中


「子安どん! 子安どん!」


俺は扉があった白い壁をどんどこ叩いて泣き叫んだ。

すると、玄関の呼び鈴の変な音がぴんぽんぴんぽん激しく鳴った。


「うるさいわフライド丸! 何しとんねやコラ!」


揚弘の怒鳴り声がする。

俺は扉を開けて揚弘にしがみついた。


「子安どんが…子安どんが…!」

「子安っさんがどうした?」

「扉が…子安どんが戦国ん世界に…!」

「えっ」


揚弘はお邪魔しますと言って上がり込み、例の壁の前に立った。


「…ここで電脳二枚貝を開いて、『ねっとしょっぴんぐ』なるところでほら貝探しちょったと。

そんでほら貝注文し終わったら、壁がぐにゃあ歪んでほんで…」

「子安っさん買うたんや、ほら貝…。

てか、扉はお前狙て開くんやろ、なんで子安っさんが…」

「俺ん前におったと」


俺は子安どんの座っていた壁際の席を指した。

揚弘は何も無い壁をぺとぺとと手のひらで触れていた。


「取り込まれたんがお前やったら、ほら貝と兵士のときの声でええかも知れんけど、

子安っさんやしなあ…子安っさんにほら貝はさすがに効かん」

「どげんしたら良かとね、もしまた扉開いたら子安どん探しに行きたかあ」

「そらあかん、フライド丸が取り込まれたら戻て来れん可能性高い。

俺は元いた世界がここやから戻て来れたんやと思うねん」

「じゃどん揚弘…!」


揚弘はふふと笑った。


「たぶん子安っさんはすぐ戻て来るで、行き先は戦のど真ん中や。

子安っさんの行き先も、きっと島津のど真ん中や。

女のもんがそないなとこ突っ込んだら、すぐに亡うなるに決まっとる。

向こうで亡うなったらこっちに戻て来る」



ところが、子安どんは夜になっても、次の日の朝になっても帰っては来なかった。

行き先が島津のど真ん中なら、すぐに殺されて戻って来るはずだ。

子安どんみたいに非力な女人が、あれから逃げだして生き残れるとはとても思えない。

若い女なら隠れ蓑もあろうが、ましてや若さ重視の戦国の世で、

歳を食ったおばさんが、男を隠れ蓑に生き延びるとは到底思えない。

子安どんは向こうでどうしているのだろうか。


「…子安さんは向こうの世界で生き延びたんじゃないかな。

でなければこんなに長く戻らないはずはないさ」


5日目の午後、市場で一緒になった島津の大きいのが言った。

俺たちは特売の卵が10個入りの透明な容器に手を伸ばした。


「島津んど真ん中じゃっで? おばはんひとりがどうこう出来るもんやなか」

「おばさんだからさ。おばさんの生きる力は俺らには考えられないほどだよ。

俺はヤクザだし、フライド丸の言う戦国の戦とは違うけど、戦はいっぱい見たよ。

その中でおばさんが生き残るのもいっぱい見て来たよ…」


俺たちは最後の卵の容器を引っ張り合った。

最後の卵は結局、島津の大きいのに取られてしまった。

にこやかな顔して自分の要求はきっちり通すんかい。


家の前で島津の大きいのと別れて、ひとりの家に帰る。

そうしてひとりで一人分だけの食事を用意して食べ、ひとりで眠る。

子安どんの部屋を覗いてみても、子安どんはいない。


ひとりの淋しさに耐えきれなくなってきた7日目の夕方、

いなくなる前に子安どんが注文していたほら貝が届いた。

代金はもう支払ってあると言うのでそのまま判を押して受け取った。

箱を開封して中のほら貝を取り出してみる。

…よく磨かれてある、きれいだ。

高かっただろうに、こんな物よく注文したな…。


俺はほら貝の歌口に唇を当てて、音を出してみた。

出征したいくつかの戦が甦って来る。

沖田畷の戦い、小田原征伐、朝鮮に渡って文禄の役、慶長の役、庄内の乱…。

俺は雑魚だったからな、何の功績もなかったな。

それから関ヶ原の戦い。

ちょうど用事で京に出てたおかげで、あのデブの戦に巻き込まれてえらい迷惑だったな。

なんで俺がデブの尻拭いせないけん。


そして関ヶ原からの退却。

俺のしでかした最大のぽかだ。

なんであのデブを逃がしたのだろう、あんなのに命懸ける価値なんかないだろ。

今だったら俺は…。


その時ひゅうと言う音がして、上を向くと、天井が歪み始めていた。

歪みは裂け目に成長し、赤黒く渦巻く中身を露出させていた。

そこから人の足が見え、戦国の女が落ちて来た。

女は子安どんだった。


「…子安どん!」

「フライド丸…! よかった、帰って来れたんだ…」


子安どんは目に涙を浮かべた。

俺はかけ寄って、彼女をひしと抱きしめた。


「子安どん…子安どん…!」

「恐かった…! つらかった…!」


子安どんは顔を埋めて泣いた。

もう離さない、どこへもやらない、俺も彼女を抱きながら泣いた。


「私、向こうでどこか農家の娘になっていた…そこへ落ち武者の集団がやって来て、

その将の『殿』と呼ばれていた男がいてだな…」

「えっ…」


なんかどっかの誰かの境遇に似ているな。


「そこの農家でその殿の看病を引き受けたのだが、農家の親父さんが、

私をその殿の側にと差し出したのさ…」

「えっ、それて…」


戦国の世界で俺も、農家の主人から娘を差し出された。

いや、でも俺が両方の世界にいるはずない。

たぶん別の男なのだろう。

子安どんは続けた。


「犯られたよ、しかも子供まで…。

それからその殿も少し離れたところに帰農して、私もそこに引き取られて行ったのだ。

殿は良くしてはくれたけれど、お手つきとなった女が逃げられるはずもなく、

ずっと家の中に閉じ込められていたのさ。

そこで一生を送って、やっと死ねた…」


子安どんはずっと泣いていた。

なんという辛い目に遭ったのだろう。

くそ、戦国世界め…。


「…次また扉が開きよったら、おいが行っど。

おいが行っちゃる! 戦国の世ごと潰らかしたる!

もう許せん、今からこんおいが天下じゃ、子安どん泣かす戦国世界に鉄槌じゃ!

あん扉二度と開かんようにしちゃる!」


俺は子安どんを置いて家を飛び出した。


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