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第19話 義弘のほら貝

第19話 義弘のほら貝


「そんな…!」


女の方を振り返ると、似てはいるが女は子安どんではなく、

庄屋が差し出した娘だった。


「子安どん…」

「はい、子安はここにおりまする」


娘は褥の中から応えた。


「ちゃう! そなたは子安どんやなか!」


俺は外へ駆け出した。

やはり目は良く見えないままだ。

ほら貝の音に混じって兵士たちの声が聞こえる…。


「戦じゃ! 戦にございまする!」


戦て、何の戦じゃ。

関ヶ原はもうとっくに終わった。

島津の軍もとっくに薩摩へ帰った。

俺もぼろぼろになって美濃に落ちた。

これ以上何の戦をする。


俺はほら貝の音のする方向へ走った。

だがその途中、俺は突然穴に落ちてしまい、

そのまま意識を失ってしまった。



「…起きたかフライド丸」


気がつくと、子安どんがほら貝を片手に俺の顔を覗き込んでいた。


「戦じゃ! 敵が攻めて来っど!」


俺はがばりとふとんを撥ね除けて起き上がった。


「な? 言ったろ、戦国武将を起こすにはこれが一番だ。

動画見ながら練習した甲斐もあったな、どうだ私のほら貝は」


子安どんは後ろに控える島津の夫婦にそう得意げに言った。


「あれ、おい…ここは?」

「隣の島津家だ、島津の小さいのが大きいのに電話して、

大きいのが酔いつぶれた私らを車で運んでくれたのだ」

「島津家! そらいけん! …てか、なしてほら貝?」

「下の家から借りて来た」


俺は確かめるように辺りを見回した。

子安家とは家具などが違うが、確かに「マンション」の一室だ。


「『ねお薩摩』じゃっどね、ここ…」

「『ネオ薩摩』だ、他のどこにお前の行く場所がある?」

「おかしかね…おい、ちょっと戦国ん世界に戻されたち思もちょったけんど…」

「戦国?」


俺は戦国の世界での事を話した。

かくまわれていた美濃の庄屋屋敷の事、子安どんに似た顔の濃い女の事、

ほら貝の音で正気を取り戻して、穴に落ちて戻って来た事。


「…おい、け死みそやったとか?」

「ちょっと危なかった、救急車呼ぼうか迷ってた」


島津の大きいのが透明の柔らかい瓶から、水を湯のみに汲んでくれた。

俺はいただきますを言ってそれを飲んだ。


「け死んだら別ん世界に行く言う事か?」

「そりゃ行くさ。浄土と地獄の違いはあれど、現世を離れる事には変わりないさ」


島津の大きいのはおかわりを注いでくれた。

おおきにを言ってもう一杯水を飲む。


「フライド丸、昨日お前の大阪弁はめさめさマイルドやったで、何言うとんかわからん」

「『まいるど』て何ね、揚弘」

「きっついがちがちのんやのうて、薄口のん言う事や」

「ふうん? 俺何言うちょったとね」


子安どんがほら貝を返しに行かなきゃ、と言って立ち上がった。


「誰がほら貝とか考えよったとね、アホじゃっど」

「あ、それ子安っさん」


揚弘が子安どんを指差した。

子安どんは島津義弘とデブの名前をあげ、説明した。


「ほら貝と兵士らのときの声は、晩年の老人ボケばりばりな島津義弘に、

どうにか飯を食わせようと、島津の家臣らが編み出した手法だ。

家臣らがほら貝を吹いてときの声をあげると、急にしゃきんとなって飯を食べたと言う。

お前も戦国の世界の者なら、効くのではないかとな」

「あんデブと一緒にすな!」


子安どんはほら貝を抱えて島津家から逃げ出してしまった。


「あのよう、おおきにな…運んでくれたりとか」

「全然構わんよ、住民の危機を救うのは管理人の仕事だから」


島津の大きいのは笑った。

島津の大きいのはアホだが穏やかな人だ。

こんなのでよく徳川の兵士が務まるな。


家に帰って、風呂を使ってごはんを食べ終わった後、

子安どんは電脳な薄い小箱ではなく、電脳な巨大二枚貝を部屋から運んで来て、

それを開いて明るく光る画面をじっと覗き込み、俺の前でうんうん唸っていた。


「くそ、結構高いな…」


子安どんは親指の爪を噛みながら、とても真剣だった。


「なあ子安どん、そい何しとんね」

「ネットショッピング…電脳の網を経由した買い物だ、決済も電脳網を通して行われる」

「へえ…何買うね」

「ほら貝だ。お前がまた、戦国の世界に連れ戻されそうになった時に使うのだ。

さっきのでほら貝と兵士のときの声が有効であると証明された」


俺は真剣な子安どんとほら貝の取り合わせに、腹をよじらせながら笑い転げた。


「ほら貝!」

「笑い事ではない。この『ネオ薩摩』にお前が留まり続けられるかどうかが、

これから注文するほら貝にかかっているのだ」

「あ…そう言う事か! ほら貝超大事じゃっどね!」

「やっとわかったか」


子安どんはそれからしばらくほら貝を探し続け、見つけた中で一番安値の物に決め、

画面の記入欄にいろいろと書き込んで、購入手続きをしていた。


「よし、ポチった」


子安どんは頭上高くで手を組んで、うーんと大きく伸びをした。

その時、彼女の背後の白い壁がぐにゃんと歪み出した。

壁は裂けて異世界への扉が再び開いた。

赤黒く渦巻く扉の中身がぐっとせり出して来て、粘りのある液状になり、

飛沫をあげて広がり、子安どんを飲み込んだ。


「子安どん!」


俺は台所の包丁を持ち出して、扉に斬り掛かった。

しかし、中身はしゅっと奥に引っ込んで、子安どんを飲み込んだまま扉は小さくなった。

そしてまた歪みながら元の白い壁に戻って行った。

…子安どんが戦国の世界に連れて行かれてしまった。

どうしよう。


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