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第15話 寝てん覚めてん

第15話 寝てん覚めてん


「なしてじゃ?」

「考えろフライド丸、私のような淋しい女に愛の味を覚えさせたらどうなるかを。

たぶん私はお前に溺れてしまう、寝ても覚めてもお前だけになってしまうだろう。

でもそれは後々の事を考えると辛い…」

「良かね、寝てん覚めてんおいだけで」


俺はもうおばさんのくせに、子安どんは可愛い事言うなと笑った。


「私はいいがお前が辛い、引き返すならまだ今のうちだ。

お前は気付いていない、いずれ私の方が先に死ぬという事を。

私などを愛してもお前が辛い、だから私もお前を愛していいかとても悩む。

お前を愛して、お前の心に応えていいのかとても悩む」

「け死むとか何言うちょっ子安どんは、こいだからおばはんは。

おいはいっぺんけ死んだ男ぞ、おいの方がとっくの昔に先死んじょっと」


大丈夫やぞ、子安どんが先死んでも。

その方が子安どんも幸せなまま逝けるから。

俺を後に残す心配なんかせんで大丈夫やで。

いつかそんな日が来ても、俺は思い出を支えに耐えるから。

俺は男やから、こん「ねお薩摩」の男やから。



そんな子安どんの心配以上に、俺の方が彼女に溺れてしまった。

あの夜以来、日増しに彼女を思う気持ちがより深く強くなっていくのを感じた。

彼女の事ばかりが心に浮かんで、俺の仕事である家事もろくろく手につかない。

買い物を間違えたり、魚を焦がしてしまったり、米を炊き忘れたり、

子安どんに叱られてばかりになった。

寝ても覚めてもは俺の方だった。


子安どんがどうして俺との愛に迷うのか、身に染みてよくわかった。

新しい愛は甘美な一方、えも言われぬ辛さをも併せ持っていたからだ。

一度踏み出して彼女を愛してしまうと、いろいろな欲が生まれて来る。

愛ゆえの欲は不安や嫉妬をも生み出す。

体を結んでも彼女の心に自信が無い。

いつだって彼女の心ばかりを伺っている。

一体俺はいつからこんな情けない男になったのだろう。



俺の刀を揚弘はするりと舞うようにかわす。

そして俺の横に回って斬り掛かって来る。

やっとの思いで俺はそれを刀で受け止める。

だが揚弘は力で俺の刀を跳ね飛ばし、踏み込んで猛攻をかける。

揚弘の長い刀は大量の槍のように俺を執拗に追いかけ回し、

俺の胸を何度も何度も突き、俺の首を取った。


「…何ね、今ん技は?」


俺は城の裏庭の砂を固めた地面に寝そべりながら、揚弘に聞いた。

最近の情けない俺をなんとかしようと、

自分から手合わせに誘ったくせに、負けるとは情けない。

こうしてまともに戦うと、揚弘の強さには驚かされる。

例え目が完全に見えていても、とても勝てやしないだろう。


「『フライド丸』、俺の新技や」

「…フライド丸? 揚げ揚げん戦国武将のくせに、他人の名前勝手に技名にすっなや」

「『フライド』は油で揚げたという意味の英語や、揚げ揚げや」

「えー、『フライド丸』が『フライド』てそげん意味やったと?」

「そないな意味や。『フライド丸』を日本語で言うと『揚丸』、島津揚弘の揚に丸や」


揚弘はそう言って笑った。


「その刀、名前ないやろ。『揚丸』て名前にしたらええわ」

「そやな、確かに名前なかね…『揚丸』なあ。

ちゅう事は、揚弘は『フライド弘』になっと」

「いやや、そんなん」


俺は揚弘を何度も「フライド弘」と呼んで冷やかした。


「そういやお前、目え見えへん言うとったくせに、自分から誘ってくるなんて珍しい。

それに俺とまともに戦うとか絶対おかしいやろ。何ぞあったんか、子安っさんと」

「え…いや、その…」


俺は耳まで真っ赤になってしどろもどろ答えを濁した。


「何ええ歳こいて、童貞やあるまいし…子安っさんと寝たんやろ」

「何ちゅ事…! そげん単刀直入な…! 

まあ、そうなんじゃけんど…子安どんは寝てん全然俺のもんにならん。

一緒に寝てからん方が子安どんを遠くに感じっと…。

あとちょとのとこちゅうのに、どげんしてん落とせん」

「子安っさんは大人やからな、歴戦の猛者や。

きっとわかっとんのや、ようさん愛した方が負けやて。

1秒でも長くお前を自分に引き付けとくには、自分のそばにいてもらうには、

どないしたらええか、体に戦が染み込んどんのや。

礼もせんと斬り掛かるお前とおんなじや」


揚弘はまだ二十歳前後の子供のくせに、ずいぶんと大人びている。

一体何が彼をそんなに大人にしたのだろう。

三十路に入った俺の方が子供っぽく感じる。


「子安っさんもフライド丸愛しとる思うで、たぶんフライド丸が思うよりずっとずっと。

お前は特別な男や、あの子安っさんが他の男らの列にも加えず、

自分の手許に置いて可愛がる男や、唯一の男や」

「子安どんが…」


「隔ておき列に添へずわがものと手許で愛でし唯一の花」、

俺はふと子安どんの歌を思い出した。

あれはそういう意味だったのか。


「俺はお前がうらやましい、魂が抜けるほど恋に狂えるなんて、

それほど好いた女の側におられるなんて、しかも愛してもらえるなんて。

うらやましい、うらやましくて嫉妬するわ…!」


揚弘は俺を見下ろして言った。

刀が彼の手から抜けていく。

その顔は泣き出しそうなほど淋しい表情だった。


「…揚弘?」


かつて揚弘にもそういう女がいたのかなと一瞬思った。

いや、でも揚弘は衆道のはずだ、現に島津のアホな大きいのと結婚している。

アホかと思うくらい愛されているのに、まだ愛を乞うか。


「揚弘は衆道じゃっどね、女ち…」

「俺は両刀使いや、好きな男もおれば好きな女かていてる。

兄さんはそれでもええて、俺はお前を無条件で許すて、俺に結婚を申し込んでくれてん…」

「そ…そうなんか、知らんかった。どげん女ね、そん女は」


驚いた、まさか女も好きとは。

そうだよな、戦国の武将は衆道をたしなみながらも、

普通に女と結婚して、子供も作るもんな。


「目の丸い、くりくりした女や。歯あ磨いたら血いの出る年増のくせして、

生娘のようにおぼこいねん、何かとすぐ真っ赤になってさ…。

可愛い女やった、でも愛したらあかん人やった」

「他人の女か?」

「住む世界がちゃう。俺は生きた男、あの人は地獄の女。

どうあっても結ばれる言う事はあらへん」

「なして」

「あの人はもう死んでん…」


揚弘はぷいとそっぽを向いて鼻をすすった。


「俺が殺してん…」


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