第13話 歴史に名を
第13話 歴史に名を
その記事によると、島津揚弘という揚げ揚げな武将が、
関ヶ原の戦いで敗走の島津軍の殿を務め、
揚げ揚げな戦いぶりで殿を逃がす事に成功したという事になっていた。
つまり、揚弘は歴史に名を残してしまったのだ。
俺が揚弘を突き飛ばして、無理矢理異世界に放り込んだばかりに。
「…フライド丸よ、お前のしでかす事はいちいち重大になるな」
子安どんは皮肉たっぷりに言った。
「えー? じゃどん、なして異世界なんに歴史んなっとか」
「戦国の世界はこの世界から見て400年ほど前の過去に相当する」
「そうじゃったか、ちょと未来ち思もてたけんど、ここはそげん未来じゃったとか…。
そやから揚弘が歴史んなりよったとね」
「本当なら、これは誰か別の人物の役目だったのではないか?」
俺はぎくりとした。
俺のいた美濃は、俺が消えた後どうなったのか。
俺自身は死んだと思っているけれど、美濃の人らにとってはそうじゃないかも知れない。
そして俺が消えた事で、俺の存在はどうなったのだろうか。
「子安どん、これちょと貸して欲しかと。使い方教せてくいやんせ」
「構わんが、何したいんだ?」
「もっといろんなもん見たか」
子安どんに使い方を教わって、俺は電脳な薄い小箱に自分の事を聞いてみた。
こんな小箱ひとつでいろいろな情報を取り出せるとは、さすが「さいばあぱんく」の世界だ。
戦国の世界で俺がいくら目立たない地味な男だったとは言え、
一族の家系図の端っこぐらいには載っていそうなのに、俺はそのどこにもいなかった。
そしてもちろん、参加した戦の記録のどこにも俺はいなかった。
俺の存在は過去から一切消えていた。
戦国の世界の俺は最初から存在しない事になっていたのだ。
それを知って、俺はほっとした。
…これで俺はちゃんと「ねお薩摩」の男になれる。
もう心残りはない。
「最近な…俺、戦国武将と同姓同名やて言われるようになったんやけど?」
それから買い物の帰りに揚弘と顔を合わせると、
揚弘はそう俺に嫌味を言った。
「良かとね、歴史に名あば刻んで」
「誰のせいじゃ! そもそもフライド丸、お前が俺を…!」
「あ、そや。揚弘おまんさこないだうちに刀やら鎧やら置いてったとね。
ええかげあい持って帰って欲しか、邪魔じゃ」
「あんなもん要らん、やるわ」
「困るわそげん事、かなん」
揚弘は俺を抜いて先に行こうとした。
そしてふと思い出して振り返った。
「そや、あの刀持って来いや、手合わせしよや」
「でも俺、見えんよ…」
「体が覚えとるやろ」
城の裏手の庭で、俺と揚弘は向かい合った。
こないだは稽古用の刃がついていない刀を持っていた揚弘だったが、
今日は刀身のやたら長い包丁みたいな刀を持っている。
変な刀だ、これが「ねお薩摩」の刀か。
揚弘は礼をして頭を下げた。
今や。
俺は刀を振り下ろし、揚弘の頭を取った。
真剣なので寸止めにはしたが、それでも髪が少し斬れてしまった。
「何すんねん! まだ礼やろが!」
「悠長に礼なんぞしちょっ場合か、こいが戦場やったらお前け死んじょっぞ!」
「アホかフライド丸は!」
俺たちはそのまま喧嘩になってしまい、結局手合わせどころではなくなってしまった。
ひとしきり喧嘩した後、揚弘は俺の頬を引っ張りながら言った。
「…でも確かに抗争とかでヤクザの襲撃あったら、礼なんかしとったら死ぬわ。
戦いが体に染み込んどんのやな、うーん…幸弘兄さんとこ入ったったら喜ぶで?」
「なんでおいが徳川ん味方なぞ…!」
「徳川?」
「ヤクザは悪りか人っちゅうし、徳川じゃっど」
それを聞くと、揚弘は腹を抱え、足をばたつかせ、
声にならないほど激しく笑った。
「あかん、笑い死ぬう! 徳川が悪やなんて、フライド丸はどっから来てんな、
普通徳川の方が義いやろ、徳川の方が!」
「子安どんもそげん言うちょったけんど…なして徳川が義いとね?」
「…あんな、徳川は関ヶ原で勝って、この東京に江戸幕府を開いたんやで?」
「東京? ここは『ねお薩摩』やなかとね?」
「薩摩! ここは東京や、東京。お江戸や、徳川のお膝元や」
揚弘はまた大爆笑し、腹をよじらせた。
ここは薩摩ではないとは!
でも子安どんは確かに薩摩と言っていたぞ。
「嘘じゃ、子安どんは薩摩言うちょったど!
ここが薩摩じゃっど、新しい薩摩…『ねお薩摩』じゃっどて!」
「…『ねお薩摩』! 確かにそうや、『ねお薩摩』やな! くそ笑える!」
「子安どん! 子安どん! ここが薩摩やなかで東京ちまこてか?」
激しい笑いに悶え転がる揚弘を放置し、
家に帰るなり、俺は子安どんの肘に食らいつき、
揚弘の話を彼女にして、どう言う事やのん、なんで東京が「ねお薩摩」やのん、
そう矢継ぎ早に質問を重ねた。
「…フライド丸は知らんだろうが、豊臣の時代のあと、徳川の時代の終わり頃に、
南蛮の船が日本にやって来るようになってだな、
それが当時の日本ではありえないほど立派で、国力の違いにびびった日本人らの間には、
天皇のもとにみんなひとつになって、外敵を退けようという思想が出てきて、
それがだんだん古くさい幕府要らね、ぶっ潰そうぜという動きに変わって行ったのだ」
子安どんは俺でもわかるように事情を話してくれた。
彼女はなんと聡いおなごなのだろう。
武家の聡いおなごでも、ここまでさまざまの事に通じているおなごはどこにもおらぬ。
男以上の教育でも受けない限り、ここまで通じる事はまず出来ないだろう。
さすが俺の主君だ、惚れ惚れする。
「で、それんどこに薩摩が出て来っと?」
「薩摩は関ヶ原の恨みもあるわ、借金も踏み倒したいわで、いろいろあるのだが、
やはり当時の島津家の者に対する、幕府の個人的怨恨による報復行動が、
薩摩を倒幕に向かわせた決定打だったと思う」
「恨みち…やな薩摩と幕府じゃっどな」
俺はなんとなく性格最悪ないとこの事を思い出した。
あいつがその時代にいたら、絶対大暴れするぞ。
「長州と協力して幕府を倒した後、都は京から江戸に移って『東京』と名を改めた。
天皇も東京に移り、長州と薩摩の者も東京に移って、
今のこの世の礎となる、新しい世の中を作ったのだ。
だから『ネオ薩摩』という表現はあながち間違ってはいないのだ」
「ほんまに新しい薩摩やったんか…」
俺は子安どんがこの東京を「ねお薩摩」と表現した事情を理解した。
「えー、東京にも錦江湾あって桜島浮いちょっと。あいなしてじゃ?
薩摩のもんらが薩摩思い出すためにわざわざ作りよったとか?」
「まさか。そういやお前まともに東京を見ていないんだったな…。
仕事も暇だし見に行って見るか? 『ネオ薩摩』とやらを」




