第11話 異世界経験の先人
第11話 異世界経験の先人
「茶屋…あ、ラブホか! まさか、そんなんしたら俺が兄さんに殺されるわ!」
揚弘はからりと笑い飛ばした。
俺たちは少し歩いて駅なる細長い建物から、
線路なる並行する2本の細い棒の上を走る、いくつもの連なった鉄製の細長い箱に乗り、
ふかふかした長い椅子に並んで座って、がたごと揺られ、
いくつかの駅を通り過ぎ、途中で別の箱に乗り換えて、
たくさんの駅が一緒くたになった大きな駅にたどり着いた。
そこでまた街に出る。
子安どんに連れて行ってもらった森の中心部のよりも、
はるかにすごい人ごみに揉まれる。
俺ははぐれそうになって、前をすいすい歩く揚弘の腕を掴んだ。
「どないしたん? 衆道は無しやで」
「おい、あんまし目え見えん…連れてって欲しかと、頼む」
「あ…そう言う事やったんか。ほんなら良う掴まっとき、離したらあかんよ」
揚弘はそう言うと、器用に人ごみをかき分けてずんずん歩いた。
歩いて行くうち、町並みが急に変わった。
森を構成しする、きれいに整備された四角い高層建築群が、低くごちゃと汚くなり、
路地に入るとそれはさらにごちゃごちゃと狭く、汚くなって行った。
びっしりとひしめく店の看板は、ところどころ漢字も見られるが、
日本語ではなくなり、朝鮮の文字で書かれてあった。
「何ねここ? 『ねお朝鮮』か?」
「コリアンタウン、日本にいてる朝鮮系の人らが集まって暮らす街や」
「俺、朝鮮は行った事あっと」
「武士のくせに…あ、朝鮮出兵か!」
揚弘は1軒の飯屋の前で立ち止まり、入口の擦ったびいどろが嵌った戸を引いた。
がらがらとびいどろの板の揺れる音がする。
奥まった席に向かい合って座り、注文を取りに来るのを待った。
机にはこんろがはめ込まれてあり、揚弘はここで鍋ものや焼き物をすると教えてくれた。
「おっちゃん、ポシンタン! それから酒や、あと何ぞ適当に見繕ってえな」
揚弘は注文を取りに来たおいちゃんに、品書きも見ず言った。
「『ぽしんたん』て何ね?」
「ごちそうや、昨日給料もろたし。旨いで」
先に来た蒸し肉や赤い漬け物をつまみに酒を飲んでいると、肉の入った鍋がやって来た。
煮えたぎる汁は味噌と唐辛子で赤く、まるで血のようだった。
手を合わせていただきますを言い、箸をつけてみる。
肉はとても柔らかく、しこしことした歯触りで、強く深い旨味があった。
「…旨い、何ねこん肉は、牛でん豚でん鯨でんなか」
でもどこかで食べたような気がする…。
「犬や、旨いやろ」
「犬! こん『ねお薩摩』でも犬を食うとか!」
「なんやお前ならわかってくれそうやったから、ここ連れて来てん。
兄さんは北国の人やし、犬なんか気味悪がってよう食べへん」
揚弘はそう嬉しそうに笑って鍋をつついた。
薩摩にも犬肉の料理があり、俺も訪ねた折ご馳走になった事がある。
鍋ものではなく、あの時は子犬の腹に米を詰めて蒸し焼きにした詰めもの料理で、
あくまでも汁のかかった飯が主であり、肉はほんの添え物程度だった。
この「ねお薩摩」は薩摩より肉を食べるのだな。
子安どんだって肉を食べるし、買い物に行ってもたくさんの肉が売られてある。
「フライド丸、お前ほんまは別の世界から来たんやろ?」
「えっ…」
「隠さんでええ、俺も別の世界…異世界へ行った事あんねん。
兄さんも一緒やったけど、兄さんにはその世界の記憶があんまないんよ。
俺の行った先はうんこいっぱいのうんこな国でな…」
まさか揚弘とその兄さんの島津夫婦が、別の世界へ行って帰って来たとは。
「そんうんこな国からどげんして戻て来たとね?」
「そのうんこな世界が終わってしもてん。
死神の兄さん…鍵となる人物を殺してしもたから…。
そないな事聞くのん、お前も元の世界に帰りたいんやろね」
揚弘は少し悲しそうな顔をして、俺の心を見抜いたかのように言った。
残念、俺は帰りたくなんかないね。
「おいはもうあげん世界になぞ帰りたなか、ずうっとこん世界におりたか。
じゃどんおいは自分の意思とは関係なく、ここん連れて来られたとよ。
そいは自分の意志ばよそに、また別ん世界に連れてかれるかも知れんちゅう事。
俺はそいを断固阻止したか思も」
「阻止なあ…てか、なんで帰りたないねん。
元の世界に主君や家族かていてるやろ、武士なんやから」
「あげんデブん殿なぞ要らん! 俺が主君は、家族は、子安どんだけじゃっどね!」
俺はそう言うとはっと我に返り、急に恥ずかしくなってしまった。
揚弘は真っ赤になった俺を見てふふと笑った。
「フライド丸は子安っさん好きなんや」
「好いちょっ、あん肥えた殿よか断然好いちょっ。
おいが心から仕えたか思もとは子安どんだけじゃっど、一生仕えっど」
「だからそう言うのんを好き言うねん」
「えー?」
それから俺と揚弘は「からおけ」なる、歌を歌うための個室を貸し出す施設に籠り、
揚弘の下手な歌をたっぷり一刻は聞かされ続け、
それから例の鉄製の長い箱に揺られて城に戻った。
「『島津マンション』が『まんしょん』て何ちゅ意味ね?」
「マンション…城やな、俺アホやしあんまよその国の言葉なぞわからん」
「ほんなら『島津マンション』は『島津が城』か…嫌な城じゃっどな。
デブん殿が重か体でのしかかって来そうじゃ」
「どういう城やねん」
俺たちは城の玄関前で喋っていた。
するとその時、その近くの何もない、ただの砂を固めた地面がぐにゃんと歪み、
裂けて畳半帖分ほどの穴が開いた。
穴の中は赤黒い渦になっていた。
「……!」
「これは…!」
俺と揚弘はその穴の出現に驚き、言葉を無くした。
揚弘の様子から、この穴が別の世界の入口らしい。
「閉じい!」
俺は叫んだ。
「あかん、こういう穴は誰か取り込まんと閉じんようになっとんねん」
俺はそれを聞いてぱあと思いついた。




