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中崎由美子と校庭の鶏

 俺と中崎由美子が通う高校は、都会とも田舎とも言いがたい場所にある。

しかし、校舎は山の上にあり、時折教室の窓から野生動物を見ることが出来る、とてものどかな学校である。


そんな我が校の校庭には、数十代前の生徒から受け継がれている鶏達が住んでいる。


奴らはとても恐ろしい生き物だ。

目が恐い、嘴が恐い、羽ばたきが恐い、物音が恐い、動きが恐い。

小屋の入り口を開けると同時に一斉に向けられる視線が恐い。

その時手に餌があった場合、奴らは群れをなして襲いかかってくる。

卵をとる時は鳥類の誇りをかけて凄まじい抵抗を見せ、何人もの生徒を保健室送りにした。


 クラスに二人、鶏の世話をする係がいるのだが、当然やりたがる人は少ない。

 ここまで語れば分かると思うが、中崎由美子はウチのクラスの鶏係だ。

そして俺も鶏係だ。

中崎由美子に興味を持ったのは、同じ鶏係になった事が切っ掛けだった。


 鶏係の朝は早い。

朝練をする部活動ほどではないが、一般生徒が来る一時間前には登校しなければならない。

鶏係は朝・昼・放課後と三つのシフトで分けられていて、一年の俺達は放課後のシフトが多かった。

 今日は、週に2度ある、俺のクラスが鶏当番の日だ。

日直だった俺は、 帰りのHR後職員室に立ち寄り、鶏小屋へ向かう。

遅れることは、休み時間のうちに中崎に話していたので、彼女は先に鶏小屋へ向かってもらっていた。


鶏の爪や嘴は鋭いので、気をつけなければすぐに怪我をしてしまう。

中崎由美子は根が真面目なので、先に仕事を始めている可能性があった。

だが、あの凶暴な鶏どもの相手を、女子一人にやらせるのは心配だ。


急いで行けば、中崎由美子が鶏小屋へ入る前に着けるだろうと、俺は靴を履き替えると校庭を走った。

しかし、鶏小屋に近づくと、聞き慣れた鶏の鳴き声が耳に届く。

やはり、中崎由美子は先に仕事を始めているらしい。


 いつもに増して激しい鶏の声と、中崎由美子の叫ぶような声に、俺は驚いて鶏小屋の中を覗いた。


 「っしゃぁァァァルァァァー!!」

 「コケー!コケーココココッ!!」

 「ココココケ!コケー!コケー!」


 鶏小屋の中では、ジャージ姿の中崎由美子が大きく足を開いて立ち、天井付近の棚から威嚇する鶏と対峙していた。

軍手をはめた彼女の両手には、逃れようと暴れる鶏の足が一羽ずつ握られている。

その他の鶏も、中崎由美子の周りで暴れ、彼女の体に何度も体当たりしていた。


「鳥ァァァー!鳥ァァァーー!」

「コケケー!コケー!」

「ギャァアア!ラァァァ!」

「コッコッコケ!コケー!」


 いくらなんでも、女子がソレはどうなのか……。

せめて若干がに股気味の足をなおしてはどうなのか。


唖然とする俺の視線の先で、中崎由美子と鶏の戦いは続いている。

しかし、ふとよく見れば、中崎由美子も鶏もにらみ合って吠えるばかりで、膠着状態になっているようだった。

いや、よく見れば、中崎由美子は余裕の笑みを浮かべているではないか!

それに刺激された鶏は、闘争心を刺激されたのか、バサバサと翼を広げ、更なる威嚇を始めた。


「コケケー!コケー!」

「ゥコキャァァアイヤァァアア!」


鶏と中崎の間にある緊張の糸が切れた瞬間、両者は雄叫びを上てぶつかり合った。


飛べない翼で羽ばたき、宙に飛び上がって鋭い爪で攻撃を仕掛けた鶏。

上体を捻ってその攻撃を避けた中崎は、一瞬胸元が鶏の前にがら空きになった。

その隙を逃さず、翼を大きく広げた鶏だったが、その羽が接触するよりも早く、中崎の両手に装備されていた鶏が攻撃を仕掛けてきた鶏の体に叩きつけられた。

空中で攻撃を受けた鶏は、姿勢を崩して地面に倒れ込む。

そこに中崎の追撃、両手鶏スラッシュが襲いかかるが、家畜ながらも野生を失っていない鶏は間一髪でそれを避けた。


鶏と中崎の間に距離が出来る。

小屋の中には土埃と、抜け落ちた鶏の羽が舞っている。

沈黙する両者の間には、中崎が装備している鶏の鳴き声が響くだけだ。


一瞬の戦いだった。

集中して見ていなければ、一体何が起きたのかわからなかっただろう。

そして、俺も含め、この光景を見た者は皆、中崎が何をしたいのか、分からないだろう。

この女は一体何をしたくて鶏で鶏と戦っているのだろうか。

それは、この数ヶ月一緒に鶏係として仕事をし、通算十三回に渡るこの戦いを見た俺でも、全く見当がつかなかった。


「中崎、そこら辺にしておけ。鶏が死にそうだ」

「!?」


声をかけると、中崎はピタリと動きを止め、装備していた鶏を落とした。

小屋の中は再び鶏達の叫び声と羽で酷い有様になったが、ジャージで仁王立ちする中崎由美子は微動だにしない。


見つかるのが嫌なら、鶏と戦闘などしなければ良いのに、何故彼女は鶏と戦いたがるのか。

俺には全く理解できない。


思えば、俺が中崎の行動に注目するようになったのも、この鶏との戦いを目撃してからだ。

初めて見た時は、中崎の頭がおかしくなったのかと思った。


当時は中崎との距離を測りかねたが、やがて、これは彼女の意図ではなく、必死に鶏に抵抗した結果だと思い至った。

それからは、何て可哀想なリアクションしかできない、可哀想な子なんだろうと思った。

日頃の彼女を観察した結論から、勝手にハプニングがやってくる、哀れだが愉快な子だと思った。


しかし、入学して数ヶ月経って出た結論から言うと、これが彼女の標準だった。俺は深く考えるのをやめた。



さっきから固まったままの中崎が気になりはしたが、この戦いが、彼女にとって人に見られたくなかった行動だと、俺は理解している。

俺には、傷口に塩を塗る趣味も、更にその傷を広げる趣味も無い。

中崎が自然と回復するのを待ちつつ、俺はさっさと係の仕事をこなす。

最初の頃は、ショックを受ける彼女を心配して仕事が遅れていたが、自然に復活すると分かってからは、先に仕事をしてしまうことにした。


中崎に装備されていた鶏が、助けを求めるかのように俺の元へ走ってきたが、気にせず彼らの卵を拝借する。

今日も中崎との決着をつける事ができなかった鶏は、不機嫌さを隠そうともせず他の鶏に八つ当たりをしていた。


固まったままの中崎由美子の顔が赤くなってきた。

あと数分もすれば、無言で仕事を始めて暮れるだろう。

今日は中崎の回復を待つ事無く、仕事を終えて帰れそうだ。


それにしても、前回より中崎の回復速度が増している気がする。

以前の鶏当番の際には、戦闘後の放心から赤面まで、三分半はかかっていた。

今日は二分半程で赤面していた。最初の頃の、俺が仕事を終えるまで放心していた状態を考えると、彼女の成長速度は凄まじいものだ。



鶏との戦闘を回避するだとか、見られても開き直るという選択肢が無い事だけは謎だが、人の成長を見守るというのは、なかなかに楽しいものだと俺は思った。


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