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中崎由美子という少女

 真っ黒なセミロングの髪。オレンジ色のフレームの眼鏡。日焼けの跡が残る肌と、アゴの真ん中にある小さな黒子。焦げ茶色のセーラー服に、程々の長さのスカート。


俺の隣の席には、中崎由美子という女が座っている。

とても大人しい印象の女だ。

見た目は勿論、話をしてみても、彼女は物静かで友達もそういう女子ばかりだ。


 しかし、俺は知っている。

 この中崎由美子という女、少し人目が無くなると、途端におかしげな行動をするのだ。

それは、きっと本人の意思に関わらず、そういう運命だと言わんばかりに、あらゆる物事が彼女のためだけに用意されたかのように、面白くも不思議な出来事を作り上げていく。

それは、いっそ哀れなほどに。


 今日も、彼女は無意識のままいくつもの偶然を引きつけ、奇っ怪な行動をとるのだろう。

たとえば、この数分後。

次の授業のために、一階下にある化学実験室に向かう途中で、なにかやらかすに違いない。

俺は、中崎由美子の細微な動きににも注意を払いながら、化学実験室へと向かった。


 途中でトイレに寄る友人達と別れ、中崎は階段へと向かう。

それを少し離れて追う俺は、彼女に気取られないよう静かに階段を覗いた。


 中崎由美子は、尻で階段を下りていた。


 ドドドドドン!という効果音が付きそうなリズムで、しかし物音は立てず、安産型のお尻を階段にバウンドさせながら、中崎由美子は踊り場へたどり着く。


 正直、俺は我が目を疑った。

数秒放心したように固まった彼女は、遠目でもわかるほどプルプル震えながら尻を押さえ、おぼつかない足取りで立ち上がる。

辺りを見回す仕草を見せた中崎に、俺は素早く壁の影に隠れ、息を潜める。

中崎がホッと息を吐いた気配と共に、うめくような呟きが耳に届いた。


「うっ……パンツ破れちゃった……」


なんというお言葉であろうか!

その声と言葉は、まるで聖夜の賛美歌と共に下された聖母の御言葉のごとく、この俺の胸に深く強く響き渡った。

俺はいまだかつて、このような素晴らしい言葉を校内で聞いた事が無い!


俺は震えた。

痛みに震える中崎嬢に隠れながら、俺は歓喜と動揺のままに、この身を震わせたのだ。


しかし、いつまでもこんな所で感動している場合では無い。

紳士として、怪我をした婦女子を放っておくことなど何故出来ようか。

中崎嬢がハプニングに見舞われる時は、どんな場所でも人気が無く、当然手をさしのべる者もいない。

ゆえに俺は、心と共に下着までも深く傷ついてしまった中崎嬢を、紳士として、保健室へお連れしなくてはならない。


 俺がやらねば、誰がやる!


そう思って踊り場に目をやった時には、中崎由美子は何事もなかったかのような顔で、下の階に下りて行っていた。

中崎由美子が、頑丈な肉体と精神を持っていることを、俺は失念していた。



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