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2.柿野坂教授

 放課後。

 エアバイクで大学の入口に乗り付けると、重い鉄格子で入り口は閉鎖されていた。最近は大学のキャンパスも昔みたいに公開されなくなって、構内に入るのも許可が要る。

 あたしはバイクを降りて警備室を覗いた。思った通り、顔見知りの門番さんがいた。

「おじさーん」

 窓の外で手を振ると、門番さんは真っ青な顔をして窓口に飛んできた。

「すみません、あの……」

 いつもどおり、入門許可の確認をしてもらおうとしたあたしの言葉は、門番さんの大声で遮られた。

「かおりちゃん、大変だよ。柿野坂教授が……君のおじいさんがね……」

 すっごく嫌な予感がした。その先、聞きたくない。

 鉄格子の内側に目をやると、白と黒の車が赤いランプを回したまま停めてある。パトカーに救急車に消防車……。

 あたしは走りだした。

「かおりちゃん!」

 後ろで門番さんが呼び止めるのが聞こえる。でも、そんな場合じゃない。

 ズキズキ頭痛がする。心臓もバクバク言ってる。喉もカラカラ。でも走り続ける。

 おじいちゃんの研究室がある棟にさしかかった時、キャスター付きの医療用カプセルを運んでる救急隊員の姿が見えた。

「ちょっとまってっ!」

「君、近寄らないで」

「おじいちゃんなんです!」

 静止しようとする隊員の手を振りほどいて、あたしは叫んだ。喉から血がでそうなくらい、大声で。

「だとしても、見ない方がいい」

「いや! おじいちゃん!」

 隊員を押しのけてあたしはカプセルに取りすがった。銀色のカプセルは顔の部分だけシールドが透明になっている。

 シールドを通して見えた顔は……静かに眠っているようにみえるおじいちゃんの顔だった。

「……ねえ、起きてよ、おじいちゃん」

 カプセルを揺すろうとする。が、救急隊員に手を抑えられた。

「ねえ、眠ってるだけなんでしょ? 早く病院に連れていって!」

「かおりちゃん、ダメだよ」

 肩で息しながら門番のおじさんがやってきて、あたしはカプセルから引き離された。

「だって……!」

 門番のおじさんと救急隊員の顔を交互に見る。でも二人とも視線を合わせず、首を横に振った。

「おい、なんでまだ運びだして……と、ご家族の方か?」

「はい」

 救急隊員が答える。あたしは声のした方を見た。黒っぽいネクタイ、ヨレヨレの黒コート。手袋をした七分刈りの男。だれ……これ。

「ええと、私は警視庁WOA課の桑野慶太と申します。柿野坂教授のご家族の方ですか?」

 あたしの目の前に、POTEPをかざす。画面には、警視庁のマークと、この人の身分証明書が映ってる。

「栗山かおり、です」

「身分証明を」

 バッグからあたしのPOTEPを出し、学生証を提示する。

「呉羽東高校二年、はい。ありがとうございます。もしよろしければ、少し話をお聞かせ願いたいのですが」

「それより、祖父は……」

 振り向くと、カプセルはもう隊員の手によって遠くまで運ばれてしまっていた。

「残念ですが、お亡くなりになられました」

「そんな……嘘……」

「他にどなたか連絡のつくご家族はいますか?」

 あたしは首を振った。両親は今どこにいるか分からないし、あたしはメールアドレスしか知らない。おじさんやおばさんは日本にいるけど、連絡先が分からない。おじいちゃんしか知らない。

「それでは、あなたは」

「祖父と二人暮らしです」

「そうでしたか……。大変失礼ですが、親しいお友達はいますか? しばらくおうちに泊めてくれるような」

「……は?」

 おじいちゃんが死んだとかありえないのに、なんで友達の話なんか聞かれるの?

「もしくは、安全な宿泊場所をこちらで準備しますが」

「何なの? おじいちゃんが死んだとか言ってるのに、安全な場所? 何言ってんのよっ!」

 自分で口に出したとたんに実感が湧いてきた。おじいちゃんは死んだ。ドーナツ、持ってきたのに。あんドーナツもちゃんと買ってきたのに。あたしが来るのが遅かったから? もっと早く来てたら、こんなことにならなかったんじゃ……。おじいちゃん、なんで……。

 気がついたらあたしは泣いていた。ぼろぼろ涙が溢れるのも拭わず、わんわん大声をあげて。

 刑事――桑野さんっていったっけ――さんがハンカチを差し出してくれたので、ようやく落ち着いてきた。

「ご、ごめ……」

「すみません」

 桑野さんは神妙な顔をして頭を下げてきた。

「無神経でした。申し訳ありません」

「い、いえ……ありがとうございます。落ち着きました。あ、あの、洗って返します……」

 醜態を晒したのに気がついて、あたしは顔を赤くした。

「いえ、お構いなく。それで、少しお話をさせていただきたいのですが……場所を変えましょうか」

 桑野さんはちらちらまわりを見てる。あたしは小さくうなずいた。


 通された部屋は、教科棟の使っていない教室のようだった。誰もいない、がらんとした部屋に机と椅子が並べられている。PCも機材もない。

 桑野さんはあたしを座らせると、すぐ紅茶の入ったマグを持って来てくれた。

「ありがとうございます」

「いえ、のどが渇いているでしょう?」

 とってもありがたかった。泣いたせいで喉はしょっぱいし辛いしカラカラに乾いてたし。マグに口をつけると紅茶のいい匂いが喉から鼻に広がった。

「それで、お話って、何でしょう」

「……お祖父様と二人暮らしをされていたかおるさんにはとてもつらいお話だと思います。もし、もう少し落ち着いてからのほうがよければ、そうさせていただきます」

「いいえ……家に帰ってもおじいちゃんがいないのは変わりありませんから……」

 かえってひとりぼっちを痛感させられるほうが、辛い。すこし涙ぐんでしまう。

「そうですか……では、お話します。お祖父様……柿野坂教授は、何者かに殺害されました」


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