思い立ち
はぁ…はぁ…
闇の中、自分の苦しみの声だけが響く
お父さん、お母さんっ
行かないで、苦しいよ…
ぼうっと前方にうつる影
手を伸ばしても届かない
必死になって影を掴もうとする
ここだよ、僕はここにいるっ
―バッ
…手を伸ばし、起き上がった場所
真っ暗な寝室だった
大量の汗をかいている
(あぁ、またか…)
―ピカッ
稲妻が窓の外に見える
もうすぐ雨が降るだろう
(なんて心地の悪い夜なんだ)
このままでは身が持たない、そう思った
―19世紀後半、英国
世の発展とともに人々は、あるステータスを身につけるようになる
それは、使用人だ
上流階級の者たちは、シンボルとして一族で何十もの使用人を雇うようになる
多いところでは一度に3桁にものぼる使用人が雇われていたそうだ
使用人というのはこの時代、所謂メイドのことを指す
メイド(語源はmaiden)つまり、未婚の女性奉公人は主に家事労働を行う役を担っていた
一口にメイドといってもその仕事は様々で、例えば『スカラリーメイド』これは、食器を洗ったりキッチンの掃除をする専門の職業である
また『ランドリーメイド』洗濯を専門とする職業で、主人専用であったり使用人専用で洗濯をする者とに分かれている
このような専門職のメイドがいるのはそれなりの家柄であり、あまり裕福でないところには『メイドオブオールワーク(一人で全ての仕事をこなすメイド)』が雇われた
「メイドか…」
エスポワール・ロベールは考えた
広いこの屋敷の中、居るのはエスポワールただ一人
両親は数年前、まだ若き一人息子に多くの資産を残してこの世を去った
流行り病であったようだ
当時、別の地方の学校に通っていたエスポワールの元に知らせが届いたときは既に遅かった
葬儀の後、学校を卒業しこの屋敷に戻ることになったのはつい先日の話
今回の件でエスポワールは気を病み、体調を崩すようになっていた
(この屋敷に戻ってからまともに眠ることが出来ない…このままでは本当に病気になってしまう)
寝室で眠りにつくことは出来る
しかし、真夜中に両親の夢によりうなされて起きてしまうのを繰り返していた
そのたびに体力と精神力が削がれている
これ以上、一人で居るのは辛いものがあった
両親の生前、この屋敷には数人のメイドがいたようだ
しかし、流行り病と屋敷に人がいないこともあり皆辞めてしまったらしい
「…また、雇ってみようか」
そう呟いて、席を立った
(確かここに資料があったはずだ…)
小さな書斎に入る
棚の一番上、過去の使用人の資料があった
両親はともに几帳面で、様々な資料を作っては書斎の棚にそれを置いていた
「あった」
『使用人について』
資料としては少なそう、と思いながらもページをめくる
『メイドは玄関先に看板を立て掛けて呼び掛ける』
…他には書いていない
(あまり参考にならないな)
しかし、この方法で呼べるなら早く呼んでおきたい
この屋敷で一人家事、仕事をするのは今のエスポワールにとってはきついのだ
試しにやってみよう、と準備を始めることにした