8.始まりの使徒とエルダードラゴンと使徒の証
「我は『始まりの使徒・Start』。
神の頂を目指す者よ、我が前に汝の力を示したまえ。我が認めし者だけが神の頂へ至る証を手にするのだ」
目の前には20mはあろうかという巨竜――エルダードラゴンだ。
同じ竜とは言え、火竜や風竜とは比べ物にならない程の圧倒的な風格を醸し出している。
だが、あくまで俺達の試練と言う事で殺気を込められていない分、『始まりの使徒』には恐怖は感じられない。
ここに来るまで火竜や風竜などの殺気である程度耐性が出来たのかもしれないが。
「ああ、こっちには何としてもアルカディアに行かなければ用があるんでな。Sの使徒の証、渡してもらうぜ」
俺は剣を『始まりの使徒』へ突きつけ、高々と宣言する。
「Sの使徒の証を手に入れられるかは汝ら次第だ。さぁ、試練の始まりだ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「・・・ん、最近一緒にクエストを攻略した女性異世界人?」
「そう、そうなんだよ。俺はその幼馴染をAIWOnに探しに来たんだけど、肝心の名前と姿が分からなくて。
確か美刃さんと一緒にそのKATANAってクエストを攻略したって聞いたのを思い出してさ」
俺達は火竜と風竜を倒した後、6人がかりでドラゴンを解体しそれぞれ素材を手に入れた。
美刃さん達は火竜の血が必要だったらしく、丁寧に処理をしながら血を瓶に納めていた。
後は2体のドラゴンの素材を俺達と美刃さん達で分けてお互い遺恨の無いようにする。
最もドラゴンの素材ともなるとその大きさや量もハンパなく運ぶだけで一苦労なため、美刃さん達はドラゴンの素材のほとんどを俺達に寄こしてくれた。
俺達はアイさんの闇属性魔法のシャドウゲージがあるため、持ち運びに妨げにならないからと言う理由だ。
ついでに俺の怪我も治してもらった。弓使いの女性が治癒魔法のヒールが使えたのだ。
そして一段落が付いたところで俺は美刃さんを探していたこととその理由を説明した。
唯姫が現実世界で昏睡状態に陥った事。
その原因がAlive In World Onlineで、意識が中に閉じ込められているかもしれない事。
半年もすれば命が無い事。
今まで一緒にプレイしたことがなかったので名前や姿形が分からなかった事。
そして美刃さんと一緒にプレイしたことがある事。
一通りの説明を聞いて美刃さんは考え込む。
「美刃さん、最近KATANAのクエストで協力したと言えば、あの『蒼天の魔剣』のパーティーの事じゃないかな?
確かあの中じゃ女性は1人だけだったからブルーの事じゃないか?」
美刃さんの仲間の魔術師の男が思い出したかのように言ってくる。
って、なんだその『蒼天の魔剣』ってパーティー名は。
「ああ、あの青髪の魔術師の女性と騎士の男性がメインのパーティーね。
彼女はうちのサブマスターに引けを取らないくらい強かったわよ」
弓使いの女性も一緒に唯姫に協力したのか、その時の唯姫の強さを思い馳せていた。
あれ? 確かクラン『月下』のサブマスターって『鮮血の魔女』の二つ名を持っているって言ってたよな。
それに匹敵する唯姫って・・・
「・・・ん、ブルーちゃんだね。
彼女はエンジェルクエストの残りはAの使徒以外ではKの使徒だけだった。
Kの使徒であるKATANAを攻略したからもうAの使徒を攻略して今頃はアルカディアかも」
「え? アルカディアって・・・エンジェルクエストの?」
俺は美刃さんの言葉に嫌な予感を覚える。
確かエンジェルクエストって26の使徒から証を貰って、神の住む世界アルカディアに行くことが出来るクエストだったはず。
美刃さんの言葉通りなら、唯姫は全ての使徒の証を集めてアルカディアに行ったことになる。
「ちょ、凄いですね。エンジェルクエストをクリアできる人がいるなんて・・・」
トリニティは純粋にエンジェルクエストの攻略を驚いているが、俺にとってはそれどころではない。
もし俺の予想が正しければ、唯姫がアルカディアに行ったのと現実世界で昏睡状態になったのはほぼ同時じゃないか?
それはアイさんも思い至ったのか、神妙な顔をして俺を見てくる。
「アイさん・・・多分これ、唯姫の奴アルカディアに行って戻ってこれなくなったんじゃ・・・」
「多分そうね。
神の世界で力を与える・・・甘い言葉で誘いプレイヤーを閉じ込める。奴らならやりそうな事だわ。そもそもエンジェルクエストって時点で気づくべきだったわね」
奴ら・・・Angel In Onlineの運営会社Access社の幹部だったか・・・?
デスゲームを運営していた奴らだ。こんな罠を仕掛けるのは容易い事だろうよ。
アイさんの口ぶりからすると前回のAngel In事件の時も同じような事をしてたのだろう。
美刃さんの情報で唯姫の居場所が分かった。
だがアルカディアに行くにはエンジェルクエストを攻略しなければならない。
くそっなんて面倒な。
「よし、1週間でエンジェルクエストを攻略しアルカディアに行くぞ。こんなところで時間を掛けてられるか」
「はぁ!? 何を言ってるの!? エンジェルクエストを1週間でって無理に決まっているでしょう!? 普通は1年も掛かるようなクエストなのよ!?」
トリニティは俺のエンジェルクエスト1週間攻略計画に食って掛かる。
いつもの荒っぽい言葉じゃなく言葉使いが普通なのは、美刃さん達が居るからだろう。
「成せばなる。と言うか出来る出来ないんじゃなく、やるんだよ」
「う・・・」
俺の有無を言わせない言葉にトリニティは口ごもる。
トリニティには唯姫の命の危険性まで言ってなかった。
だが俺が必死になっている理由が分かった今、トリニティは強く言えなくなっていた。
「鈴鹿くん、気持ちは分かるけど無茶は駄目よ。焦りはミスを生むわ。時間は半年あるんだからそれに間に合うように動けばいいのよ」
「・・・分かっている」
分かってはいるんだが、焦る。
半年は大丈夫だと言ってももしかしたら唯姫の場合は短いのかもしれないし、アルカディアに行ってからも探す時間を考えると早く攻略しなければと思ってしまう。
「・・・ん、エンジェルクエストを攻略するのなら初めは『始まりの使徒』から」
美刃さん達の話によると、エンジェルクエストは最初『始まりの使徒・Start』を攻略してSの使徒の証を手に入れなければならないそうだ。
美刃さんは胸にかかった青色の涙型のネックレスを見せてくれる。
何か念じたと思うと、ネックレスを中心にアルファベットの文字の入った魔法陣が展開された。
頂点にAの文字。そこから時計回りで26個のアルファベットが並んでいる。
いくつかの文字に光が灯っていた。
「・・・ん、これが使徒の証。『始まりの使徒』をクリアしなければこれは手に入らない。
言ってみればこれは使徒の証の入れ物。他の使徒から始めても証は保管できない」
なるほどな。それらも含めて『始まり』の使徒なわけだ。
その後いくつかの美刃さん達と情報交換をして、俺達は『始まりの使徒』が居る始源の森に向かうため別れた。
唯姫のAIWOnでの名前はディープブルー。愛称はブルー。A級冒険者であり二つ名は『八翼』。
容姿は、身長165cm、腰までの青い髪にやや細身の身体。胸は見栄を張ってか巨乳設定。顔は現実世界の目の色を赤にしただけだと言う話だ。
『始まりの使徒・Start』、その正体は火竜をはるかに上回る老竜。
セントラル遺跡の南にある始源の森にてクエスト挑戦者を待ち受けている。
あくまで試練として挑戦者の力を試すと言う事なので命のやり取りまでは無いそうだ。
始源の森は竜の巣から馬で1日半の距離だがアイさんが始源の森までの秘蔵のルートがあるらしく、俺達は移動時間短縮なため竜の巣にある竜の骸と呼ばれる場所へ向かう事となった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
竜の骸。それはドラゴンがその命が尽きるときに眠りにつく場所。
それ故、冒険者たちにとってはドラゴンの素材が眠る宝庫とも言える。
「実はその竜の骸と始源の森は転移魔法陣で繋がっているのよ」
かつてセントラル王国が栄えていた時、冒険者は始源の森から転移魔法陣で竜の骸へ移動しその素材を持ち帰っていたと言う。
・・・それって墓場荒らしじゃないのか?
よくドラゴンたちがそれを見逃していたな。
と言うか、何故アイさんはそれを知っているんだ?
「一応、AIWOnに来る前少し情報を集めていたからね」
うーむ、AIWOnの攻略サイトとかに載っていたのか?
「なぁ、さっきからAIWOnだの現実世界だの言っているが、異世界の事か?」
「ああ、そうだ。まぁこれからちょくちょくその言葉が出てくるがあまり気にしなくていいぞ」
「普通、世界の呼び方って1つじゃねぇのかよ。お前らの世界って変わってるな・・・」
トリニティにしてみれば自分たちの住む世界の呼び方が複数あるのは不思議でならないのだろうな。
「話を戻すが、竜の骸の転移魔法陣を使えば時間短縮になるから大分助かるが、問題は・・・走竜だな」
「そうね、結局このまま連れて来ちゃったからウエストヨルパの騎獣ギルドには悪いことしたわね」
数日のレンタルと言う契約をしていたが、今の状況だと持ち逃げした形になってしまう。
一応水の都市に戻る美刃さん達に騎獣ギルドへの伝言を頼んだが、どこまで融通を聞かせてくれるか。
「はは、王都に戻ったら窃盗犯扱いで指名手配されてたりして」
「笑い事じゃないぞ。それ。と言うか、その場合トリニティも指名手配されている事になるんじゃ?」
「うぐ、そういやそうだ・・・ああ、その場合あたしだけ盗賊ギルドで対処してもらうか・・・?」
何か不穏な事を考えているな。
そんなやり取りをしている間に俺達は竜の骸へとたどり着いた。
竜の骸と言っても大量のドラゴンの死体が溢れかえっているわけでも無く、まるで眠っているようなドラゴンが2・3体居るだけで、後は骨だけになったドラゴンや化石になったようなドラゴンが見え隠れしていた。
「ある意味絶景だな」
「ここの情報を盗賊ギルドに持ち替えればどれだけの金になるのか・・・」
「こっちよ」
アイさんが転移魔法陣の方へと走竜を走らせる。
岩陰の目立たないところにひっそりと転移魔法陣が起動していた。
俺達は転移魔法陣に乗り、一瞬で『始まりの使徒』の居る始源の森へと移動した。
辺り一面木々で囲われた森はどことなく先ほどの竜の巣を沸騰させる。
『始まりの使徒』へと向かう途中、当然の如くこの始源の森に居るモンスターに襲われるが、走竜に乗ったままアイさんの魔法、トリニティのロープ付きショートソードの投擲により蹴散らされる。
俺? 遠距離攻撃の手段が初級魔法しかない俺はアイさんの腰にしがみ付いたままだよ。
因みに始源の森に湧いて出たモンスターは雑魚の代表コボルトやゴブリン、オーガ、ジャイアントスパイダーなど老竜が居るとは思えない低級モンスターばかりだ。素材は回収するほどでもないのでそのまま放置だ。
少し走竜を走らせたところで広場の様な場所に出た。
地面は芝生の様に短い草で生い茂っており、東京ドーム並みの広さがそこにはあった。
多分上空から始源の森をみればこの部分だけぽっかり穴が開いているように見えるんじゃないか?
そしてその広場の中心には20mはあろうかと言う巨竜老竜――『始まりの使徒・Start』が寝そべっていた。
俺達が『始まりの使徒』に近づくと、アイさんの様に気配探知を持っているのか臭いで分かったのか眠りから目覚め見下ろしてくる。
「よく来たな。試練に挑戦し者どもよ。
我が名はエルディディアル。そしてエンジェルクエストの始まりを司る『始まりの使徒・Start』だ」
おお、喋ったよ。とは言え知恵あるドラゴンが話すのはファンタジー物にはよくあることだ。
まぁ、トリニティはそんな知識が無いからドラゴンが喋ってるのに驚いているが。
「ああ、エンジェルクエストに挑戦しに来た。
神の住む世界・アルカディアに行くには26の使徒の証を手に入れなければならない。そのためには『始まりの使徒・Start』であるあんたに力を示す。そうだな?」
俺は走竜から降りて『始まりの使徒』の目を見て言う。
「その通りだ。これはあくまで試練であって討伐ではない。それ故我を倒すのではなく力を示すのだ。
だが物事には事故が付きものだ。場合によっては命を落とすことになるのを覚悟しなければならない。汝らにその覚悟はあるか」
「問題ない。覚悟はこの世界に来た時から出来ている。
そっちこそ俺達に間違って討たれても文句言うなよ?」
「くははっ! 言うではないか。人の身でありながら老竜を倒すと言うのか。なればその者は英雄になりえる器だ。
その者こそアルカディアに行くのに相応しい人物だろう」
俺は英雄と聞いて美刃さんを思い浮かべた。
あー、いや。美刃さんなんかを見ているとマジで老竜も倒しそうだからな。
「ちょっといいかしら。私たちはこの3人で貴方に挑むのだけど、その場合の試練攻略の資格――Sの使徒の証はどうなるのかしら?」
「うむ、その場合も間違いなく3人にそれぞれにSの使徒の証は与えられる。
無論個人で挑戦するのもありだ。その場合は挑戦した個人にしか証は与えられないがな」
なるほど。アイさんの指摘はもっともだ。
3人で挑んでおいて使徒の証が1つしか得られなければ何の意味もない。最終的にアルカディアに行けるのは1人だけになってしまうからな。
「さて、良ければエンジェルクエスト・Startの試練を始めても構わないか?」
「ああ、いいぜ」
戦闘に巻き込まれないよう走竜は広場の外に追いやり、俺達はそれぞれの武器を構える。
「我は『始まりの使徒・Start』。
神の頂を目指す者よ、我が前に汝の力を示したまえ。我が認めし者だけが神の頂へ至る証を手にするのだ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
俺達3人は『始まりの使徒』と対峙する。
とは言ってもトリニティは『始まりの使徒』にダメージを与えられるような攻撃力は持ってないからサポートに回ってもらう。
アイさんは祝福装備の攻撃で『始まりの使徒』の敵愾心を稼ぎながら盾役をこなす。
もっとも装備だけでなく実力もそれ相応にありそうだが。
そして俺はアイさんに引き付けられている『始まりの使徒』の隙を狙って攻撃する火力役だ。
・・・まぁ火力と言うほど火力があるわけではないが。
「グアァァァァァァァ!!!」
開幕早々『始まりの使徒』はブレスで火炎球を吐き出してきた。
開けた場所とは言え、森の中で炎を吐き出すなんて森林火災でも起こしたいのか?
火竜とは違って『始まりの使徒』は理性があるので後先考えていないはずはないのだが。
迫りくる火炎球を俺達は3方向へ散って躱す。
だが、着弾しようとしていた火炎球は3つに分かれてそれぞれ俺達に向かってきた。
ちょ!? 火炎ブレスの追尾弾なんて聞いたことねぇよ!?
俺は咄嗟に生活魔法のウォーターを唱え頭から被り、ミスリルウッドの円盾を構えて迫りくる火炎球を防いだ。
勿論円盾で全てが防げるわけもないので余波の炎で火達磨にされる。
ドラゴンレザーの鎧と水を被ったお蔭でそれ程のダメージは無い。
アイさんは水色の剣で火炎球を斬り裂いていた。
多分、水色から察するに水属性の剣なんだろう。火属性に対しては効果がてきめんだ。
そして問題はトリニティだ。
彼女も俺と同じようにウォーターで水を被り、ロープを振り回して空気の溝を作って火炎球を防ごうとしていた。
ルフ=グランド縄剣流の技だとは思うが、いかせん操っているロープは魔法の付与などは無くそこらへんに売っている普通のロープだ。
ある程度は風で散らしたが、火炎球はロープを消し炭と化しまともにトリニティへと直撃した。
「ちっ!」
俺は慌ててトリニティに駆け寄ろうとしたが、着弾の煙が晴れた中からは無傷のトリニティの姿があった。
「はっ! 舐めんなよ! いざという時の防衛手段は持っているんだよ」
トリニティの手には何やら小さな石の様なものを掲げていた。
後で聞いたところによると、チャージアイテムと言って1つだけ魔法を封じて好きな時に開放できるアイテムらしい。
封じていたのはマテリアルシールド。どんな物理攻撃も3秒間だけ防ぐことが出来る魔法だ。
なるほどな。それほど心配する必要もないか。
俺は改めて『始まりの使徒』へと意識を向けて剣を構える。
アイさんは青色の剣――インフィニティアイスブレードを掲げて無数の氷の剣を『始まりの使徒』へと解き放つ。
「グルァ!」
『始まりの使徒』は今度は放射型のブレスを横薙ぎに吐いて氷の剣を溶かして防いでいた。
しかも器用に周りに被害が及ばない様に氷の剣だけを溶かすような極小の射程距離よりのブレスだ。
アイさんはその間に距離を詰めて左右の剣で戦技を放つ。
「四連撃!」
左右の剣が瞬き『始まりの使徒』の鱗を容易く斬り裂く。
当然アイさんだけに任せてはおけず、俺も一気に距離を詰めて剣戦技・スラッシュを放つ。
疾風迅雷流の奥義である『瞬』を習得していれば神速を以って間合いをゼロにし、その速度で攻撃を仕掛けることによって例え老竜であろうと大ダメージを与えることが出来るのだが、残念ながら今の俺には基本の歩法で距離を詰めるのが精一杯だ。
俺とアイさんの攻撃の間にもトリニティは投げナイフで援護しているが、ハッキリって1ミリたりともダメージは与えてはいない。
この場合トリニティは俺達の足を引っ張るお荷物でしかない。
だが、そう思わせるのが俺達の狙いだ。
俺は剣で斬りつけ距離を取り、また隙をついて剣で斬りつけるヒット&ウェイを繰り返している。
『始まりの使徒』はアイさんを脅威に感じているらしく、俺の攻撃は左程気にしてはいない。
アイさんもアイさんで『始まりの使徒』とまともに切り結んでいる。
いや、老竜とまともに戦いあえている時点でまともではないのかもしれない。
まぁ、『始まりの使徒』がアイさんに集中しているのなら好都合だ。
俺は俺で持てる力をただぶつけるのみ。
取り敢えずは風竜にもまともに通じたアレンジアイスブリットだ。
呪文を唱え、銃の弾丸のイメージをしながら氷を生成する。
そして回転を加えながら『始まりの使徒』へ向かって撃ち出す。
「アイスブリット!」
軽快な音と共に氷の弾丸は『始まりの使徒』の鱗を容易く貫いた。
「なぬっ!? 初級魔法で我の鱗を打ち破るだと!?」
貫通まではしなかったが、鱗を穿ち周りを抉り取るような穴を体に開けて血を撒き散らす。
『始まりの使徒』は初級の氷属性の魔法が己の体に与えたダメージに目を見張っていた。
流石にこれは俺を無視出来ないと悟った『始まりの使徒』は俺にも攻撃の手を加えようと動くが、アイさんがそれを巧みに妨害している。
体格差がありすぎる『始まりの使徒』相手に、アイさんは溶かされるとは言え氷の剣を上手く使い『始まりの使徒』をその場に封じていた。
「ちぃ、上手く動きよるな! そこまでの動きを出来るものはそうおらぬ。汝は余程の強者とみえるな」
「あら、ありがとう。でも私より強いものは沢山いるわよ?」
「ふっ、汝より強者がそう居てたまるものか!」
『始まりの使徒』は体を回転させ尻尾による薙ぎ払いをアイさんに仕掛けた。
アイさんは氷の剣を踏み台にし、上空へと逃れる。
その隙をついて『始まりの使徒』は唱えていた呪文を俺に向かって解き放つ。
「ホーミングボルト!」
これは確か無属性魔法の自動追尾弾の魔法だ。
迫りくる自動追尾弾を剣と盾で弾き飛ばす。
トリニティからも投げナイフで迎撃してもらったが、いくつかの自動追尾弾が当り体にかなりのダメージが入った。
「この・・・! お返しだ!
アイスブリット!」
俺は再びアレンジアイスブリットを『始まりの使徒』へ放つが、先ほどの攻撃で警戒されてしまい吐き出された小さな火炎球であっさり迎撃されてしまった。
そして迎撃はそのまま俺への攻撃へと繋がる。
「ちっ!」
俺はスレスレで火炎球を避けるも、追撃で雷属性魔法のブラストボルトを放ってくる。
アイさんと戦いながらこっちにまで意識を向けるなんて器用すぎるじゃねぇか。
放たれた雷の矢は流石に剣で弾くわけにもいかず、疾風迅雷流歩法で躱し躱しきれないのは剣を地面に差して避雷針代わりにして避ける。
戦闘の状況としては少々膠着してきた。
アイさんと『始まりの使徒』はお互いが動きを封じあっている。
俺の現時点唯一の大ダメージを与えることの出来る氷の弾丸が警戒されている。
トリニティは最早相手にされていない。
どうしたものかと悩んでいると、トリニティから合図の攻撃が飛ぶ。
「三連射!!」
トリニティの投げナイフは『始まりの使徒』の目に向かって放たれるが、老竜は伊達ではないのか目に当たっても弾き飛ばされてしまう。
カンカンカンカンと4つのナイフが弾かれる。
4つ目のナイフが当たった瞬間、辺りを塗りつぶす閃光が『始まりの使徒』の目を焼く。
「ぐぁぁぁぁぁあぁぁ!?」
そう、トリニティは投擲戦技・三連射の後すぐにもう1本、生活魔法のライトを光量最大・持続時間ゼロの魔法剣を仕掛けた投げナイフを放っていたのだ。
三連射はこの4つ目の投げナイフを投げる合図だ。
俺は合図と同時に目をつぶって呪文を唱えながら『始まりの使徒』への距離を一気に詰める。
アイさんも同様に『始まりの使徒』へ歩を進める。
「アイスブリット!
――アイスブリットスラッシュ!!」
俺は昨日トリニティと一緒にアイさんから習った魔法剣――氷の弾丸を自分の剣に掛けて淡い光を纏った状態で『始まりの使徒』に剣戦技・スラッシュを叩き込む。
「ウォーターアロー! アイスブリット! ブラックニードル!
――三元疾爪!!」
アイさんも3つの属性魔法を剣に掛け、剣戦技・トライエッジでそれぞれの属性を纏った3本の剣閃を叩きつける。
俺の放った魔法剣は触れた瞬間、氷の弾丸が『始まりの使徒』の体を易々と穿ちながら同時に斬撃を浴びせる。
アイさんの魔法剣も水撃の剣閃、氷の剣閃、闇針の剣閃の3本が獣の爪の様に『始まりの使徒』の体を斬り裂いた。
「ぐ・・・あぁぁ・・・!」
俺達2人の攻撃で『始まりの使徒』はその巨体を地面へと臥せた。
これはあくまで試練であり討伐が目的ではないので追撃はせずに一旦距離を置く。
ここまでやってまだまだだと言われてしまえば流石に厳しいものがあるが――
「ぐふぅ・・・見事だ。汝らの力、しかと見定めた。
エンジェルクエスト・Startの試練は見事クリアだ」
『始まりの使徒』の試練攻略の声に俺はやっと警戒を解いて一息をついた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「エクストラヒール」
『始まりの使徒』の唱えた呪文で俺達に傷つけられた体が瞬く間に癒される。
「おお、凄いな・・・」
『始まりの使徒』の体が治っていくところをトリニティは感心したように見ているが、逆に俺は難しい顔をしていた。
試練中は一度も治癒魔法を使ってこなかった。
つまり俺達は『始まりの使徒』に手を抜かれたと言う事だ。
「我が本気を出せば汝らは塵も残さずにこの世から消えてしまうぞ?」
俺の視線に気が付いた『始まりの使徒』は手加減するのが当然だと言わんばかりの忠告をしてくる。
確かにその気になれば俺達なんか手も足も出ないだろう。
ただ、アイさんの方をチラリと見て「まぁ例外もおるがの・・・」と呟いているのが聞こえた。
つまりそれはアイさんの戦闘力も老竜並みだと言う事だ。
「さて、それでは汝らに使徒の証を授けよう」
『始まりの使徒』の言葉と同時に、俺達の目の前にそれぞれ涙型のネックレスが現れた。
ただ、俺とトリニティは紫色の、アイさんは美刃さんと同じ青色の使徒の証だ。
「あら、私だけ色が違うわね」
「おい、『始まりの使徒』、どういう事だ?」
「うむ、この場合色が違うのは実力の差だ。
遥かに高い力を持ちし者は青色を、それ以外の者は紫色を、そして『始まりの使徒』を殺してしまった者は赤色の使徒の証が渡るようになっている」
おいおい、殺しても手に入るって言っても・・・この老竜相手に・・・? 無茶にも程があるぞ?
ああ、いや、アイさんの様な例外も居るからあり得ない事ではないのか・・・
だがそうなるとエンジェルクエストが受けられなくなるのではないか・・・?
「ふーん、アイさんの力はそれほどって事なんだな。
それはそうとあんたを殺したら使徒の証が手に入るが、その後で来た試練の挑戦者はどうするんだよ」
使徒の証を眺めていたトリニティは俺と同じ疑問を口にした。
「その場合は新たな『始まりの使徒』が竜族の中から選ばれる。
今までも何度か『始まりの使徒』は討たれていてな。
火竜や地竜などもおったがあまりにも倒され過ぎると言う事で今代は我が選ばれたと言う事だ。
因みに我は6代目『始まりの使徒』だ」
なるほど。『始まりの使徒』はドラゴンの中から選ばれると言う事か。
竜の巣で見た火竜なんかだと決して倒せないわけではないからな。エンジェルクエスト挑戦者の中にはドラゴン=倒すものとして認識している奴もいるだろう。
その結果が老竜の召喚って訳か。
そしてそれに俺達が当たったと言う事だな。ったく、たまったもんじゃないな。
「話を戻すが、使徒の証の色は今後汝らのエンジェルクエストの行動によって色合いが変わる。
善行や己の圧倒的実力を見せれば青色に、殺戮ばかり繰り返せば赤色にと」
「それは最終的にはエンジェルクエストに影響するのか?」
「いや、何の影響もない。ただ色が変わるだけだ」
おい! 何の影響もないのかよ!?
普通、善い行いをしたからアルカディアに行けるとか、殺戮ばかりしてたからアルカディアに行けないとかあるんじゃないのかよ!?
「まぁ、自分たち以外のクエスト挑戦者の行動が把握しやすいと思っておればよい」
ふむ、そうか。場合によっては他のパーティーとも協力が必要になるからその目安にもなるのか。
「ねぇ、『始まりの使徒』さん。Sの使徒の証の特殊スキルって何かしら?」
使徒の証を弄ってたアイさんから、なんかとんでもない言葉が飛び出してきた。
特殊スキルって・・・え?
「・・・何故それを知っている。この特殊スキルの事を知っている者はそうおらんぞ」
「ここまで苦労して手に入れた証なのに、アルカディアに行くためだけってのも何か腑に落ちなくてね。
それに前にも似たようなアイテムを見たことがあったから」
見たことがあるって・・・他のVRとかの経験か・・・?
アイさんは電脳守護会社として色んなVRを経験していることからあり得ない事ではないが・・・
竜の巣と始源の森の転移魔法陣の存在を知っていたり、この使徒の証の特殊スキルの事を知っていたりとAIWOnに関する知識が有りすぎる。
アイさんがAlive In World Onlineが初めてだと言うのは事実だと思うが、間違いなくこのAlive In World Onlineと関わりがあるのだろう。
もしかしたら今回のデスゲームもどきのAngel In事件が関係しているのか?
・・・いや、今はアイさんを信じよう。
何か隠しているのだろうが、必要になったら話してくれるはずだ。
そして『始まりの使徒』は何か諦めたように使徒の証について説明してくれる。
「・・・まぁ良いだろう。Sの使徒の証は身体能力が2倍になる特殊スキルが備わっている」
「・・・マジ?」
「うむ、マジだ」
それって戦闘面に於いていざという時の切り札になりえるな。
・・・いや、そこまで有用なスキルだ。何かデメリットがあるんじゃ・・・
「使徒の証にはそれぞれ26の特殊スキルが備わっている。今はSの刻印しか使用できないがな。
その26の中から1つ選んで24分間使用することが可能だ。
24分間の使用後は24時間使徒の証の特殊スキルは使用不可能になる。
勿論、使用した特殊スキルだけではなく他の刻印の特殊スキルも使用不能だ。
それとは別にSの刻印の特殊スキルの使用後は身体能力が1/2になってしまうと言うデメリットもある」
あったよ。デメリット。
基本は24分間の特殊スキルの使用して、使用後は24時間の使徒の証の使用不可か。
で、それぞれの刻印にもメリットとデメリットが存在する、と。
「うぁ~、使いどころが難しいじゃねぇか」
「でも、上手く使えば有効なスキルになるわ」
そう、トリニティの言う様に使いどころが難しいが、アイさんの言う通り他の特殊スキルによってはこれからの戦闘面・探査面で大いに役に立つはずだ。
「さて、これで我の役目は終わりだ。
汝らは神の頂へ渡る証の1つを得た。だが残りの証を手に入れるのは容易ではないぞ?」
『始まりの使徒』からこれからのエンジェルクエストの攻略の難しさを示される。
だが、俺は唯姫を探すためどうやってもアルカディアに行かなければならない。
「ふん、最初にも言ったがこっちには何としてもアルカディアに行かなければ用があるんだよ。
残りの使徒の証なんかさっさと手に入れてやるぜ!」
俺は高らかに残りのエンジェルクエストの攻略を宣言する。
――エンジェルクエスト・使徒の証、残り25個――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
AIWOn AQ攻略スレ89
701:名無しの冒険者:2058/02/03(日)10:21:21 ID:F0kSb6C0nT
ちょ! エンジェルクエストのいっちゃん最初がドラゴンってあり得ないんだけど!
702:名無しの冒険者:2058/02/03(日)10:22:29 ID:braG6n199
あー、あれ
確かにあり得ないわーw
703:名無しの冒険者:2058/02/03(日)10:24:02 ID:AnT1m9C9
確かにw
幾ら命の奪い合いは無いとは言ってもドラゴン相手じゃ・・・w
704:デプ子:2058/02/03(日)10:25:53 ID:Dpbl16Slv
ドラゴンなら倒せないことはないでデプよ?
705:亜弥波麗:2058/02/03(日)10:25:53 ID:EVA2014Fst
そう
でも倒さなければ話は進まないの
706:名無しの冒険者:2058/02/03(日)10:26:02 ID:AnT1m9C9
>>704 ちょwww
それ姫だけしかできないからwww
707:名無しの冒険者:2058/02/03(日)10:28:43 ID:HkOj33sSn
まぁ、姫の実力じゃ倒せないことはないか
708:名無しの冒険者:2058/02/03(日)10:29:21 ID:F0kSb6C0nT
・・・俺死にかけたんだけど@@;
あんなドラゴン倒せる704って何者・・・?
709:デプ子:2058/02/03(日)10:30:53 ID:Dpbl16Slv
デプ子でデプ! ドヤァ
710:名無しの冒険者:2058/02/03(日)10:31:21 ID:F91zDB100
>>709 いや、意味不明だからw
711:名無しの冒険者:2058/02/03(日)10:32:02 ID:AnT1m9C9
709訳:私は姫だから出来るのよ! オーホホホホホ
712:亜弥波麗:2058/02/03(日)10:33:53 ID:EVA2014Fst
私は次で3度目の挑戦になるわ
713:名無しの冒険者:2058/02/03(日)10:34:43 ID:HkOj33sSn
>>711 いや、それも意味不明だよw
714:名無しの冒険者:2058/02/03(日)10:25:29 ID:braG6n199
おお! 3度も挑戦なんてスゲーな
715:名無しの冒険者:2058/02/03(日)10:36:43 ID:HkOj33sSn
まぁ死ななければ何度でも挑戦できるからね
716:名無しの冒険者:2058/02/03(日)10:37:21 ID:F0kSb6C0nT
>>712 出来れば今まで挑戦した時の『始まりの使徒』の情報を教えてくれないかな?
717:亜弥波麗:2058/02/03(日)10:38:53 ID:EVA2014Fst
分からないわ
私3人目だから
718:名無しの冒険者:2058/02/03(日)10:40:21 ID:F91zDB100
ちょwwwww
3人目って2回も死んでるのかよwww
719:名無しの冒険者:2058/02/03(日)10:41:02 ID:AnT1m9C9
なんと言うチャレンジャーwww
ストックが切れました。
暫く充電期間に入ります。
・・・now saving