70.月神と隠されし遺産と招かれざる客
三柱神は日本神話の天照大神・月読命・素戔嗚尊をモデルとし、天と地を支える世界を支えていると言われている。
それ故、三柱神が滅べば《エンジェリンワールド》が滅びると言われている。
神秘界では実際に三柱神が存在しこうして目の前に居るのだが、月神ルナムーンの隣には何故か勇猛神ブルブレイヴが居たりする。
「あー、なんでブルブレイヴ様はルナムーン神殿に居るんですか?」
「無理に敬語とかはいいぞ。俺様もそういうの苦手だし。
ああ、俺がここに居る理由な。それは・・・面白そうだからだ!」
あまりにもあまりすぎる理由に俺は隣のルナムーンを見る。
俺の視線を受けたルナムーンは溜息をつきながらも頷く。
・・・見たまんまの性格かよ。
「世界を支えるには己の神殿でその力を降り注ぐ必要があります。
本来であれば彼は自分の神殿であるブルブレイヴ神殿に居なければなりません。そうすることにより天と地を支える世界が安定するからです」
「安定、と言う事はそれぞれの神殿に居なくてもいい・・?」
「その通りです。最初に世界を支えるには三柱が必要なのですが、それを維持するのは二柱でもいいのです。
ですので、ブルブレイヴが己の神殿に居ない今、姉上と私はその場から動くことが出来ません」
ブルブレイヴが自由に動き回るものだから残りのサンフレアとルナムーンが自分の神殿から動けない、と。
「あんた随分と自分勝手だな。俺も若い頃は自分勝手だったが、幾らなんでも周りに気を使うぐらいはしたぞ?」
自分にも思い当たることがあったのか過去を思い出していたヴァイさんだが、流石にブルブレイヴの行動には目に余るものがあったらしい。
「なんだよ。面白いと思った事は面白いでいいだろ? あんな所に居たら面白い事なんてお目にかかれないぜ」
「いや、それで周りに迷惑を掛けていたら何にもならないだろ」
「無駄よ、ヴァイ。彼は神話でもかなりの暴れん坊だったらしいから。実際姉である天照大神にも迷惑をかけ放題だったらしいわよ」
あー、そう言えばかの有名な天岩戸の神隠れは素戔嗚尊が高天原で暴君を働いたのが原因で天照大神が天岩戸に隠れてしまった神話だったな。
「そう、俺様を誰も妨げることは出来んのだ! そんな訳で、面白そうな話がある姉貴の元へ来たってわけだ。
その甲斐あって早速面白い話が飛び込んできたと」
そう言ってブルブレイヴは俺達を、特に親父を見据えていた。
見た目通り一戦やらかす気か?
「待って、待って下さい。
案内をして下さった人によればこの神殿を拠点にしている事は月曜創造神並びに神軍にはバレているとの事。
それはとりもなおさずこの神殿が危険に晒されていることになります。
ですが、この神殿に手出しできないと言う事とも聞いております。その理由をお聞きしても? まずは安全の確保をしたいのです」
「普段の言葉使いで構いませんよ、トリニティ。
貴女は疑問は尤もですね。身の安全が保障できないところでは落ち着いて話も出来ないでしょう」
トリニティはルナムーンの言葉に静かに頷く。
そう言えばそうだな。ここに来た時も思った事だが、神殿が拠点とは目立ちすぎる。
なのに神軍の奴らは手出しができないと。
その理由をルナムーンは語る。
「先ほども申した通り、私達三柱神は天と地を支える世界を支えています。
ですが、支えているのは何も天と地を支える世界だけではないのです。そう、文字通り天と地を支えているのですよ」
「えっと、それは三柱神を害すれば天と地を支える世界だけでなく神秘界も崩壊する・・・?」
「その通りです。これは八天創造神にも想定外の事になります。
当初は天と地を支える世界だけを支えるはずだったのですが、そこに八天創造神の地位を捨て去る前の無曜創造神が手を加えていたのです」
無曜創造神――裏切りの神・榊原源次郎か!
そうか、あいつが計画を読んで先回りをし神秘界にも細工をしたのか。
確かにそれならば三柱神及び各神殿には手出しが出来ないな。
そして別の意味で神秘界には干渉が出来ると。
神秘界が電霊子と化し、現実世界から電子制御できない手出しできない世界になったと思っていたが、そうか、こう言った手法もあったのか。
「なるほどね。そりゃあ、手出しは出来ないわ。無理やりルナムーンを倒したり神殿を破壊したりすれば折角作り上げた自分の世界も壊すことになるんだからね」
「そうそう、だから俺が自由に動き回ってあいつらを制御してんだよ」
「ブルブレイヴ、貴方のそれはただの後付理由でしょう」
ブルブレイヴが実は俺の勝手な行動はこれ以上三柱神を排除できないようだぜ。と言っているが、ルナムーンはそれを後付だと断言する。
まぁ、確かにブルブレイヴが自分の神殿を離れている以上、サンフレアとルナムーンは動けないから八天創造神も手出しは出来ないからなぁ。
「彼らが手出しできない理由はもう1つあります」
「もう1つ?」
「はい、私の能力の加護です」
ルナムーンの能力の1つの月鏡・反鏡でルナムーン神殿から出ていくものに対し与えられ、神殿を出てから一定の時間内なら敵意・害意を持って攻撃してくる者に対してそのまま攻撃を反射する能力だとか。
そしてルナムーンが神殿に鎮座することにより、この能力は敵を神殿内部に侵入する防ぐ効果もあるらしい。
そう言われて俺は納得する。
榊原源次郎が仕掛けた細工だけではルナムーン神殿を拠点にするには完全とは言えないからだ。
あくまで手出しできないのは三柱神と各神殿であって、そこを出入りする『AliveOut』のメンバーには干渉が可能なのだ。
やりようによっては『AliveOut』を攻撃する事も出来るだろう。
それを防ぐのがルナムーンの能力の月鏡・反鏡ってわけだ。
外出する者に月鏡・反鏡の加護が一定時間与えられ、安全に拠点から離れられると。
逆に神殿に入る場合は敵から攻撃を掻い潜る必要があるが、内部に入ってしまえば手出しできないからこれほど拠点に適した場所は無いだろうな。
唯一の欠点は、目立ちすぎて『AliveOut』がルナムーン神殿を拠点にしているのがバレている事か。
「うん、確かにこれならこの神殿は安全ね。まぁ、完全に安全だって油断していれば何かしらの方法で破られることがあるかもしれないけど、少なくとも今は安全を確保できるわね」
おおぅ、トリニティもルナムーンを目の前にしてなかなか辛辣な事を言う。
でも確かにこういう安全地帯って、映画や漫画なんかじゃ主人公が来た途端に安全性が崩れるパターンだったりするからな。
トリニティの心配もあながち間違っちゃいない。
「よし、安全を確認できたところでこれからの事を話し合おう」
取り敢えず俺は今の安全が確保できたので、状況の確認と今後の活動内容を相談する。
「わたし達の目的は月曜創造神・藤見月夜と神秘界の騎士・The Devilことケイジの討伐ね。
特にケイジの討伐は早急に行わなければならないわ。鈴鹿の『契約』があるからね」
親父の言う通り第一目標はケイジ、第二目標が藤見ってところか。
「その2人は月夜城に居るので間違いない?」
「はい、その2人は都市中心部にある月夜城に居るのは間違いありません」
「ケイジは『契約』で月夜城で迎え撃つってなっているから奴はそこを動けないわ。少なくとも主人公君が月夜城に行くまでね」
トリニティの確認にルナムーンとラヴィがそれぞれ答える。
「神軍の構成人数と配置とか分かるかな? あと出来れば月夜城の見取り図とか。もしくは城内を案内できるクランメンバーとか居ない?」
トリニティは月夜城に突入する為の情報を聞き、ルナムーンがそれに答える。
ルナムーンが答えれないものは分かるクランメンバーを呼び答えを聞き出す。
ケイジに関してはラヴィが改めて能力・性格・戦闘力等をトリニティや俺達の質問に随時答えてくれる。
そうして情報を一通り集め、準備を整えて月夜城に向かおうとしたが、それにルナムーンは待ったをかけた。
「それ程慌てなくても良いでしょう。既に陽も落ち辺りに闇が降りてきています。
それに貴方方もこれまでの戦いの連続や強行進軍で疲れがたまっているはずです。今日はここに泊まり英気を養い明日向かうと言うのはどうでしょうか?」
「いや、気遣いはありがたいが、さっきも言った通り俺には『契約』により時間がねぇ」
「それは大丈夫です。少なくとも1晩泊まるくらいならこの神殿がそれを抑える事が出来ます」
「主人公君、流石に1日くらいで『契約』を違反を執行することは無いと思うわ。・・・無いわよね。
でも、『契約』の効果を伸ばすことが出来るのならそれに越したことは無いけど・・・流石にそう言うのは聞いた事が無いわ」
いや、確かに流石に1日で『契約』違反で魂を奪われることは無いだろうが、やっぱり気が焦ってしまうのは否めない。
と言うか、『契約』を伸ばす事が出来るだと?
これにはラヴィも少しばかり驚いている。
「月神の祝福ね。効果は呪いを打ち消すものだけど、それは『契約』にも効果があると」
親父には思い当たることがあったみたいだ。
腰に差した白い鞘の刀にそっと手を触れながらそう答える。
「これもルナムーンの能力の1つね。ルナムーンには呪いを打ち消す力があるのよ。
この月読の太刀にもそれが備わっているし、神狼フェンリルが守護する冬華樹アイスブロッサムも同じように呪いの浄化能力を持っているわ。
これらは月神ルナムーンの祝福によるものね」
「多少強引ですが『契約』は一種の『呪い』でもあります。種々が違う為完全に取り払う事が出来ませんが遅らせることが出来ます」
親父とルナムーンの言葉に俺は少しだが逸る気持ちが落ち着くのが分かった。
「と言う事だ。焦る気持ちは分かるが、ここはお言葉に甘えて英気を養っていた方がいいんじゃないか?」
「そうね。鈴鹿は突っ走りすぎるとこがあるから、一旦落ち着くためにゆっくり休んだ方がいいかも。
幸い『契約』の期日も伸ばせるみたいだし」
「そうだよ。鈴くんは一人で頑張りすぎ。たまにはゆっくり落ち着いて周りを見てもいいんだよ。
それに、フェンリルさんもまだ力が戻ってきていない状態だから丁度いいじゃん」
俺の気持ちを察したのか、ヴァイさんが俺の肩に手を置いてそう言ってくる。
トリニティも唯姫も俺の荒ぶっている気持ちを落ち着かせるために無理やりでも休ませようとそれぞれ左右から腕を抱き寄せられる。
「はぁ~、分かった、分かった。分かったから腕を絡まらせるな。流石に親が見ている前でこれは恥ずかしいぞ」
よく見れば親父がニヤニヤしてこちらを見ているし。
親父だけじゃない。ラヴィもヴァイさんもアッシュも、何故かブルブレイヴもニヤニヤして見ていた。
ルナムーンだけが穏やかに微笑んでいたが。
取り敢えず今日一晩はルナムーン神殿で休むことにしたので、クランメンバーから泊まる部屋へと案内してもらう。
「あ、フェンリル、待って下さい。貴女にはこれをお渡ししておきます」
ルナムーンの前から立ち去ろうとした時、思い出したかのように彼女は銀のプレートを親父に差し出した。
「これは・・・緊急避難口のカードキーじゃないの。
いいの? わたしは何もしていないわよ?」
神秘界の騎士からカードキーを貰うには、例外はあるものの倒すか認めてもらうかでなければならないはずだ。
それが何の条件も無しに親父に渡したのだ。
「いいえ、何もしていない事はありませんよ。私は貴女の要請に応え力を貸しています。
すなわち最初からフェンリルを認めていると言う事です」
「そう言うこった。ついでに俺様のカードキーも渡してやるよ。
言っておくが、これはフェンリルだから渡すんであって、他の奴らには渡さないんだぜ。
ま、渡した時点でフェンリルがどう使おうが俺様たちは関与しないけどな」
そう言ってブルブレイヴもカードキーを親父に渡してきた。
おおぅ、図らずとも2つもカードキーが集まったよ。
後で『AliveOut』のメンバーに聞いた話だが、幾ら協力してくれていると言ってもカードキーだけは簡単には渡さなかったらしい。
普通なら神秘界の騎士と戦って勝つか、もしくは認めてもらって手に入れるのだが、ルナムーンやブルブレイヴは認めた者にしかカードキーを渡さないと言う事だとか。
その認める条件は提示しておらず、どうすればカードキーを入手できるか『AliveOut』は困惑していたらしい。
まぁ、今の話の流れを見ると、ルナムーンやブルブレイヴはカードキーを渡す相手は決まっていたみたいだな。
つまりThe MoonとThe Chariotを攻略するには親父が必要だったと。
推測でしかないが、巫女神の能力である神降しが攻略の鍵だったと思う。
「そう言う事なら有りがたくいただくわ。
・・・ねぇ、貴女達が神秘界の騎士だとしたら、一番上のアマテラス――サンフレアも神秘界の騎士と言う事かしら?」
「そうです。姉はThe Sunです。日曜都市サンライトハートにあるサンフレア神殿に居ます。
ですが今は日曜都市との連絡を取ることが出来ないので姉が今どういった状況なのかは分かりません」
「まぁ、あの姉さんの事だ。ふてぶてしく信者でも増やしてんじゃねぇか?」
「あり得そうなのが怖いですね。ですが・・・もしかしたらそれ以上に厄介な事になっているかもしれません。
フェンリル達も気を付ける事です。私達が協力したからと言って姉も貴女方の味方と言う訳ではありません。
場合によっては日曜創造神に取りこまれている可能性もあります」
うーむ、日曜都市攻略にはサンフレアの攻略も視野に入れとかないといけないわけか。
そして絶対条件として親父が必要になってくると。
まぁその心配は藤見とケイジを攻略してからだな。まずは目の前の問題を解決してからだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
部屋に案内されて荷物を置いた後、食事を取り各自各々の時間を過ごすことになった。
因みに部屋は男性陣と女性陣で別れることになったのだが、問題は親父だった。
外見は間違いなく女性なのだが、中身が男性だ。
じゃあ男性陣の方でいいんじゃないかとなったんだが、女性陣――唯姫とトリニティはそれは危険だと待ったをかける。
幾ら中身が男だと言っても体は女だ。男の中に女1人でどんな目に遭わされるか・・・ってエロゲかよ!
そんな思考に至るお前らが恥ずかしくないのかと言いたい。
・・・いや女性だからませていてそういう思考になりやすいのか? ・・・やめよう。これ以上の突っ込んだ考えは危険だ。
因みに反対していなかったのはラヴィで、エロ思考満載で寧ろ推奨していた。「TSエロプレイ・・・ぐふふ」とか言っていたな。
最終的には親父1人で別の部屋に泊まることになったのは言うまでもない。
そんな一悶着があった訳だが、俺達はそれぞれで神殿内をまったりと過ごしていた。
俺と一緒に居るのは唯姫とトリニティだ。
親父とヴァイさんは自主訓練だと言って鍛錬場に向かって行った。そこへ面白そうだとブルブレイヴも付いて行くのが見えた。
・・・自主訓練で終わりそうにないように見えるのは俺だけか?
神殿内は『AliveOut』のメンバーも夜間は特に任務は無いので俺達と同じように思い思いの時を過ごしていた。
その中で俺達は思いがけない人物と再会する。
「美刃さん!?」
デュオ達と一緒に神秘界に来てから行方不明になっていた美刃さんだ。
いや、この場合は七王神が1人、剣聖神・月牙美刃と言った方がいいか。
デュオや親父から美刃さんの正体を聞いたときはそれこそ驚いた。まさかこんなところにも七王神が居たと。
「・・・ん、久しぶり。どうやら無事に神秘界に来れたみたいね」
「美刃さんこそ。デュオにも会ったけど、神秘界に来る時、変な干渉で美刃さんだけがはぐれてしまったって心配してたぜ」
「・・・ん、こっちも色々あった。
それより、ブルーちゃん・・・いえ、唯姫ちゃん、辛い目に遭ったわね。可哀相に。でも鈴鹿が助けに来てくれたんだよね。良かったわね」
唯姫の両腕両太ももに着いている自動義肢を見て酷い目に遭ったのかを察し、唯姫をそっと優しく抱きしめる。
唯姫は戸惑いながらも美刃さんに身を任せ抱きしめられていた。
そう言えば美刃さんは唯姫のお袋さんの姉妹だったっけ。
美刃さんにとっては唯姫は姪で、唯姫にとっては美刃さんは叔母さんになるわけだ。
当の唯姫は何故美刃さんがこんなにも親身になってくれているのか分からないみたいだが。
ああ、トリニティもちょっと困惑しているな。何故S級の冒険者がと。
「ん、この姿では初めましてだね。私は月代よ。唯姫ちゃんの叔母さんの」
「え!? 月代叔母さん!? うそ、月代叔母さんが美刃さんだったの!?
そう言えば、月代叔母さんもかなりのゲーム好きだったわね・・・」
美刃さんの正体に驚いたものの、現実世界の美刃さんを知っているせいか何処か納得していた。
まぁ、美刃さんは七王神でAngel Inプレイヤーだからかなりのゲーム好なのは間違いない。
俺は唯姫と美刃さんが身内の話をしている間にトリニティに親父達を呼びに行かせた。
親父達も行方不明だった美刃さんを心配していたからな。
「美刃さん! 良かった、無事だったんだね」
「ん、フェンリル、心配かけた」
「おう、美刃の噂は聞いていているぜ。S級冒険者に『月下』のクランマスター。随分と派手に暴れてた見てぇじゃねぇか」
「ん、暴れてないない。最初はただのAIWOnをプレイしてたつもりだけどね。まさかこんなことになるとは」
「俺としては23年前にあんな目に遭っておきながら未だVRをプレイしている美刃さんが信じられないよ」
「ん、アッシュは23年経っても相変わらずヘタレ。楽しいものは楽しいの」
親父達が久しぶりに再会した美刃さんに思い思いの声を掛ける。
美刃さんも親父達との再会が嬉しかったのか、いつもの無表情には珍しく僅かに微笑んでいた。
「それでまず最初に確認を取りたいんだけど・・・美刃さんは月曜創造神と会った?」
「・・・ん、ゴメン。私の中には秘宝の欠片はもう無いの」
安全圏内のルナムーン神殿とは言え、ここは月曜都市内部――藤見月夜の懐に存在する。
そして行方不明だった美刃さんが、そのルナムーン神殿に居たのだ。
両者が互いに月曜都市内部に居て何も無かったわけがない。
親父は何かがあったのだろうと確認をとったのだが、美刃さんの答えは既に接触していたと言う。おまけに最重要物の秘宝の欠片は奪われてしまっていたと。
八天創造神――正確には水曜創造神・水無月芙美と月曜創造神・藤見月夜、もしかしたら日曜創造神もか?――の強制転送により美刃さんはデュオ達とはぐれてしまい、送られた場所が最悪にも月曜都市のど真ん中だったそうだ。
親父達他の七王神が都市郊外やら仲間の傍に転送されたことを見れば美刃さんは運が悪かったとしか言いようがない。
あ、アッシュも水曜創造神に直で捕まっていたからアッシュだけは例外か。
美刃さんは謎のジジイと共に神秘界に来たためある程度の事情は知っていたから目の前に捕獲に現れた藤見月夜を迎撃しようとしたが、ケイジにより戦闘中に行われた『強制契約』により戦闘力を封じられそのまま秘宝の欠片を奪われてしまったと言う。
「ん、あれは手も足も出なかった。私の中から秘宝の欠片を取った後にそれが何なのか上機嫌に説明してくれた。それで私は自分が失策をしたと気が付いたの。
戦わずに逃げればよかったのだと」
それは仕方がないとしか言いようがない。
どうやら謎のジジイも榊原源次郎に聞かされてなかったのか、敢えて言わなかったのか、不老不死の秘宝については何も説明をしなかったみたいだ。
そして何も知らない美刃さんは目の前に現れた黒幕の1人をチャンスだからと挑んでしまった。
結果として秘宝の欠片は奪われてしまったが、これ以上の失策をする前に美刃さんはどうにかして藤見の前から逃げ出し、月夜城を監視していた『AliveOut』のメンバーの協力を得てルナムーン神殿に転がり込んだと言う訳だ。
俺達がルナムーン神殿に来たことを知っても、自分の失策から会わせる顔が無かったらしい。それでも何時までも黙って隠れているわけにもいかず、こうして再会を果たした訳だが、美刃さんの心は浮かなかったようだ。
「・・・ん、ゴメン」
「謝らないで、美刃さん。少なくともまだ全部の欠片が奪われたわけじゃないわ」
「そうなると、いよいよ鈴鹿の中の欠片が重要になって来るな。現状こちらに存在する唯一の欠片だからな」
アッシュの言う通り藤見側には既に6つの秘宝の欠片が揃っていることになるからな。
そう考えると不用意にケイジと『契約』を結んだのが響いてくるなぁ。
あれが無ければ俺が月曜都市に乗り込むようなことも無かったわけだし。
最悪、俺はケイジから遠ざけて欠片を奪われないように逃げ回る手段もあったのだ。
「だけどこうなるとヴァイの打った手がここに来て効いているわね」
「だろ? 七王神の力を他者に移す。上手く八天創造神の目を逸らして狙いを俺に集中させたぜ。
苦労してセントラル遺跡の魔術師協会資料庫から情報を探った甲斐があったってなもんだ」
「確かに。あれが無ければ水無月芙美に欠片を奪われ、それをThe Devilに奪われてた訳だからな」
「わたしとしては鈴鹿に力を与えて神秘界を生き抜くのに助けになったのもあるけどね」
だがどうやら親父達は俺の失策は十分回避できる内容だったみたいで、ヴァイさんの秘策が効いていたことの方が重要だったみたいだ。
「美刃さん、大丈夫。まだ挽回できる範囲よ。それに美刃さんが戦力に加われば鬼に金棒よ」
「鈴鹿が鬼で美刃が金棒か? 上手い事言うな」
場を和ませるためか、ヴァイさんが冗談交じりに揶揄するが、どうやら事態は思ったよりも深刻だったらしい。
美刃さんが首を横に振る。
「・・・ん、さっきも言ったけど、私の戦闘力はまだ『契約』中なの。だから今は力になれないの。ごめんなさい」
「うーむ、ラヴィから聞いていたけど、思ったよりもケイジの能力が厄介ね。後でその『契約』の内容を教えて頂戴。無いようによっては抜け道もあるかもしれないし」
「ケイジの撃破、もしくは『契約』の破棄。どちらかが成れば美刃さんの復活になるから連れて行かない手は無いよな」
美刃さんが戦力にならなくても親父とアッシュは冷静に分析し、それにトリニティも加わって明日の作戦の再構築をしていた。
「ん、後もう1つ、フェンリル達に言っておくことがある」
詳しい作戦は会議室でと言う事で、その場に向かおうとした親父達を美刃さんが引き留めた。
その表情はさっきまでの失策を気にしている表情とは違い、より深刻な眼差しをしていた。
「・・・ん、謎のジジイは彼よ。失われし8人目の勇者」
その言葉に親父達3人の表情が一斉に驚愕に染まる。
特に親父の動揺は酷く、力なくその場にへたり込むほどだった。
「・・・まさか、生きて、たの・・・?」
親父達は天地人にしてはあまりにも現実世界の事に詳しい事から謎のジジイの正体が異世界人ではないかと疑っていたが、この様子を見るにどうやら知り合いみたいだな。それも親父が動揺するほどの。
あまりの動揺にこの後するはずだった作戦会議を明日の朝にすることにし、この場は一端解散となった。
「なんか、謎のジジイっておじさん達にとってどんな人なのかな? あれだけ動揺しているおじさん初めて見た」
「ああ、俺も初めて見たな。どうやらただ者じゃないみたいだ。流石に名前の通り謎のジジイだよ」
俺と唯姫は親父達の様子に気を抜かれ談話室でへたり込んでいた。
「でも、あの様子じゃお爺ちゃんの正体も分かったみたいだし、何か進展があるんじゃないのかな?」
「それを俺達に教えてくれるかも微妙なところだな」
トリニティは元気づけようとしてくれるが、親父達のあの様子じゃ何処まで話してくれるもんだか。
話の流れからAngel Inプレイヤーだと分かるが・・・8人目の勇者。これが何を指すのか、今の俺達には分からない。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
次の日の朝、親父とアッシュとトリニティは昨日の作戦の再構築の為に話し合いをしていた。
作戦の要であるケイジの情報を再確認する為にも美刃さんとラヴィも加わる。
親父の様子を見るにどうやら一晩経って気持ちが落ち着いたみたいだ。昨日の動揺が消えていたのが分かる。
残った突入メンバーは準備を整え体をほぐしていた。
と、そこへクランメンバーの1人が慌てて俺達の元へと駆け寄ってきた。
何事かと聞けば月夜神軍の1人がルナムーン神殿の前にたった1人で現れディープブルー――唯姫に会わせてくれと言ってきてるそうだ。
「はぁ? たった1人で? しかも唯姫を出せ、だと? 何者だ、そいつ」
そして出てきたのはこんなところで聞くには意外な名前だった。
天と地を支える世界では破壊神と呼ばれ、今、神秘界では月夜神軍に所属している魔法剣士――シヴァ。
あのいけ好かないキザメンが再び俺達の前に現れたのだ。
次回更新は2/25になります。




