58.愚者とレベルと怒鬼
「それじゃあ私は幼馴染ちゃんの治療をするから、自動義肢の方は任せたわよ」
そう言ってラヴィは唯姫のベッドに座り手を翳して治療を始めた。
ラヴィが俺達に手を貸すのは俺と唯姫との恋バナを聞きたいからと言う理由だ。
何処まで本当か分からないが、今はラヴィの神秘界の騎士としての力を頼るしかない。
流石にこの状態の唯姫を俺だけで心の傷を癒すのは並大抵の事じゃいかないし、それに時間も無い。
悔しいが唯姫の事はラヴィに任せ、俺は俺の出来ることをやるだけだ。
俺達は唯姫をラヴィに任せて部屋を出て宝物庫を守る神秘界の騎士のThe Foolを倒す準備を始めることにする。
「The Foolの攻略メンバーは?」
まさか流石に俺とトリニティの2人だけで挑めとは言わないだろう。
俺は他に挑むメンバーをレイダに聞く。
「『AliveOut』からは4人だな。魔導戦士の俺と武棍闘士のトーキ、魔術師のザウザー、狩人のユリア、そこへ鈴鹿とトリニティの2人が加わって6人で挑むことになる」
ふむ、前衛3、後衛2、遊撃1ってところか。
俺とレイダとトーキの3人で前面を抑え、ザウザーとユリアが後方から攻撃。
トリニティは盗賊の能力を生かし、援護等で隙を作る攻撃をすると。
「それで、The Foolの情報は何か掴んではいないのか?」
「白土城を制圧する時に宝物庫で鉢合わせしたメンバーが居るが、詳しい事までは分かってはいないな。
残党の白土神軍は兎も角、神秘界の騎士と接触したら直ぐに引く様に命じていたからな」
「事前情報は無し、か」
「ただ、僅かに接触したメンバーの証言では急に力が抜けた感じがしたって言っていたな。
まぁだからこそ直ぐに離脱した訳だが」
どんな些細な情報でも惜しいから有りがたい。
とは言え、これだけで対策を練るのは流石に難しいものがあるな。
「それってThe Foolは追いかけてこなかったの?」
追撃なく離脱できたのが不思議だったのかトリニティがその事を訊ねる。
「ああ、奴は宝物庫の番人よろしくその場から動かないいみたいだ」
その場から動けない制限を掛けられているのか、ただ単純に番人だから宝物庫から離れないだけなのか。
いや、寧ろその離れられない状況を利用すればThe Foolの対策は出来るか?
遠距離からの一方的な攻撃が出来ればこっちの被害が最小限で済む。力が抜けた感じがしたって言うのも近づかなければ効果は無いだろうし。
まぁ、そう簡単にはいかないだろうけど。
そんな簡単な打ち合わせをしながらThe Foolとの攻略メンバーと合流すべくレイダに案内されある部屋へと辿り着く。
部屋の中には棍を持った細身ながらがっしりた男とゆったりとしたローブを着た杖を持った男、そして弓と矢筒を背負ったユリアが居た。
棍を持った男はトーキで杖を持った男はザウザーだろう。
「みんな待たせた。今回The Foolを一緒に攻略する鈴鹿とトリニティだ。
この2人の実力はまず間違いなく攻略班に匹敵するほどの実力だと俺が保証する」
あれ? 俺はレイダの前で実力を見せたことがあったっけ?
もしかして唯姫を助けた時になったと言う鬼獣を基準にしているんだったら拙いな。
あれが標準だと勘違いされると変な期待をさせてしまうし、自分の意思で自在になれるわけでもない。
と言うか、俺が鬼になったと言う記憶すらないから実感すらわかないんだが。
「大丈夫よ。鈴鹿が気を失っている間あたしがレイダと手合せをしているから。それであたし達をThe Foolの攻略に加えたのよ」
俺の心配を察したのか、トリニティがそんなことを言ってきた。
「待て。俺が気を失っている間って・・・もしかして俺、かなり寝込んでいた?」
「ええ、大暴れした後3日も眠ってたわ。おそらくだけどあの鬼獣になった事で限界を超えてまで動いた影響だと思うわ」
あー、確かに怒りに身を任せ、力のあらん限り暴れまくればそうなるか。
そうして俺が寝込んでいる3日の間にも白土城の制圧やら凌辱された女性たちの保護やらの後始末をしていたわけだ。
そんな中でトリニティはレイダと交渉し、The Loversに力を借りて唯姫や被害女性のケアや宝物庫の自動義肢を譲り受けることを提案したらしい。
「あんたが鈴鹿か。The Foolの攻略には期待しているぜ。
俺も鈴鹿と同じ異世界人だ。よろしくな」
「ふむ、儂が魔法を放つまでの壁となって貰えればなにも文句は言わんよ」
同じ異世界人のトーキは社交的で積極的に俺達とのコミュニケーションを取ろうと挨拶をしてくる。
逆にザウザーは10代でありながら何故か自分を儂と言い、俺達を肉壁程度にしか見ていないみたいだ。
そしてユリアは今にも倒れそうに顔を青褪めて振るえる体で立っていた。
「大丈夫か? 随分と顔色が悪いみたいだが・・・」
「・・・うん、あたし、捕まった救出班や他の人たちがあんな目に遭ってるの知らなくて・・・」
ああ、あの光景を目の当たりにして気分を悪くしたって訳か。
いや、気分を悪くしたどころじゃないな。同じ女性として唯姫や被害女性たちの身に起こったことが随分とショックだったのだろう。
「そんな状態でThe Foolの攻略に挑むのは危険だな。ユリアは残った方が・・・」
「待って。あたしやるわよ。確かにショックだったけど、だからと言って何もしないのは嫌なの。
みんなが酷い目に遭っているのにあたしだけが安全な場所で知らずにのうのうと生きていた・・・そんな自分が一番許せないの。
だから皆の力になる為にあたしもやるわ」
いや、それはユリアが責任を感じる必要はないだろう。
自分だけと言う後ろめたさなのか、何もできなかった無力感を拭い去る為なのかは分からないが、どうしてもユリアはThe Foolの攻略に参加するつもりみたいだ。
「と言う訳だ。この中じゃ一番実力が低いが、貴重な遠距離攻撃者だし、何より本人の意思を尊重したくてね。
体調不良は少し目を瞑って貰えれば助かるよ」
そう言ってレイダがフォローを入れる。
「・・・分かった。だけど少しでも戦闘に影響があるようなら下がってもらうからな」
「うん。大丈夫。戦闘が始まれば嫌でも集中するから」
まぁ、少なくとも土曜都市に来るまでの行程でもユリアは戦闘になると集中力を増すから大丈夫ではあるだろう。
狩人でもあるせいか、弓を射る時の集中力は目を見張るものがあるからな。
「よし、じゃあ対The Foolの作戦会議を始めるぞ」
先程レイダから聞いた僅かな情報を元に、宝物庫の簡易見取り図で配置を決め、互いの戦力を考慮しながら幾つもの作戦を決めていく。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
白土城の地下に設置された宝物庫。
幾つもの部屋に分れており、そこに分別された財宝やらマジックアイテムやらが置かれている。
そして各部屋に通じる為の一番最初の部屋に門番としてThe Foolが侵入者を阻む。
一番最初の部屋は四方20m位の大きさの部屋で、侵入者を撃退する為に戦闘を考慮した作りになっていると言う。
「いや、そこは侵入し辛くするために入り口や部屋を小さくするもんじゃねぇの?」
「どうも土曜創造神は何時何処から侵入されるのか分からないのより、敢えて戦闘目的の部屋を作ることで侵入者を集める事を目的としてこの部屋を作ったらしい」
あー、敢えて誘い込んで叩くつもりだって訳か。
「少なくともこれまではその目的を果たしているらしいぜ。
何せ土曜創造神の命令以外に強奪目的で宝物庫に侵入して出て来れた奴はいないって話だからな」
そう言うのはトーキだ。
トーキは古参の異世界人の一人で、既に神秘界に来て1年を超えているらしい。
既に現実世界に帰ることは諦めて今は1人でも多くの異世界人を現実世界に戻す為『AliveOut』に力を貸している。
その1年の神秘界生活の中で集めた情報によると白土城にある宝物庫に侵入して戻って来た者は居ないのだとか。
土曜創造神はかなりの強欲者で、自分の集めた財宝等を奪われない様にとわざわざ神秘界の騎士の1人を門番にしたと言う事だ。
「The Fool・・・愚者って言うくらいだからそれほど強いとは思えないんだけどな」
名前から分かる通り、神秘界の騎士はタロットカードをモチーフにしており、22人の神秘界の騎士が居る。
0:The Fool(愚者)
1:The Magician(魔術師)
2:The High Priestess(女皇帝) 【攻略済み】
3:The Empress(女帝)
4:The Emperor(皇帝) 【攻略済み】
5:The Hierophant(教皇) 【攻略済み】
6:The Lovers(恋人達)
7:The Chariot(戦車)
8:Strength(力) 【攻略済み】
9:The Hermit(隠者)
10:Wheel of Fortune(運命の輪)
11:Justice(正義)
12:The Hanged Man(吊るされた男) 【攻略済み】
13:Death(死神)
14:Temperance(節制) 【攻略済み】
15:The Devil(悪魔)
16:The Tower(塔)
17:The Star(星)
18:The Moon(月)
19:The Sun(太陽)
20:Judgement(審判)
21:The World(世界)
中には既に攻略班に倒されてしまった神秘界の騎士や、ラヴィのように八天創造神に組せず自由に行動している神秘界の騎士も居るとの事だ。
で、これから俺達が攻略する神秘界の騎士なんだが・・・愚者って強者のイメージが湧かないんだが?
「神秘界の騎士の名前は異世界の占いカードから来ていると言う話だが、必ずしともそのカードの意味通りだとは限らないぞ。
もしくは強さとは別の特殊能力を秘めている可能性もある。
油断していると足元を掬われると思うぞ、儂は」
「油断している訳じゃないが、確かにその通りだな。何かしらの特殊能力を兼ね備えていると見て間違いないか」
ザウザーの言う通りだな。
緊急避難口の鍵を守るようにArcadia社の幹部に命じられた奴らだ。
ただの強さだけで守らせているとは思えない。
それにJ○J○第3部じゃないが、後半になると単純な力じゃなく特殊能力を兼ね備えたスタ○ドばかり出て来たからな。
タロットカードをモチーフにしたのならそれなりに特殊能力を持っているだろう。
「じゃあ、近づいたら力が抜ける感じがしたってのもその特殊能力の可能性があるのかな?」
「多分ね。と言うか、それしかないでしょう。
さっき作戦会議で鈴鹿が話していた弱体化フィールド。それがThe Foolの持つ特殊能力だと思うわ」
ユリアの疑問にトリニティが代わりに答える。
力が抜ける感じと言うのからピンと来たのが良く漫画とかである弱体化によるものじゃないかと思ったのだ。
最初は宝物庫の部屋そのものに設置された機能かと思ったが、神秘界の騎士の特殊能力と思えば納得がいく。
一応攻略方法も2・3考えてはいるんだが、何処まで通じるのか。
「お喋りはそこまでだ。この扉の向こうが宝物庫の入り口で、The Foolが待ち構えている。
準備はいいか? 最初はプランAで行く。ザウザー、ユリア、お前たちがメインだ。頼むぞ」
レイダの合図とともに俺達は意識を戦闘に移行し、攻撃態勢を整える。
警戒しながら扉を開けて中を覗き込むと事前の情報と通り広い部屋に1人だけ佇んでいる男が居た。
一般人の格好をした何処にでもいる様な冴えない普通の男だ。但し門番の為か、手には槍を持っていた。
あれがThe Foolか。
「だだ誰なんだな!? こここは白土様の宝物庫なんだな。はは白土様の許可が無ければ入れないんだな」
白土って土曜創造神の事か?
こいつ土曜創造神が死んだの知らないのか。
・・・いや待てよ。これはチャンスじゃないのか?
見たところこのThe Foolは頭がよくなさそうだ。
同じことを考えたのかレイダがThe Foolと交渉に入る。
「いや、白土様から許可は貰っている。俺達は白土様に頼まれて宝物庫の中のアイテムを取りに来たんだ」
「うう嘘なんだな。いい以前にもそうやってボボボクを騙したんだな。
ここここに来るのは白土様以外ありえないんだな。だだだからお前たちはしし侵入者なんだな!」
ちぃ! 以前にも同じ手を使った奴が居たのか。
仕方ない。上手く騙し通れれば儲けもんだっただけで、ここからは予定通りプランAで作戦開始だ。
俺達はまずThe Foolから距離を取る。
レイダが最前で接近を阻み、魔法を使える俺とトーキとザウザー、弓の攻撃のユリアがその後ろに並ぶ。
トリニティは予定通り遊撃として攻撃・援護等を状況に応じて行う。
複数のギミックを盛り込んだ蛇腹剣があればまた違ったのだろうが、あれはグルネルトヴォルフに襲われた時崖に置き去りにしてしまっているからな。
何のつもりか攻撃に晒されようとしている今でもThe Foolはその場を動かずただ黙って槍を携え佇んでいる。
俺達はそれを目がけてそれぞれ魔法や矢を射る。
「アイスブリット!」
「ブリッツスパーク!」
「レーザーキャノン!」
「トリプルショット!」
俺が氷属性魔法を、トーキが雷属性魔法を、ザウザーが光属性魔法を、ユリアは弓戦技で3連射する。
俺とトーキは元々前衛だから使い勝手のいい初期魔法を好んで使うが、専門であるザウザーは見た目も派手、威力も兼ね備えた光属性魔法のレーザー照射を行う。
4人から放たれた魔法・矢は今にもThe Foolに襲い掛からんとしたが、攻撃が届く直前に威力を失いそのまま消失した。
ユリアの放った弓も届く直前に力なく床に落ちる。
「なっ・・・!」
流石にこれには驚いた。
「むむ無駄なんだな。ボボボクのこのレベルダウンフィールドはああありとあらゆる力を下げるエリアなんだな。
レレレベルって概念はこの世界には無いけど、ここ攻撃のレベルを下げる能力なんだな。
まま魔法のエネルギーも弓矢もおお同じく力を下げて効果が無くなるんだな」
なん・・・だと・・・!?
弱体化フィールドまでは予想していた。
だがそれが魔法や物理エネルギーを奪うレベルダウンフィールドだと。
「ちぃ! プランDに移行だ!」
The Foolが宝物庫から出てこないと言うのも含めた幾つもの作戦は大体が遠距攻撃を基本としている。
それが通じないとなると、後は接近戦しかない。
プランDは遠距離攻撃が聞かなかった場合の接近戦だ。
弱体化するのならブーストした状態で攻めると言うシンプルな作戦になる。
シンプルではあるが最も効果的なはずだ。
ただ、どれくらい弱体化するか分からないのでブーストが持つかどうかと言う不安点もあるので出来れば遠距離だけで決めたかったのだ。
「エンチャントフィフスブースト!」
今まで天と地を支える世界を旅して気が付かなかったのだが、実は身体強化系魔法は100年前の大災害以降遺失してしまっていると言う。
極僅かな者だけに受け継がれ、身体強化魔法を使える者は諸手を上げてパーティー加入を悦ばれると言うらしい。
ザウザーはその身体強化魔法の使い手だ。しかも複数同時に他人に付与する魔法まで使うと言う、優れた魔導師だった。
そりゃあ確かに態度が尊大になるのも頷ける。
後は接近戦能力のないザウザーとユリアの2人は後方で待機だ。
ザウザーの力・器用さ・速度・頑丈さ・知性の5つの身体強化を受けた俺達はそのまま余裕ぶっているThe Foolへと突撃をかます。
「むむ無駄なんだな。ボボボクのレベルダウンフィールドはボボボクに近づけば近づくほど強力になるんだな」
確かに一歩一歩近づくごとに体に重みが増してくる。
これまで出来ていた動きが出来なくなることによって、これまでの感覚に体が追いついてこないのだ。
ザウザーが掛けた身体強化もThe Foolに接触する頃にはほとんど効果が無くほぼ素人同然の動きだった。
俺達3人の攻撃を余裕で受け流すThe Fool。
The Foolも決して悪くは無いが、普段の俺達だったら当てられる動きだ。
思うように動かない体を必死に動かしながら各々の武器を振るう。
だが俺は知っている。
そう、この感覚を知っていた。
ここまで極端ではなかったが、長時間ダイブした後のAlive In World Onlineをログアウトした時の状態と同じなのだ。
Alive In World Onlineに長時間ダイブすることによって鍛えられた体の感覚がログアウトした時の体と齟齬が生じ今のような体が付いてこない感覚に陥るのだ。
俺はそれをログアウト毎に疾風迅雷流道場で体を鍛え直し感覚を合わせていた。
要はそれと同じことをすればいいのだ。
余裕ぶって俺達を攻撃してこずに躱し続けているThe Foolにユニコハルコンを振るう。
本来の体の感覚を今の体の動きを再び覚えさせる。
そうして次第に今の体に本来の体の感覚を馴染ませる。
「なな何なんだな!? レレレベルダウンフィールドに居るのになな何で弱くならないんだな!?」
不思議な事に、俺はThe Foolのレベルダウンフィールドに居ながらユニコハルコンを振るうたびに強さを取り戻していたのだ。
【ほう、やるではないか、主よ】
「そりゃどうーも!」
動揺しているThe Foolの隙をついてトリニティが死角から投げナイフで攻撃する。
勿論投げナイフはレベルダウンフィールドでThe Foolに届かずに床に落ちるが、動揺していたThe Foolは間近に迫ったナイフにビビり意識がそちらへ向く。
意識が外に向かったタイミングで3人同時攻撃を行う。
レイダとトーキの攻撃は囮で、本命は俺の攻撃だ。
慌てたThe Foolはレイダの剣を槍で弾くもトーキの棍がThe Foolの体を穿つ。
体をくの時にして膝をつくThe Fool目がけてユニコハルコンを振り下ろそうとするも、直前までThe Foolを攻撃していたトーキが土下座に近い状態で膝をついていた。
俺は嫌な予感がして攻撃を止めてすぐさまThe Foolから距離を取った。
すると俺が居た場所にThe Foolが手を伸ばしていた。
「かか勘がいいんだな。もももう少し遅ければこいつみたいになってたんだな」
「てめぇ、何をしやがった」
「レレレベルドレインなんだな。けけ経験やちち力を奪う能力でもいいんだな
レレレベルを奪って少しの間、じじ自分の力にする能力なんだな」
おいおい、まさか更に上の能力を隠し持っていたのかよ。
いざと言う時に備え能力を隠していたとか愚者の癖に頭が回りやがる。
トーキはレベルドレインとレベルダウンフィールドの二重効果で殆んど身動きが取れない状態で這いつくばっていた。
The Foolは更にレベルドレインをしようとトーキに手を伸ばす。
させるかよ!
流石にその状態での更なるレベルドレインを行えばトーキの身が危ぶまれるのでそれを阻止すべく俺はThe Foolに駆け寄る。
同時にレイダも走り出す。
さっきと同じくThe Foolの意識を左右に散らす囮作戦だ。
特に合図を決めてないが、それでもほぼタイミングを合わせられるレイダはかなりのやり手だな。
案の定、さっきと同じく先にトーキに手を出すか、迫りくる俺達を相手するのかで戸惑い慌てふためくThe Fool。
ただ、さっきと違うのはトーキのレベルを吸い取って身体能力を上げたThe Foolの動きが上がった事だ。
俺の放つ一撃を余裕を持って受け止め、逆に力を利用され押し返された。
予想外の反撃に俺はバランスを崩す。
チャンスだとばかりにThe Foolは俺に手を伸ばし力を奪い取ろうとするも、俺はバランスを崩した力を利用して後退しThe Foolの魔の手から逃れる。
その隙にレイダがトーキを引きずってレベルダウンフィールドの範囲から逃れた。
レベルドレインはされたものの、トーキはフィールドから逃れたことによって何とか自力で起き上がることが出来た。
だが、トーキは脱落だ。
今の状態のトーキがレベルダウンフィールドに突っ込めばさっきと同じように立つことすらままならぬほどの弱体化を喰らう事になるからだ。
遠距離も駄目、近距離も駄目、終いには2種類の弱体化効果が俺達を襲う。
そんなThe Foolにまともに対抗できるのは俺だけと言う状態だ。
これは流石にヤバいか・・・?
The Foolは宝物庫から出ないと言う事なのでこのまま一時撤退は可能だ。
唯姫を助ける手段が遠のくのは血反吐が出るほど悔しいが、このままでは全滅するだろうから今は撤退するのが正しい選択だろう。
今度はThe Foolの手の内が分かっているので作戦を練り直して対抗手段を講じることも出来る。
レイダもそのつもりか、俺に目線で合図し撤退を勧めてくる。
仕方なしにそれに従おうと牽制しながらじりじりと後退を進めていたが、奴の放った一言が俺に冷静な判断を失わせる。
「いいいい加減に諦めるんだな。ボボボクは白土様から宝物庫を守った褒美を頂いてにに肉奴隷と遊ぶんだな。
あああの肉達磨になった青い髪のでーぷぶるーって子をおもちゃにするんだな。
だだだから邪魔しないで欲しいんだな」
・・・・・・・・・・・・・・・あ゛? この愚か者今なんつった?
誰をおもちゃにする、だって?
そうかそうか、てめぇも唯姫の敵かっっっ!!!!
「ぶっっっっっ殺す!!!!!!!!!!」
この時の俺はレベルドレインや一時撤退や宝物庫の自動義肢の事は頭から吹っ飛んでいた。
「ちょっ!? 鈴鹿、待って! 落ち着いて!」
勿論、トリニティの叫び声も耳に入らない。
俺の怒りに応じて肉体が変化していくのが分かる。
筋肉が大きく膨れ上がり、それでも俊敏性は衰えず四肢は野生の獣のように地を駆る。
髪は全身覆うくらい伸び、額には大きく歪んだ2本の角が生え、咢は獣のそれと化す。
オレは体の変化に戸惑いを覚えるどころか目の前の獲物を嬲る力が溢れ出ることに悦び、ユニコハルコンを捨てて嬉々として襲い掛かった。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
「ななななななな何なんだな、それはっ!? レレレレレベルダウンフィールドが効かないんだなっ!?」
必死に槍を振り回すThe Foolの攻撃が理性を失ったオレにあっさりと突き刺さる。
動きが一瞬にぶったその隙をついてThe Foolはオレの体に手を添えてレベルドレインを敢行する。
「ととと取ったんだな! レレレレベルドレインでおおおお前の力を奪うんだな!
ボボボボクはこれでお前より強くなったんだな!」
確かにレベルドレインされたオレの体は徐々に力を失う。
だがそんなのは関係ない。
レベルが奪われたのならレベルを増やせばいい。奪うよりもより多くより早く。
沸々とマグマのように体の奥底から湧き出る怒りが目の前の獲物を食い殺せと叫ぶ。
「ななな何なんだな!? レレレレレベルを奪い取ったのにななななんで弱くならないんだな!? ここここうなったら一気にドレインしてししし死なせるんだ・・・・ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!???
ボボボボボボボクの腕が喰われ・・・っ!? ギャギャガ・・・っ!? やややややややややめめめめめめるるんんだ・・・だ・だ・だ・・・・っ!!!!!」
ゴリッバギッガリッガギッ!!!
未だに何かを喚いているThe Foolをオレは獣の咢となったそれで容赦なく噛み砕いて行く。
腕・脚・肩・腹・胸。そして頭。
残った残骸をそこら辺に打ち捨てる。
咀嚼していた肉を吐き捨てる。
不味い。
次の獲物はどれだ。
剣を持った男か? それとも膝をついて蹲っている男か?
ああ、後ろで控えている女も居るな。その隣の男は拙そうだ。
そうだ。まずは剣を持った男から食い殺そう。
そいつは油断ならない奴だったはずだ。
ゆらりと体を起こし一足に飛びか掛かろうと脚に力を込める。
その瞬間、目の前に星が飛び散った。
何事かと思えば目の前に女が飛び込みオレに平手打ちをしていた。
何かを喚いていた。
「目を覚ましなさいよ、この馬鹿!!」
あ? 何だこの煩い女は。ああ、邪魔だ、コイツも食い殺そう。
オレは爪で引き裂こうと腕を振り上げる。
「鈴鹿、お座りっ!!! アイさんに言いつけるわよっ!!!」
ビクッ! スタンッ!
トリニティの声に俺は思わずその場に正座する。
え? ちょっ、まっ、それは勘弁してくれ!
あの人に叱られるのって色々ヤバい気がするんだが!
って、あれ・・・? トリニティ・・・?
俺は何を・・・
「って、なんじゃこりゃぁ――――――!?」
今更になって俺の姿が鬼獣になっていることに気が付いた。
「目を覚ましたんだね。
・・・分かってはいたけど、鈴鹿のこの力、当てにするのは良くないわね・・・
とは言え、The Foolを倒せたのは良かったわ」
トリニティは俺が起こした惨状を目の当たりにしてため息をつきながらもThe Foolを討伐したことに安堵していた。
俺も最早肉の残骸と成り果てたThe Foolを見て自分が起こした惨状に驚愕する。
これを俺がやったのか・・・?
周りを見ればレイダ達が青褪めた顔で俺の様子を伺っていた。
おそらくこれを招いた俺が恐ろしく、またいつ俺の理性が飛んで暴れるかと不安なんだろう。
「まさか結局プランZを使う事になるとは・・・
分かっちゃいたが、こうして再び目の当たりにしても目を疑うような惨状だな」
プランZとは俺が鬼獣と化してThe Foolを倒す計画だ。
無論、俺が鬼獣に自在になれないのと、コントロールする術が無いから没計画となっていたプランだ。
尤も、あくまで可能性として考慮していたプランなのは間違いないが。
レイダも分かってはいたのだろうが、俺のこの姿を見て恐れ慄いているのがありありと分かる。
しかしよく見ればこの惨状に一番青褪めているのはトーキとザウザーの2人だけだ。
レイダは畏れてはいるが冷静に俺を観察して状況を判断している。
ユリアも気分は悪そうにしているが、トーキ達ほど動揺はしていない。
ああ、そうか。2人は既にこれを経験しているのか。
それもこれなんか目じゃないくらいの大量殺人の現場を。
・・・そう考えればトリニティは冷静過ぎるな。トリニティってここまで心が強かったっけ・・・?
俺達の無茶な旅がそうさせたのか、はたまた元々トリニティの持っていた気性が為せる技なのか・・・
そこで俺はふと気が付いた。
一度目の『暴走』はあの場に居た者を皆殺しにした。
が、あくまで加害者であった野郎共だけであって、被害者の女性には手を掛けていなかったと聞く。
もしかしたら暴走しながらもまだ理性が残っていたのかもしれない。
けど二度目の今の『暴走』は明らかにトリニティ達まで手を掛けようとしていた。
目の前に映る者が全て敵に見えたのだ。
もしかして『暴走』するたびに魂まで鬼獣化している・・・?
その事実に俺は戦慄する。
今回は何故かトリニティの言葉によって理性を取り戻せたが、次は完全に魂が鬼獣に飲み込まれ元に戻れないかもしれない。
このままでは確実に俺と言う存在が削られていくように感じた。
俺は強く決意する。『暴走』を理性で抑えようとすること自体間違っているのかもしれないが、この鬼獣をコントロールする術を身に付けなければと。
気が付けば俺の鬼獣化は次第に鳴りを潜め徐々に人間の姿に戻っていた。
トリニティは俺が落ち着いたのを見て声を掛けてくる。
「鈴鹿、反省は後にして、宝物庫が解放されたからまずは自動義肢を取りに行くわよ」
「お、おう」
そうだな。反省は後にして、今は唯姫を助けるために動かないと。
ストックが切れました。
暫く充電期間に入ります。
・・・now saving




