13.ミノタウロスと迷宮の使徒と覚醒
「美刃さん!」
俺の合図とともに美刃さんが『宝石の使徒』の分体――金髪の美女へと向かう。
一瞬で間合いに入った美刃さんに対し、金髪は腰に下げた剣を向けてくる。
美刃さんもそれに応えるように刀を振り、金髪の剣を弾く。
美刃さんと金髪はお互い剣を打ち合いながら、金髪は魔法を放ち美刃さんはそれを刀で打ち払い、美刃さんが刀戦技を放てば金髪が緑髪の分体の特殊能力の「Weapon Change」を使って捌ききる。
それが目に止まらぬ速度で繰り広げられているのだ。
最早そこだけがまるで別世界の様な戦いだ。
俺は美刃さんが抜けた穴を埋めるべくトリニティを相手している青髪に向かった。
青髪は右腕を失ってバランスを欠いているせいか、やや動きにラグがあった。
「一閃!」
とは言え、流石にスピード重視の分体だけあって簡単には当てることは出来ない。
刀戦技の一撃を放つもあっさりと躱されてしまう。
トリニティの援護を期待したいところだが、先ほどの無属性魔法の縄捕縛でロープを使ってしまったので青髪の動きを封じるのは難しいな。
「Forth Gear」
更に青髪のスピードが上がる。
殆んどトップギアになった青髪の速度に俺達は付いていけない。
だが躱せないわけじゃない。
最初はそのスピードに翻弄されていたが、よくよく観察してみれば攻撃事態は躱せないわけではない。
青髪のそのスピードは直線的なものだけで高速移動が故に方向転換が効かず、一度立ち止まらなければならないのだ。
なので、目が慣れてさえしまうと、そこから一直線に向かって来るので移動の動作を見逃さなければ何とか躱すことが可能だ。
現実世界で疾風迅雷流を唯姫の親父さんに習っていた時、奥義の瞬は移動速度を誇るが、それ故に制御が難しく下手をすれば自ら相手の攻撃に身を晒すので気を付けなければいけないと聞いたのを思い出していた。
それに気付いてから、俺とトリニティは向かって来る青髪を躱しながらその軌道上に武器を置くだけでダメージを与える。
幾つかダメージを与えたせいか、青髪の動きそのものに影響が出てきたのを俺達は見逃さなかった。
一直線のスピードは相変わらずだが、方向転換の際の着地にバランスを崩し始めたのだ。
「トリニティ!」
「分かっている!
―― 一点投射!!」
トリニティは複数の投げナイフを青髪の足目がけて投射する。
寸分違わず一か所に刺さった投げナイフにより青髪の動きが明らかに鈍った。
「剣姫一刀流・剣舞嵐刃!」
そこへ俺の剣姫一刀流の技を叩き込む。
字面だけで強そうに見えるが要はなんてことは無い、ただの回避ステップを織り交ぜながら剣を振るう剣舞だ。
これは剣姫二天流の基本攻撃と言われている剣舞を剣姫一刀流にアレンジしただけだ。
動きの立ち止まった青髪は俺の剣舞嵐刃を受けて、青色の宝石の欠片となって砕け散った。
「よし、これで3人!」
後は銀髪と紫髪を倒せば司令塔の金髪だけだ。
「トリニティはアイさんと連携して紫髪を頼む」
俺の指示に頷いてトリニティは紫髪の方へと向かう。
アイさんは1人で銀髪と紫髪を相手にしている。
銀髪には青色の剣の特殊能力を使って無数の氷の剣の雨を降らせその場に釘付けにし、紫髪には魔法を連発し迎撃していた。
俺の接近に気が付いたアイさんは氷の剣の雨を止めて、魔法を討ちながら紫髪の方へと駆け出した。
俺は疾風迅雷流の歩法で足場が悪い状態でも戦いが出来るように訓練していたので、氷の剣の雨で荒れてしまった地面でも問題なく駆け抜ける。
逆に銀髪の方は足場が悪くなった影響で思う様に動けないでいた。
俺はチャンスとばかりにユニコハルコンを振るうが、なんと銀髪は素手で俺の刀を受け止めていた。
ちょっ!? 防御主体と言ってもそれは無茶苦茶すぎるだろっ!?
返す刀で幾度も叩きつけるが、左右の手のみならずマテリアルプチシールドをも展開させて俺の攻撃全てが防がれてしまう。
あまりにも防御力が有り過ぎてしまい、俺は思わず攻撃の手を止め一旦距離を置いた。
「思った以上に厄介な防御力だな・・・だったらこれならどうだ!
――瞬刃!!」
青髪の時にも述べたが速さは攻撃力に直結する。
俺はその瞬刃の速度を以って銀髪の防御力を上回ろうと目論んだ。
――ガキンッ!
銀髪は咄嗟に両腕をクロスして瞬陣を防ぐ。
その腕には僅かながらの傷がついたのみ。
どんだけ硬ぇんだよっ!?
ならばと、今度は氷の弾丸の呪文を唱え魔法剣をぶち当てる。
「アイスブリットスラッシュ!」
だが銀髪はそれすらも難なく素手で受け止めた。
手のひらには僅かながら弾丸の跡で抉れているのが見えた。
くそっ、これも駄目か。
・・・いや、まてよ。僅かでも傷が付くんだったらそこに集中してぶち破ればいいんじゃないか?
水滴岩をも穿つ。と言った諺があるように一点に集中した攻撃は銀髪の防御を打ち砕くはずだ。
ならばやることはただ一つ。ひたすら魔法剣を連発するだけだ。
後は勝手に銀髪が素手で受け止めるので狙いを付ける必要は無い。
接近戦を挑めばプチシールドの防御も掻い潜れる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
バキィンッ――!
何度かの攻防の末、銀髪の両手はあっさりと砕け銀色の宝石の欠片が舞い散る。
俺はそのまま魔法剣を続けて放ち、両腕をも砕く。
後は止めと言わんばかりに魔法剣を込めた瞬刃を解き放つ。
「剣姫一刀流・瞬刃氷弾!」
瞬もどきで銀髪にユニコハルコンを叩きつけながら振り切る。
斬りつけと同時に氷の弾丸の魔法が発動し、見事に銀髪の体は砕け散った。
「よし! 4人目!」
紫髪の方を見ればアイさんとトリニティで倒していたところだった。
なら後は金髪を残すのみ。
そう思い美刃さんを相手にしている金髪に駆け寄ろうとしたが、金髪は両手を上げて降参のポーズを取っていた。
「降参です。
まさか分体を全て確固撃破してくるとは。その上美刃も加わった全員相手では流石に分が悪すぎます。
少々遺憾ですが、このエンジェルクエスト・Gemのクリアを認めましょう」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ぐっ・・・」
戦闘中はアドレナリンが分泌していたせいか、今になって肋骨の痛みを感じだしてきた。
俺は思わず胸を抑えて蹲ってしまった。
肋骨だけじゃない。鎧で覆われてない肌を晒しているところにも切り傷が目立っていた。
「鈴鹿くん!?」
「おい、大丈夫かよ!?」
アイさんとトリニティが心配そうに駆け寄ってくる。
大丈夫と言いたいところだが、見栄で胸を張ろうとしても激痛に顔が歪む。
よくもまぁこれほどまでの痛みを無視して戦えてたものだ。
「ええと、困ったわね。取り敢えずポーションを飲んでおいて体力を切らさないようにしないと」
アイさんはそう言ってポーションを取り出す。
あくまでポーションは体力回復だけのアイテムだからなぁ。怪我を治すことが出来るのは治癒魔法だけだ。
そしてこのメンバーの中には治癒魔法を使える人物はいない。
・・・今後の事を考えれば誰か治癒魔法を覚えた方がいいのか。
「特別サービスです。この後の事も考えれば全快状態の方がいいでしょう。
――ハイヒール」
『宝石の使徒』の金髪の分体がアフターサービスとばかりに治癒魔法を掛けてくれる。
上級回復魔法により肋骨の痛みはあっという間に消えた。
俺だけでなくアイさんや美刃さんやトリニティも治癒魔法を掛けてもらっていた。
もっともアイさんや美刃さんは俺達ほど大きな怪我はしていなかったが。
「幾ら集団分体とは言え、それ程の怪我で私たちを撃破するとは・・・少し貴方方を甘く見ていたのかもしれませんね」
「ん? 集団分体ってどういう事だ?」
「ええ、この『宝石の使徒』本体に挑む場合は分体を出すわけですが、集団で出すハンデとして性能が少し下げられているんです。
本来の地下迷宮で巡回している分体は1体だけだとこれ以上の性能を発揮します」
・・・マジかよ。
あれで性能を抑えられているのか。
「最も、そちらの美刃もそれなりに実力を抑えていたみたいですし」
思わず美刃さんを見てみるも、いつもの無表情から少しだけ笑った顔を見せていた。
「・・・ん、これは貴方達のクエスト。私は少しサポートしただけ」
ああ、まぁそう言われてしまえばそうなんだが。
流石にS級の実力を全開にすればあっという間に片が付くんだろうなぁ。
「とは言え、『宝石の使徒・Gem』をクリアしたことには変わりありません。
貴方方にGの使徒の証を授けましょう」
そう言って金髪は手をかざし光を放つ。
それに呼応して首に下げられていたネックレスの使徒の証が鈍く光る。
使徒の証を展開すると、Sの刻印と同様にGの刻印にも色が付いていた。
『始まりの使徒』によるとGの証にも特殊能力が備わっているはずだ。
そのことを金髪に聞くと驚いていた。
「そう、特殊スキルの事を知っているのですか。
・・・残念ですが私からは教えられません。どうしても知りたければ自分でいろいろ試してみる事です」
と、何故か特殊スキルの詳細の説明を拒否された。
まぁただ「私達分体の宝石を思い出してください」はヒントを貰ったが。
「さて、次は地下迷宮で『迷宮の使徒』か。美刃さん、案内頼むぜ」
「・・・ん、任せて。すぐそこだから」
・・・ん? すぐそこ?
そう言えば金髪も「この後の事を考えれば」って言っていたな。
思わず金髪を見るとやや呆れながらも答えてくれた。
「『迷宮の使徒・Labyrinth』ことミノタウロスは地下迷宮からの出入り口に守護者として常駐しているのですよ。
ここから地下迷宮へ潜る出入り口はありますが、当然そこにも『迷宮の使徒』が居ます。
しかもここの出入り口を守護しているミノタウロスは『迷宮の使徒』本体ですよ。
私に続いて『迷宮の使徒』本体との連続戦闘になるのです。アフターサービスくらいはしますよ」
えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ―――!!!?
聞いてないよ、美刃さん!?
あ、いや、ミノタウロスが地下迷宮の出入り口の門番をしているって言ってたけど!
『宝石の使徒』の本体のすぐそばに出入り口があるのと、そこに居るのが『迷宮の使徒』本体だって聞いてないぞ!
「・・・ん、言ってなかったっけ?」
美刃さんはいつもの無表情で何事もなかったかのように言ってくる。
・・・頼むぜ美刃さん。
「どうする、鈴鹿くん? このまま地下迷宮へ潜るか一旦近くの町まで戻って態勢を整えるか」
「あたしとしては一旦戻って休みたい。マジ連戦キツイよ。
おまけに『迷宮の使徒』の本体ともなればこれと同じくらいキツイんじゃねぇの?」
アイさんの提案にトリニティは休憩を進言してくる。
トリニティの言う通り連ちゃんで本体との戦闘はマジキツイだろう。
とは言え、一旦町まで戻るとなるとコバルトブルーか別の町だとしても休憩時間もいれると往復1日は掛かるか・・・?
「・・・ん、私は構わない。現実世界じゃまだGW中。時間なら余裕」
美刃さんもこのまま付いて来てくれると言ってくる
そうは言ってもこのまま美刃さんを長時間拘束するのもな・・・
俺は少し考慮して結論を出す。
「よし、このまま地下迷宮へ潜ろう」
「はぁぁぁ・・・鈴鹿ならそう言うと思ったよ。
どうせ1日でも早くユキを助けるんだとか言うんだろ?」
「鈴鹿くんがそう言うなら従うけど、いざとなったら逃げることも忘れないでね」
「・・・ん、了解」
当然トリニティは文句を言ってくる。
アイさんは基本俺の提案には反対はしない。
美刃さんは・・・よく分からんが、俺達の手伝いを善意で引き受けてくれているので長引かせない方向で問題は無いはず。
「それでは私はここで失礼させてもらいます。
・・・鈴鹿、アイ、トリニティ、もし何か困りごとがあれば何時でも訪ねて来て下さい。私で力になれることがあれば何時でも力を貸します」
「・・・ん、訳すと地上の本体は暇だから話し相手になってと言っている」
「ちょっ! 美刃、で・出鱈目な事を言わないでください!」
あー、確かにここに『宝石の使徒』の本体があるって知ってる人は居ないだろうなぁ。
そうなれば本体は基本暇なわけだ。なまじ人格があるだけにそりゃあ話し相手も欲しくなるわ。
『宝石の使徒』の金髪の分体は美刃さんに文句を言いながらそのまま本体のロック鉱岩石に吸い込まれるようにして消えた。
そして俺達はそのまま地下迷宮へと降りる入り口に向かう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
スノウと美刃さんの騎獣のスレイプニルは地上でお留守番。
俺達はスノウたちに大人しくロック鉱岩石の所で待っているように指示し、少し離れたところにある大岩に辿り着く。
ロック鉱岩石と比べるのもおかしいが、この大岩も3m大とかなりの大きさだ。
その大岩に向かって美刃さんが何やら呪文らしきものを唱える。
地下迷宮に降りるときに隠された入口である大岩に唱えた呪文と同じだ。
よくよく話を聞けばこの地下迷宮に潜るにはそれ相応の実力が必要なため、冒険者ギルドでは潜れるランクになるまで地下迷宮への入り口解放の呪文は秘匿されているらしい。
同様に本来なら地下都市への入り口の呪文も同様にセントラル遺跡へ探索できるレベルになるまで教えられていないのだとか。
まぁ、アイさんが地下都市への入り口の呪文を何で知っていたのかは今さらだな。
美刃さんの唱えた呪文により大岩に扉が現れ俺達は地下へと降りていく。
暫く階段を下りていくと再び目の前に大きな扉が見えてきた。
「・・・ん、この先の部屋が地下迷宮を守護するミノタウロス――『迷宮の使徒・Labyrinth』本体が居る部屋。
・・・覚悟はいい?」
俺達は頷き、美刃さんは扉に手を掛ける。
まぁ、トリニティが若干不満そうな顔をしていたが。
扉を潜るとそこは体育館ほどの広さがある部屋だった。
そしてその中央には頭から角が生え筋骨隆々とした大男が鎮座していた。
あれが『迷宮の使徒』本体だろう。
よく見ればその角は湾曲に上を向いているだけではなく、雄々しく流麗に後ろへと流れている。
その肌は赤銅色で、立ち上がった姿は3m程の巨体であり子供の胴体程あろうかという剛腕、ボディービルダー真っ青の分厚い胸板、そしてその上半身を支える逞しき下半身。
ぱっと見、某最後の幻想に出てくる炎の魔人にそっくりだ。
てか、まんま召喚獣そのものじゃねぇかっ!?
「なぁ、あれ、ミノタウロスって言っていいのか・・・?」
「うーん・・・確かにいろいろ著作権等に引っかかりそうな姿はしてるけど・・・ミノタウロスって言いきられちゃそうだとしか言えないわね」
「・・・ん、問題ない。あれはミノタウロス。
もっともあんな姿をしているのは本体だけ。分体は普通のミノタウロス」
現実世界の某ゲームを知る2人に尋ねるも、きっぱりとあれは牛の魔人だと言い切られてしまった。
つーか、召喚獣のミノタウロスは本体だけなのか。
・・・今さらながら分体の方が良さそうな気がしてきた。
「オ主タチハ『迷宮の使徒』ノ挑戦者カ。ナラバ我ヲ倒シテソノ力ヲ見セヨ」
『迷宮の使徒』はその手に持った巨大な戦斧を差し向け宣言してくる。
「倒してって、あんた『宝石の使徒』の本体だろ? 倒しちゃっていいのかよ」
「問題ナイ。我ガ倒レテモ代ワリノ分体ガ本体ニ成リ代ワル。
ダガ我ヲ倒セルノナラ倒シテミヨ。倒セナクテモ我ガ認メレバ使徒ノ証ヲ授ケヨウ。
ソノ代ワリ、オ主タチモ命ヲ懸ケテモラウ。
命ヲ掛ケル覚悟亡キ者ハ去レ。命ヲ懸ケル者ノミ我ヲ退ケヨ」
本体が倒されても代わりに分体が本体になるってことか?
そうなると分体は本体の様に進化するのだろうか。
兎も角折角ここまで来たんだ。今から他のミノタウロスを探すなんて時間のロスだ。
無理やり連れて来られるトリニティすれば堪ったもんじゃないが、いざとなったら逃げてもいいからと発破を掛けて覚悟を決めさせる。
と、そこへ美刃さんからとんでもない言葉が飛び出した。
「・・・ん、今回は私は手を出さない。命のピンチの時だけ助けるくらい」
何だと・・・!?
知らず知らずに美刃さんを当てにしていた俺は内心動揺していた。
そう言えば『宝石の使徒』の時もこれは俺達のクエストだって言ってたよな。
『宝石の使徒』の時は人数的に不利だったから手助けしてくれたのだろう。
『迷宮の使徒』は1体だけだから俺達だけでやれってことか。
まぁそうだよな。これからも美刃さんが傍に居てくれるわけじゃない。
俺達だけの実力でエンジェルクエストへ挑戦しなければならないんだ。
俺は改めて覚悟を決め『迷宮の使徒』へユニコハルコンを向ける。
「よし、『迷宮の使徒』、お前を倒してLの使徒の証を貰うぜ」
「覚悟ハ決マッタヨウダナ。ナラバ我ガ全力ヲ以ッテ相手ヲシテヤロウ!」
そう言って『迷宮の使徒』は戦斧を構え大きく息を吸い込む。
『ブオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッッッ!!!!!!』
魂まで震えるような雄叫びにより俺達は思わずその場に身を竦ませる。
体の硬直の隙を突かれて『迷宮の使徒』に一気に間合いを詰められた。
巨大な戦斧を振り下し床を砕け散らすも、その大振りの攻撃は俺達には当たらない。
何とか硬直から抜け出したトリニティとアイさんは素早くその場から離脱し、直接攻撃を狙われた俺は剣姫流の回避ステップで素早く戦斧を避けている。
もっとも床を砕け散らすほどの攻撃を予測していなかったので回避しながらの攻撃までは出来なかったが。
だが今の攻撃で分かったことがある。
『迷宮の使徒』の攻撃は脅威だが、速さはそれほどでもない。
筋肉ファイターとしてみればそれなりの速さなのだが、大股による移動速度、大振りによる攻撃速度と決して捉えきれない速さじゃない。
対応さえ間違わなければ決して勝てない戦いじゃない。
そう思っていたのだが、この後俺は自分の見通しの甘さを思い知ることになる。
『迷宮の使徒』の近づいて来ての大振り。
これを躱しながら俺達は各々の武器を振るっていく。
俺は大ぶりの攻撃を躱しながらユニコハルコンで。
アイさんは遠距離から魔法を織り交ぜたインフィニティアイスブレードで。
トリニティは予備のロープを腰に携えてルフ=グランド縄剣流で。
状況が変化したのはアイさんの攻撃がヒットしてからだ。
「二刀流戦技・十字斬り!」
アイさんの戦技が『目級の使徒』の体に×の字の傷を付ける。
「グオオオォォ!
中々ヤリオルナ。ナラバ我モ取ッテ置きを出ソウ!」
おい、全力を以って相手してるんじゃなかったのかよ!
ピンチになるまで奥の手を出さないのは全力とは違うんじゃないか!?
「氷陣!」
『迷宮の使徒』が取って置きを披露する。
技?名と共に『迷宮の使徒』の肌色は赤銅色から青色へと変化する。
そしてその体をビキビキと氷の鎧で覆われていく。
「ブオオオオオォォォォッッッ!!」
まるでアイさんのインフィニティアイスブレードの様に『迷宮の使徒』の雄叫びと共に無数の氷の戦斧が出現し俺達に襲い掛かる。
トリニティは『迷宮の使徒』の斜め後ろを位置取っているので氷の戦斧の攻撃範囲外だが、俺とアイさんは正面に位置取っていたので無数の氷の戦斧が降り注ぐ。
アイさんはお返しとばかりに氷の剣を生成してそのままぶつけて迎撃する。
俺は降り注ぐ氷の戦斧を見極め剣姫流の回避ステップで紙一重で回避していく。
その隙にトリニティがルフ=グランド縄剣流で『迷宮の使徒』の背後から攻撃する。
「ルフ=グランド縄剣流・転引刺弾!」
ロープの付いた短剣を投擲で『迷宮の使徒』へ突き刺し、そのままロープを手繰り寄せる勢いを利用して『迷宮の使徒』の背後へ一気に飛び込みながら左手に持った短剣で短剣戦技のバックスタブで突き刺す。
だが氷の鎧に覆われた『迷宮の使徒』には短剣による攻撃は届かなかった。
トリニティは慌ててロープを外して『迷宮の使徒』から距離を取る。
その直後にトリニティの居た位置に『迷宮の使徒』の巨大な戦斧が通り過ぎた。
今度は逆に俺達に背を向かる形になった『迷宮の使徒』に向かって俺とアイさんは駆け寄る
間一髪避けたトリニティ『迷宮の使徒』と正面で向き合う形になるが、『迷宮の使徒』の背後から俺達が向かって来るのを見て投げナイフで気を引き付けて援護する。
「剣姫一刀流・瞬刃炎弾!」
火属性魔法の火球を纏った魔法剣で『迷宮の使徒』へとお見舞いする。
氷に覆われた今なら火球の魔法剣は十分効果的だ。
俺の攻撃を食らった部分の氷の鎧は弾け、青色の肌が剥き出しになる。
そこを目がけてアイさんの戦技が炸裂した。
「二刀流戦技・剣舞六連!」
どこかの某流浪の漫画に出て来そうな回転する技で、『迷宮の使徒』の体には6本の剣閃が刻まれる。
「フリーズバインド!」
『迷宮の使徒』はそれにもひるまずに魔法を放ってきた。
氷属性魔法による束縛魔法だ。
狙いは俺。
俺の足下には氷の蔦が巻き付きその場に動きを封じる。
土属性魔法の束縛魔法と同等の魔法であるなら、その効果は5秒ほどのはずだ。
だが当然その5秒の間にも『迷宮の使徒』の攻撃は降り注ぐ。
『迷宮の使徒』は大きく息を吸い込む。
また身を竦ませる雄叫びか?
俺は雄叫びに備えて身を構える。
だがその口から飛び出してきたのは氷雪のブレスだった。
「ブオオオオオォォォォッッッ!!」
俺は咄嗟に両腕をクロスして降り注ぐ氷雪をガードする。
降り注ぐ雪はピンポン玉くらいの雹で氷も同じくらいの大きさだ。
ドラゴンレザーで覆われた鎧の上からでも地味に痛ぇ。
だがその氷雪ブレスはそれだけではなく、ガードしていた両腕が氷に覆われていった。
当然クロス状態だった両腕はその状態で凍ってしまう。
追撃で巨大な戦斧を振り下す『迷宮の使徒』の攻撃を、アイさんとトリニティの援護を受けて慌てて回避する。
「ちょ、これどうしたらいいんだよ?」
流石に両腕が交差した状態で凍ったままではまともな戦闘は出来ない。
「その氷砕いたらいいんじゃねぇの?」
「駄目よ! そのまま砕いたら鈴鹿くんの両腕も粉々になっちゃうわ。
そうね、氷の中の腕を覆う感じでファイヤーボールを使ってみて。
多少火傷をするかもしれないけど内側から氷を破れるわ」
おおう、このまま砕いたらヤバかったのかよ。
俺はアイさんのアドバイスに従って火属性魔法を使い氷を内側から破る。
「あちちっ!」
俺は火傷しそうな腕を振りながら改めてユニコハルコンを構えて『迷宮の使徒』に向き直る。
『迷宮の使徒』は今度は氷の鎧から岩の鎧へと姿を変えていた。
肌の色も青色から黄土色へと変化する。
「岩陣!」
「今度は岩かよ。氷と同様防御力が高そうだな」
「多分さっきと同じように岩の武器を撒き散らすと思うから、それさえ気を付ければ大丈夫だと思うわ」
「ブレスも何かあるんじゃねぇか?」
「吐き出すのは砂礫か?」
俺は『迷宮の使徒』が口から砂礫を吐き出す姿を想像する。
・・・なんか口の中がじゃりじゃりしそうだな。
「多分あの形態じゃブレスは無いとは思うけどそれも注意した方がいいわね」
「「了解」」
俺達は『迷宮の使徒』の攻撃パターンに注意して再びお互いに攻撃を繰り出しあう。
岩の鎧になって前よりもスピードが落ちたのか、『迷宮の使徒』の動きは鈍くなっていた。
俺達はチャンスとばかりに怒涛のラッシュで『迷宮の使徒』へと攻撃を放ち続ける。
『迷宮の使徒』はそれを待っていたと言わんばかりに、次の陣を繰り出して来た。
「炎陣!!」
岩の鎧は礫となって降り注ぎ、『迷宮の使徒』の体から噴き上がる爆炎が俺達に襲い掛かる。
「うおぉっ!?」
「きゃぁっ!」
「うわぁっ!?」
礫と爆炎に吹き飛ばされた俺に更なる追撃が襲う。
肌の色は元の赤銅色に戻っており、炎を纏う姿は某召喚獣そのものだ。
「フリーズバインド!」
俺は『迷宮の使徒』の唱えた氷属性魔法の束縛魔法に再び絡み取られる。
ちょっ!? 魔法はどの陣でも関係ないのかよ!?
考えてみれば当たり前だ。
その属性の陣でなければその属性魔法が使えないわけじゃないんだ。
『迷宮の使徒』は大きく息を吸い込む。
――しまった!!?
ヤバい。あの状態で放つのは間違いなく火炎ブレスだ。
今の拘束された俺には躱すすべがない。
「ブオオオオオォォォォッッッ――――!!!」
『迷宮の使徒』の口から放たれた火炎が直撃する寸前、アイさんから援護の魔法が飛ぶ。
「マテリアルシールド!」
俺の目の前に光の盾が出現し、迫りくる火炎を遮断する。
だが、どんな物理攻撃も防いでしまうこの魔法の光の盾は時間にして1~3秒ほどしか持たない。
そして『迷宮の使徒』の火炎ブレスはまだ続く。
光の盾が消え去った後、俺はその火炎に身を焼かれた。
「――――――――――――――っっ!!」
俺は肺を焼かれない様に息を止め、両腕で顔を覆う。
時間にして5秒も経っていないだろう。
だが俺には体が焼かれている間は途轍もなく長く感じる。
ドラゴンレザーの鎧には火炎に強いと言われているが、流石に全身が炎に巻かれてはどれ程効果があるのか。
気が付けば火炎は止んでいた。
目の前には美刃さんが刀を抜身の状態で立っていた。
ああ、途中から美刃さんが火炎を防いでくれたのか。
道理で火炎にその身を晒しておいてこの程度の火傷で済んでいるのか。
とは言え、俺の体は全身火傷でボロボロだった。
俺はその場へと崩れ落ちる。
「鈴鹿くん!」
「ちょっ、おい、大丈夫かよ!?」
アイさんとトリニティが俺を心配して駆け寄ってくる。
何やってんだよ。俺の心配より『迷宮の使徒』の方に集中しろよ。まだ戦闘中だぞ。
「ん、悪いけどクエストは中止。早く手当をしないと命に係わる」
「ええ、分かっているわ。このままじゃ鈴鹿くんの命が危ないわ」
「ちょ、どうするんだよ。あたし達の中には治癒魔法を使える人は居ないよ!?」
「ん、これを使って。火傷ポーション。それと研究段階の試薬だけど体に振りかけて使うポーション。ヒールと同等の効果がある。」
美刃さんは腰に下げた革袋からポーション2つを取出しアイさんへ渡す。
その間にも『迷宮の使徒』は臨戦態勢を解き、俺達の様子を見守っていた。
「残念ダガ試練ハ失敗トサセテモラウ。ソノ者ノ命ガアレバマタ挑戦スルガヨイ」
そうか、美刃さんが途中で割り込んだからクエストが失敗扱いになったのか。
アイさんが俺の鎧をはぎ取り、火傷ポーションと試薬ポーションを振りかけるも全身に及んだ火傷にはそれほど効果が出なかった。
やべぇな。段々意識が朦朧としてきた。
確か火傷って体の30%以上だった場合早急に治療しなければ死んでしまうんだったっけか?
・・・くそっ! 冗談じゃねぇ! 死んだらまた1からやり直しかよ!
考えろ! まだ方法はあるはずだ!
薄れゆく意識の中俺は必死になってここから奇跡の逆転方法を考える。
遠くで叫んでいたアイさん達の声が消える。
音が何も聞こえなくなる。
そして今度は周りの景色の色が消える。
白と黒とのコントラストの風景が映し出される。
そんな状態の中で俺の頭の中は限りなくクリアになっていく。
何でも出来る、出来ない事なんかない、そんな全能感を感じていた。
そうだ、俺の手に持っている刀は癒しの聖獣の力を持っているじゃないか。
「ユニ・・・コハルコ・・・ン、解放・・・エクス・・・トラ・・・ヒール・・・」
その瞬間、ユニコハルコンから光が迸り瞬く間に俺の火傷を治していく。
アイさん達は突然の俺の火傷が治る様を見て驚いていた。
俺は何事もなかったかのように立ち上がる。
火傷が治ったにもかかわらず、周りの音は無く周りの景色は色が無い。
この現象は全身火傷のショックによる極限状態じゃないのか?
まぁいい。今の俺がやるべきことはただ1つ。
『迷宮の使徒』を倒すのみだ。
『迷宮の使徒』は俺が立ち上がる様を見て驚いていが、向かって来る姿を見て再び炎を纏い巨大な戦斧を構える。
だが俺にはその姿がやけに緩慢に見えた。
武器を構える仕草も、纏う炎の揺らめきも全てがスローモーションのように見える。
俺は炎に対抗する為、刀に氷の弾丸の魔法剣を掛け疾風迅雷流奥義・瞬もどきで『迷宮の使徒』の脇を駆け抜け剣姫一刀流・瞬刃氷弾を叩き込む。
『迷宮の使徒』の背後に抜けた後も再び氷の弾丸の魔法剣を掛け、同じように今度は背後から瞬刃氷弾で斬り裂く。
本来なら悠長にその場に留まって魔法剣を掛けている暇はないのだが、今の俺には周りの景色がスローモーションのように緩慢に動いて見えていた。
今しがた斬りつけた『迷宮の使徒』も往復の瞬刃を叩き込んだのだが、それにすら反応できておらず未だに1撃目の斬られた体勢から背後からの2撃目をもらった体勢に崩されていた。
後で聞いた話によると、この時の俺の攻撃は文字通り目にも映らない速さで怒涛の連撃を行っていたらしい。
魔法剣を唱えて瞬刃、魔法剣を唱えて瞬刃、魔法剣を唱えて瞬刃、魔法剣を唱えて瞬刃、魔法剣を唱えて瞬刃、瞬刃、瞬刃、瞬刃、瞬刃、瞬刃、瞬刃、瞬刃、瞬刃、瞬刃、瞬刃、瞬刃、瞬刃、瞬刃、瞬刃、瞬刃、瞬刃―――――――――――――
「ヴヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲウォヲヲォォォォォォ――――――――・・・・・・」
気が付けば周りの景色と音が戻っており、『迷宮の使徒』の断末魔の雄叫びを上げていた。
気力を使い果たした俺はその場に崩れ落ちた。
――エンジェルクエスト・使徒の証、残り23個――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
AIWOn世界の命は尊い件について3
556:名無しの冒険者:2057/11/22(木)21:21:21 ID:Pl9AfOrthn49
そうそう、AIWOnで死んだらそれまでだよね
557:名無しの冒険者:2057/11/22(木)21:23:02 ID:Pl9Abckwhi10
私一回死んだ後に再度キャラメイクしてINしたけど仲間のNPCから変な目で見られたよ;;
558:名無しの冒険者:2057/11/22(木)21:24:43 ID:S10bUn119
あー、俺もあるある
やっとこ1か月経って新しいキャラでログインしたらNPCに化け物呼ばわりされたなぁ
559:名無しの冒険者:2057/11/22(木)21:25:31 ID:BdEnd059wlf
あん? どういうことだ?
560:名無しの冒険者:2057/11/22(木)21:26:29 ID:Ang8Dvl666
NPC=天地人にとってみれば死んだ人間が蘇ってくるんだ
ある意味化け物と同等だろう?
561:名無しの冒険者:2057/11/22(木)21:28:15 ID:monono6Ono
あとは死んだ人間を語る詐欺師扱いされるってのもあるね
562:名無しの冒険者:2057/11/22(木)21:29:21 ID:Pl9AfOrthn49
あーあるね、それ
563:シ者薫子:2057/11/22(木)21:30:55 ID:EVA2014Fifth
だから最近のAIWOnでは死んでしまったらキッパリ前キャラを忘れて
新しいキャラで新しい人生を送るってのが主流になってきてるね
564:名無しの冒険者:2057/11/22(木)21:32:31 ID:BdEnd059wlf
なんだそれ? じゃあ知ってるNPCと会っても知らんぷりか?
565:名無しの冒険者:2057/11/22(木)21:33:43 ID:S10bUn119
そうなるね^^;
566:名無しの冒険者:2057/11/22(木)21:35:29 ID:Ang8Dvl666
NPCには俺達プレイヤーも命は1つだって思ってもらった方がいいんだ
でなければ死なないから何をしてもおkだろって思われるしね
567:シ者薫子:2057/11/22(木)21:36:55 ID:EVA2014Fifth
ゲームだから命を粗末に扱うんじゃなくゲームでも命を大切にしろって
運営のメッセージなのかもね
568:名無しの冒険者:2057/11/22(木)21:38:02 ID:Pl9Abckwhi10
もしかしたらキャラメイクが1か月も出来ないのはその為の1か月なのかもね
569:名無しの冒険者:2057/11/22(木)21:39:31 ID:BdEnd059wlf
なんかめんどくせーな・・・って思うが言われてみればそうだよな
死んだ奴が別の顔で現れればなんかこえーよな
570:名無しの冒険者:2057/11/22(木)21:40:21 ID:Pl9AfOrthn49
>>568 でも1か月もログイン出来ないってやり過ぎじゃない?
別垢でログインしようとしても何故かキャラが死んだキャラしか選択できないし
571:名無しの冒険者:2057/11/22(木)21:42:43 ID:S10bUn119
>>570 不思議だよな?
一体どうやったら別垢でも同じプレイヤーだって判断してるんだろ?
※美刃が迷宮案内していないという苦情は受け付けませんw
ストックが切れました。
暫く充電期間に入ります。
・・・now saving




