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最適化エンゲージリング

作者: 影山洋士






草川祥介は奥まった路地にある喫茶店で、人を待っていた。最適化された彼女候補を。





2056年日本では、徹底的なDNA鑑定の分析により、犯罪を起こす人間のタイプが生前に分かるようになっていた。


犯罪を起こす傾向が強い人間は生まれてくることすら出来ない社会。


社会のパーツとして最適化された人間だけがスーパーコンピューター「千里眼」によって、分別されて誕生の許可を得ることができていた。

その結果、社会の犯罪件数は激減していた。




そして社会のあらゆる決定が「千里眼」によって最適化され、人々が付き合う相手も皆、コンピューターによって選ぶのが普通のこととなっていた。


当然コンピューターを利用しない人間達もいたが、早々に破綻するのが常だった。





草川の注文したコーヒーがもうカップからなくなろうかという時、喫茶店の入口にその女性は現れた。



最適化候補の画像と同じ顔。


顔は整っているがどこか冷たい感じがする顔つき。元々そういう顔つきなのか或いは緊張しているのか。


「こんにちはー、こっちですよ」

草川は明るく声をかけた。


「遅れてすみません」女性はゆっくりと頭を下げた。

「いやいや、大丈夫ですよ」


「初めまして、不動世莉奈です」

「初めまして、草川祥介です」



最適化候補同士の顔合わせ。見合いとはまた別のよそよそしさがある。



不動は濃紺のパンツスーツ姿、腕にはシルバーのブレスレットを着けている。

草川はラフなチノパンにベージュのジャケット。



「最適化候補同士の顔合わせは初めてですか?」草川が尋ねる。


「いいえ、2回目ですね」


「そうですか。私は3回目です」草川は苦笑を浮かべる。



最適化候補はあくまで可能性であって、必ずしもうまくいく訳ではない。



「そうなんですか。じゃあ先輩ですね」

不動はそこで初めてチラッと笑顔を浮かべた。





そこからお互いの自己紹介が始まり、そして話は「最適化候補」のシステムの話に移っていった。



「不動さんはこの最適化システムについてどう思われますか?」


「うーん、私は別にいいと思いますけど、何か?」


「私はね、便利だと思いつつもこれでいいのかな?って思ったりするんですよ」


「へーそうなんですか」


「それはやっぱり古い世代だからかもしれないけど」


「あー確か草川さんはバージョン2の世代なんですよね」




今や社会のあらゆる決まり事を決定するスーパーコンピューター「千里眼」にはバージョンアップがあり、草川はバージョン2の世代で、3つ年下の不動は今のバージョン3の世代だった。



「でも同じ「千里眼」なんですから」


「まあね、年寄りぶりたいだけかもしれないけどね」草川は軽く笑った。




その後話しは弾み、近くにある草川の家で話の続きをすることになった。





高層タワー型のマンションの36階。


「へーいい眺めですね」不動はガラス越しに外を眺めながら言った。


「そうでしょ。そこが気に入ったんだ」


「なかなか最適化された眺めね」


「ははっ、君は最適化が好きだねえ」


「ええ」不動は頷く。


「でももうちょっと最適化を疑った方がいいんじゃない? システムにコントロールされてばっかりじゃ物足りなくない?」


「うーん、でも結局最適化を疑っている人達は不幸になってるし」


「確かにその通り。システムに抗う人間は少なからずいるが、結局は従った方が幸せなんだ」




ピロリロリン、ピロリロリン。


シンプルな着信音が鳴った。


不動はスマホを取り出し、素早くそれを見る。

「ごめんなさい。ちょっと急用が入ってしまったわ」



「そうか。ちょっと待ってくれる」

草川は隣の部屋に入りある機械のスイッチを入れた。



「? どうしたの?」



「電波妨害の機械のスイッチを入れたんだ」






「…なんで?」



「君が電話を出来ないように」草川の顔からは表情が消えていた。





張り詰めた沈黙が両者の間を満たす。





「……。」不動は窓のある方へ後ずさった。




「その窓は開かないよロックしてある。ガラスも強化ガラスなんで割ることも出来ない」


「ついでに言うとこのマンションは防音が完璧で、どんなに大きな音を立てても隣に聞こえない」


「…そう言ってたよ。このマンションを買った人間が」




「……。あなたが買ったんじゃないの?」


「違うよ。今、山の中に埋まっているよ」


「…どういうこと?」


「もう死んでるってことさ」



「死んでいる? 犯罪者は生まれてこれないはずよ。最適化によって」


「いや違う。寧ろ最適化によって自分は生まれてきたんだよ」草川はニヤリと笑みを浮かべる。


「最適化によって?」



「社会が最適化されても犯罪がゼロになるわけじゃない。そう。どれだけ社会をコントロールしようとしても完全には社会をコントロールすることは出来ない。そして「千里眼」が導き出した答えは、



「殺し過ぎない犯罪者を敢えて生み出す」



だったのさ」




「……。」



「その方が社会がより安定する。つまり俺は公的な殺人者なのさ、殺人者のDNAを持って生まれてきた」


草川はゆっくりとジャケットの内ポケットからナイフを出した。刃が眩く光る。



「……。」



「どうした、声も出ないか? まあそうだろうなそれが普通だ。」




「…私を殺すの?」



「ああ、それが俺の役目であり、快楽でもあるからな」



不動は右手を前に出した。シルバーのブレスレットがキラリと目立つ。



「……? フン、意外だな。もう諦めたのか」草川は不満そうな顔になった。

「まあいい」

草川はナイフを持ってない左手を前に出し、不動の右手に触れ、そしてブレスレットに手があたった。




その刹那、「バリリッ!」という強烈な電気の音がした。

手の強い痛みと共にブラックアウトする草川の視界。
































フローリングの床の硬さが頬を圧迫している。


気が付くと草川は床に突っ伏していた。後ろ手に手錠がかけられており、足はガムテープで縛られている。



「……。これは…。」



「こんにちは。気がついたようね」


不動がマンションの壁にもたれながら草川を見下ろしている。



「…説明して欲しい? あなたが触ったこのブレスレット、これね特定のDNAを持つ細胞にだけ反応して強力な電流が流れるようになってるの」



草川はぼんやりとした頭のまま不動の話を聞く。



「特定のDNA、つまり殺人者のDNAを持つ人間にだけね。」




「……。えっ、そんな…」



「さっきあなたが言った通り「千里眼」は社会のバランスを保つため、公的な殺人者を創りだした。但しそれはバージョン2での話」



「……!!」



「バージョン3では、殺人者に対しカウンターの存在として「捜査官」のDNAを持つ人間を選び出した。その方がより社会をコントロール出来ると計算してね」




「そんなはずは……」




「そんなはずはないと思った? でもこれが最適化された世界なのよ。私達はそれに従うしかないのよね」















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