理事長と昼休み
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更新頻度遅めでごめんなさい。
千里の道も一歩から。
家に帰って、どうしようもない疲労と戦いながらも、結局はこつこつやっていくしかないのではないかという結論に達しました。
とりあえず、手段は悪いものの、理事長にお願いを聞いてもらえる立場になったのですから、まず立って歩けるようになってもらおうということにしました。
理事長が理事長としての権限を持っていない。
そのことで、教師がばらばらに個人の裁量で動いてしまっているのも問題の1つだと感じたからです。
通常の業務は動くように作られているようですが、それでは全体の意思とか理念といったものが反映されにくいのです。
毎日昼休みに理事長の分も作ったヘルシー弁当を持参して、一緒に食べます。
量は多いものの、野菜を多く使ったそれはカロリーとしてはそう多くありません。
歩けないほどの体重だとは思いませんが、それでもたしかに太っているので、まずは体重を減らすことに成功して頑張ればできる気持ちを味わってもらおうと思います。
最初は警戒していた理事長も今では非常にリラックスしてしまい、弁当を食べたらゲームをはじめるようになってしまいました。
そのうち、腹筋をしてもらいますからね。
徐々に厳しくしていくことを心に誓いつつ、お弁当を片付けて、教室に戻ろうと用意をしていました。
バタン
ドアが勢いよく開きます。
「うちの悠斗ちゃんをたぶらかそうとしているのは、あなたね!」
細身の神経質そうな女性がドアの前から飛び掛るように入ってきました。
「この、泥棒猫!そんな弁当で悠斗ちゃんの気をひこうだなんて百万年はやくてよ!」
私に向かってわめく声がキンキンすぎて、思わず耳をふさぎます。
「ママン、お昼休みに来てくれるなんて僕うれしいな」
理事長がママン?に抱きつきます。
小柄な女性が2人分ほど横に広がった男性に抱きつかれる様子は、まるで美女と野獣そのものといいたいところですが、美女というには低い鼻が残念なママンです。
「悠斗ちゃん、無事だった?小さいとはいえママン以外の女性に触ったらいけませんよ。ばっちいですからね」
「うん。ママンにしか触らないよ」
心頭滅却すれば火もまた涼しというのは嘘ですね。
どんなに頑張っても平常心をたもてそうにありません。
詳しく言うとお腹いっぱい胸焼けしそうです。
「そういうわけだから、出て行きなさい!」
「そうだ、そうだ、でていけ」
高らかに宣言したママンと理事長に、残念そうな声で話します。
「そんなに興奮しないでください。きっとこの音楽でも聞いていただければ興奮も落ち着くはずです」
懐からカセットテープを出したところで理事長が真っ青になりました。
かまわず、理事長室の大きなデッキに入れて再生します。
「まあ、これは」
理事長、目をつぶっても苦しんだ末に死んだカエルにしか見えませんから・・・。
「ブラームスね。悪くないけどそんな音楽でなにがわかるというの」
えぇ、これはただの音楽です。でも、理事長にはなにかが伝わったようですよ。
「ママン待って。やっぱり追い出すのは待って」
必死でママンを止め始めました。
「まぁ、どうしたの?悠斗ちゃん。あなた私になにか隠しているんじゃないの?」
理事長は気を失いそうになっています。
「理事長のママン。実は理事長は隠し事をしています」
「まあ、悠斗ちゃんが私に隠し事をするなんて!」
ショックを隠しきれずに叫ぶママンの声を耳をふさぎつつ防御し、続けます。
「でも、私は隠しきれないので言ってしまいますね」
「なっ、水月さん!」
理事長、涙が汗のように見えます。ひたすら同情できません。
「実は、理事長はママンに内緒でダイエットをしようとたくらんでるんです!」
理事長ポカーンですね。えぇ、わかります。
「ママンに僕そっくりの孫を抱かせてあげたいとおっしゃられたんです。僕の小さいころにそっくりの小さい僕をママンに抱っこさせてあげたいと。でも、そのためには嫁を捕まえねばならないと。だから、ダイエットをしたいそうです」
「なんですって。私には悠斗ちゃんさえいれば、・・・・・・・孫・・・・・・・悠斗ちゃんそっくりの・・・孫・・・・小さい悠斗ちゃん・・・・・・」
だんだん、声がブツブツと呟くようになり、考えこむママン。ちょっと空気が怖いです。
「えーと、じゃあ、そろそろ私は教室に戻りますね」
そう言って逃げようとした肩をガシッとつかまれました。
「本当に?悠斗ちゃんが本当にそう言ったの?」
目が血走っていて怖いですよ。
「理事長、そ・う・ですよね!」
「う、うん」
「まぁ、悠斗ちゃん、ママンも協力しますからね!」
理事長の胸に飛び込んでいったママンを受け止めれない理事長はもちろん後ろに倒れ、なぜか無事なママンは高らかに宣言しました。
「今日からダイエットです!手はぬきませんよ」
よかった。これで弁当作りを終われますね。
「そこのあなた!特別に悠斗ちゃんとお弁当を食べることを許しますからね。私が普段お昼に来れない分、悠斗ちゃんに色目を使わずに手伝いなさい」
「・・・はい」
どうやら、手抜きはできないようです・・・。
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さて、ママン襲撃から何日か立って、理事長は明らかにしぼんできています。
どうやらママンは朝から野菜しか食べさせてくれないらしく、車椅子出勤も少しづつ歩く距離を増やされているようです。
「どうせ、ママンは僕より生まれてもない孫が可愛いんだ」
どんどん理事長はやさぐれてきております。
「僕の気持ちをわかってくれるのはリンリンちゃんだけなんだ」
誰ですかリンリンちゃんて・・・。
本日はお弁当を食べた後、ゲームセンターで流行っている格闘ゲームをしてます。
しかし、残念なことに天は彼に一物もあたえていないのか、さっきからやれれまくりです。
「ちょっと、理事長、さっきから女の子の悲鳴ばっかりなんですけど。そんな弱いキャラじゃなくて下手でも勝てる強いキャラ使ったらどうですか?」
「うるさい。リンリンちゃんで勝つんだ」
どうやら理事長の好きなリンリンちゃんは格闘ゲームのキャラらしく、可哀想に、リンリンちゃんはさっきから殴られまくって負けまくっています。
たぶんリンリンちゃんも理事長の気持ちは分かってくれないと思いますよ・・・。
理事長ほど早く食べ終われない私は、もぐもぐ自分の分のご飯を食べながら、ゲームを観戦します。
そのとき、ノックもなく、いきなりすごい勢いで開かずの扉が開きました。
まさかママンと私以外にこの理事長室に訪ねてくる人間がいようとは。
そんな驚きで固まってしまいましたが、なんと理事長室に飛び込んできたのは亮君、ユリウス君、京ちゃん、みっちゃん、茜ちゃんでした。
茜ちゃんが必死で叫びます。
「沙良ちゃん、はやまらないで!」
「は?」
お弁当のお箸をとめ、ポカンと見つめる私を見て、みんなもポカンと私を見つめます。
「あれ?沙良ちゃん、無事?」
「は?」
なぞです。
でも、みんなはほっとしたらしく、一様に肩の力を抜き、女の子は私に飛びついてきました。うぉっと重いです。
「沙良ちゃんが襲われてるんじゃないかって」
うるうるおめめの茜ちゃんが言います。
「へ?」
「最近、沙良が昼休みにいなくなって理事長室に行くから、心配していたんだ。そしたら理事長室から女の子の悲鳴が聞こえるっていうから・・・」
そこまでいって、理事長が持つコントローラーと画面をみた亮君からは激しいブリザードが吹き荒れているようで、正直部屋が寒いです。
「でも、無事でよかったわ」
心底ほっとしたような声をだす京ちゃんに、事態がなんとか飲み込めました。
「みんな、ありがとう」
嬉しくて、逆に抱きしめ返します。
「ねえ、沙良」
同じくブリザードを背負ったユリウス君が耐え切れないように怒ります。
「僕手伝うよ。もうこんなハラハラありえない。自分で提案したっていうのがさらにイライラする」
「そうね。一緒にやったほうが管理しやすいわね」
「ふふ、そうね」
「今度無茶やったら、お仕置きな」
「もう心配かけないでね、沙良ちゃん」
思い思いの声をかけ、どうやら話がまとまったご様子。
あれ、もしかして協力とりつけちゃった?




