理事長を観察するぞ
あのレポートを届けてから1週間。残念ながら、何の変化もありません。
ここですぐに対応していただけるくらいなら、この学園はここまで腐りきることはなかったのだろうと思うと、ある意味納得の対応です。
しょうがないので、まずは理事長のことを調べることにしました。
敵を知り己を知ればなんとやら。
さっそくあいている時間に理事長室を観察し、学園の案内パンフレットなどを読み漁り、聞き込みをし、できる限りの情報収集をしてみました。
結果。
本城 悠斗 40歳
趣味はご飯を食べること、おやつを食べること。ゲーム。
彼女無し。
ママンと叫ぶことあり。
35歳まで定職無し。
お金さえあれば名前が書けなくても出れるという聖キコリス大学出身。
最近通風かもしれないとドキドキしている。
理事長室は訪ねてくる客もおらず、開かずの理事長室と呼ばれている。
ひ、ひどい。
自分で調べておきながら、あまりに酷いプロフィールに愕然とします。
しかし、本城。
どっかで聞いたことのある名前ですね。
「ねえねえ、本城ってどこかで聞いたことある名前なんだけど知らない?」
近くにいた友好的な女の子に聞いてみると、信じられないものを見るような目でみられてしまいました。
し、失礼な。
「水月さん、お友達でしょ?」
「はっ?」
あんなデブで性格悪そうな方とお友達になった覚えはありませんよ、と。
私の顔にハテナが浮かんでいるのを見て取ったのか、ますます信じられない顔でこちらを見てきました。
「本城ユリウス君でしょ!」
「はっ????」
ハテナハテナです。
「たしか、ローゼンベルグじゃなかったっけ?」
いつの間にそんな和風な名前になってしまったのでしょう。
明らかに外国人風の容姿に似合った名前だなぁと思った記憶があるのですが・・・。
そんな疑問に対し、周りの人たちから、はぁっとため息が・・。
「お母さんの名前はローゼンベルグだよね。でもお父さんは本城なんだよ。日本でも有数の財閥の社長なんだからこの学校で知らない人はいないんじゃない?」
な、なんと。そうだったのですか。
「いつもはローゼンベルグを使っているけど、戦前の岩崎財閥が解体されて、その一つがまた合併を繰り返し本城財閥に生まれ変わっているんだよ。れっきとしたそこの跡取りさ」
「みんな、物知りだね」
「むしろ、そんなことも知らずにのうのうと学校生活をエンジョイしている水月さんが凄いのよ」
まわりが、うんうんと頷く。
むう。でもそうかもしれません。
「とりあえず、本人に聞いてみるね」
早速お隣のクラスに行くと、ユリウス君は残念ながらいませんでした。
しかし、視界の隅に、いじめられていた彼女を見つけて心臓が大きくきしみました。
隣のクラスの同級生だったのですね。
今まで同じクラスになったことはなかったと思います。
しかし、どんな思いで今まで私を見ていたのかと思うと、なんとも言えない気持ちになりました。
目をそらして、走ります。
中庭の少し入り組んだ木の下で1人日向ぼっこをしているユリウス君を発見しました。
ユリウス君は1人でこうして寛ぐのが好きですね。
制服のまま寝転がって、ウトウトしています。
目を細めて気持ちいいという顔をしているその姿は血統書つきの猫のようで、栗毛の髪がふわふわと揺れて、青い瞳が太陽に反射しているかのようにきらめいて見えます。
側に立った私に気がついて、座ったらと勧めてきます。
側の芝生にどかっと座って口を開こうとしたら、いたずらっこな顔をしたユリウス君に先んじられてしまいました。
「その顔、気づいちゃった?」
どんな顔をしているのかわかりませんが、先に言われたことで興奮が落ち着いて、普通に話すことができそうです。
「うん。理事長ってユリウス君の親戚?」
その質問にうーんと微妙な顔をして答えます。
「一応親戚になるのかなぁ。一族の中でもどうしようもない人間で、しょうがなく名ばかりのポストを与えられたらしいよ。人事権もなにもない、名ばかりの理事長だね」
「そうなんだ」
よっと横になっていた身を起こして、今度は私の膝に頭を乗せてきます。
「ちょっ。重いって」
全く気にすることなく気持ちよさそうに目を閉じた後、真剣な顔で見上げてきました。
最近見上げることばかりだったので、こういう風に見上げられるのは変な気分です。
「ねえ、僕は沙良が目立つのは反対なんだよ」
青い瞳の中にやっぱり心配があって、感謝しつつ、ユリウス君のふわふわの栗毛を撫ぜながら答えました。
「うん」
「理事長をなんとかするのが難しいの分かっていて、あえて言ったんだ」
「うん」
「このままずっと、こうしていられたらいいのに」
その言葉に困った笑みを浮かべてしまった私に、ちょっと傷ついたような顔をして、また目を閉じてしまいました。
「せめて、昼休みが終わるまでこうしてて」
気持よさそうに眠るユリウス君を起こすのは忍びなくて、しょうがなく予鈴が鳴るまで頭を撫ぜ続けるのでした。




