袋小路
あの理事長がまともにレポートを読んでくれるとはとても思えません。
私は袋小路に陥り、どうすればいいのか、迷ってしまいました。
トボトボと気がつけばこの間一緒に将棋をしたおじいさんの家の前に来てしまっていました。
おじいさんは今日も縁側で将棋をしています。
黒い甚平が妙におじいさんに似合っていて、胡坐をかいて座っている姿に威風堂々とした王者の威厳を感じてしまいます。
気配を察しているのか、私が現れても驚くことなく、迎えてくれました。
「なんじゃ、また来たんか」
「また来るって言ったじゃないですか」
「ふん、なぶり殺しにされにくるとはな、と言いたいところじゃが、すでになぶり殺しにされたような顔じゃな」
キラッと光る目が私の真実をあっさりと見破ってしまいました。
「そうかもしれません」
縁側に勝手に腰掛けてしまいます。
私は、関係がないおじいさんのところですこしだけ休憩がしたかったのかもしれません。
手をやすめず、パチパチと駒を進めて1人将棋をしているおじいさんの前で独白します。
「道が見えなくなってしまいました。進みたい方向は見えるのに、そこにいたる道をみつけられないんです」
ぼうっと庭を眺めつつ、そこにずっと座っていました。
沈黙がちっとも重くなくて、おじいさんにここにいることを許してもらえてるような気がするのです。
ゆったりと、緑を見ていると、やはり肩に力がはいっているんだなぁと自分で自覚します。
それから、ながい時間が過ぎて、夕焼けが見えて、空が赤くなり、日が沈もうとしているので、しょうがなく立ち上がります。
「お邪魔しました」
そう言って立ち去ろうとすると、おじいさんが鋭い眼光を投げかけ、厳しい声で言いました。
「道は無くなったわけじゃない。お前に見えてないだけだ」
「困難な道ほど細く迷いやすい。歩くと決めたならひたすら先を見て歩き続けることだ」
目をつぶり、話すおじいさんの人生もそんな困難な道だったのでしょう。
重い言葉です。
おじいさんの人生が詰まったような言葉を、私は受け止めきれるのでしょうか。
しかし、大事に胸に抱えていこうと思います。
「ありがとう、おじいさん」
そう言って立ち去り、敷地内を出口に向かって歩いていきました。
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しばらく歩いていると、出口近くの大きな木にもたれている亮君がいました。亮君は私の姿を認めると近づいてきます。
無言で私の前に立った亮君を見上げると、苦しそうな顔をしていました。
夕焼けに照らされて、まぶしくて目がチカチカします。
「もしも」
それはとても小さい声で、聞き逃してしまいそうでした。
え?と聞き返した私は亮君の腕の中に閉じ込められてしまいました。
それは優しい抱擁で、壊れ物をさわるかのようにそっと触れられ、宝物のように大事にされているのを私は全身で感じていました。
「もしも、沙良がもっとずるければ、このまま背中に隠しておけるのに」
「もしも」
「もしも、沙良が人形なら、大切に閉まって誰にも触らせないのに」
悲しい声を淡々と出す亮君に、胸が締め付けられます。
ごめんね、心配かけて。
「ねえ、沙良。沙良が望むなら、俺は沙良を傷つけるものを全部破壊して、恐怖で学園を変えてあげるよ。沙良は俺の後ろで笑ってればいい」
それは、悲しい悲しい懇願で、きっとそんな悲しい声を出させているのは私で。
もしかしたら、亮君は私が思う以上の力を持っているのかもしれません。
それでも、心は変えられなくて、そんな私をわかっているから声が悲しいんでしょうね。
「みんなで危険な目にって言ったけれど、わかってる?沙良が一番危険なんだよ」
最近は男らしくなってすっかり見なくなった亮君の涙が目にたまっています。
それを見ながらも、コクンと頷きます。
今まで背中に隠れていた状態でも嫉妬の対象だった私は、表舞台にたつことで、きっと今以上に危険にさらされるかもしれません。
ばれてたか。
正直隠せるとも思っていませんでしたが、気づかないでほしかったのが本音です。
「それでも、それでも、だよ」
そう答えて、近すぎて影になる亮君の顔をじっと見上げました。
亮君はそこからしばらく動かず、じっと私を腕に抱いていました。
私は優しいその檻に閉じ込められたまま、夕日が沈んでいくまでそこにたたずんでいました。




