選択肢
さて、あと半年で小学校です。
意外と楽しかった幼稚園。みんなと離れるのもつらいです。
英語とフランス語とドイツ語は少しだけ話せるようになりました。
早期教育ってすごいね。
でも小学校は幼稚園より、よほど高い授業料が必要だって聞きました。
光くんだっているんだから、中流階級の私が行くことで負担になってはいけません。
というか、毎日花をもらって両手を引かれる生活に慣れてしまった自分がこわいです。
そろそろ世間一般の常識的な生活にもどらないと、大事な何かを失ってしまいそうです。
世間はバブルと言われる時代ですから、社長が増えたようです。
小学校からはまた沢山の途中入学者がくるようで、今までのようにのほほんと中流階級の私が学校生活を送れると思うほど、私も楽観主義者ではありません。
何でいまだに私が入れたのかはなぞですが、厳選されていた幼稚園と違い、人数を増やす分人間性に問題がありそうな子も小学校では増えるのではないでしょうか。
私も自分の身がかわいい。
そんなことを思いつつも、やはりお友達には未練があるんでしょう。
「もうちょっとで、みんなとお別れかー。さみしいな」
ぼそっとこんなに大事になると分かっていたら我慢したのにと、後で後悔することになる台詞を呟いてしまったのです。
えぇ、まさかこんなことになるとは・・・。
現在私はお隣の亮くんの家の書斎にいます。
そして、目の前には亮くんのお父さん。
大企業の社長さんだけあって、威圧感が半端ないです。
しかも、超絶美形。30代の大人の色気が駄々漏れです。クラクラしちゃいます。
短い漆黒の髪に、亮くんと一緒の切れ目に眼鏡をかけています。
前世の眼鏡フェチ魂がメラメラしそうですが、目の奥に私を試すような光を灯しているように感じます。私の体がスキャンされてしまいそうなほどの目力を感じながら気おされないように精一杯でございます。
「沙良ちゃんだね。亮とよく遊んでくれているようだね。ありがとう」
まずはお礼から入るなんてなんてできた人でしょう。
普段からかしずかれる人でしょうに、奢らないその姿勢にびっくりです。
しかし、できれば眼力のほうも弱めていただけるとありがたいのですが。
「いえ、亮くんにはいつもお世話になっています。おじさま、いつもお邪魔させていただいてありがとうございます」
いつもお邪魔しているお礼もついでに言っちゃうぞっと。
しっかりと頭をさげた私を目を細めるようにして見て、ゆっくりと話し出す。
「さて、沙良ちゃんは公立の小学校に行くつもりなのかな?」
落ち着いた声色が逆に怖いです。
いったい何を探られているのかわかりませんが、下手な嘘をついてもすぐ見破られるでしょうし、そもそも嘘をつく必要もありません。正直に答えます。
「はい、そのつもりです」
おじさまは腕を目の前で組んで聞いてきた。
「このまま英光学園に通う気はないのかな?」
一体何が聞きたいんだろう。眼力アップさせないでもらえませんかね。
「はい」
じいっと見てくるので首をかしげてしまう。
「理由を聞いても?」
「経済的なことでしょうか」
ふむっと呟いて考え込むおじさま。どうしたのでしょう。
仕方がないのでじっと待ちます。
ひとしきり考えたおじさまは、やっと目力を緩めて困ったような顔をして語りだした。
「亮がね、君と一緒に小学校過程に進みたいと言うんだよ」
あぁ、亮くんなら言いそうだ。
私も一緒に困った顔をしてしまった。
そんな私を見て少し微笑んだ顔が将来の亮くんに重なってドキっとしてしまいました。
「もし、君にその気があれば、学費に関しては援助させてもらおうと思っている」
もしかしたら言われるんじゃないかと覚悟をきめた言葉から、全くかけ離れた言葉に脳が働くのをストップしたようで、なかなか頭に言葉が入ってきません。
「特に返済については考えなくてもいい。もちろん断ってくれてもいい」
「なんでですか?」
口をついてでたのは率直な疑問だった。
ただのお隣の幼馴染にそこまでする義理はないはずだ。
息子の我侭をやすやすとなんでも聞きそうな人に見えない。
「一つは、息子と妻が望んだから。一つは君の評判や学校での成績が惜しいとおもったこと。最後の一つは」
少し間をあけて、つづける。
「息子にいい影響をあたえるだろう君を気に入ったからだ」
にこっと笑った笑顔に見惚れてしまった。




