閑話⑨
クラウの柔和な笑みが消える。きりっとした面差しと間延びしない口調が、俺達の定めを実感させた。神子として行動するとき、クラウの雰囲気は変わる。幼い時からしつけられて出来上がった習慣らしい。俺が出会った時は10にも満たない年だったが、その片鱗はあった。神獣となり、また恋人となったのはクラウが14、俺が15の時。それ以来俺達は互いに離れられない存在になり、また覚悟を決めた。
神子の仕事は普段、神と対話をし、最近の出来事――国や居住する地域の様子など――を伝えること。が、今はそれだけではない。
辰巳を呼ぶ10分前。クラウと共にダークブラウンの革製ソファに腰掛けて、対面に腰かける理事長を見つめる。理事長と会うのはこれで3度目だ。 王に謁見した際に、ここの理事長であると紹介された。それ以来王都の情報のやり取りは理事長を介して行うようになっていた。
「僕は伝えた方がいいと思う。やはり危険だ」
理事長はソファに凭れて腕を組む。反対にクラウは身を乗り出した。
「分かっております。しかし、心細い思いをしている辰巳にこれ以上孤独を味わってほしくないのです。伝えれば辰巳は人間不信に陥りかねない」
「お前たちやセンサスがいるだろう」
「辰巳には神力箱に関連しない繋がりも必要です。常にまとわりついてきては心身的に疲れてしまいます」
「この緊張の中なにを」
「だからこそ、中心である辰巳が動けなければ話になりません」
揺れない、強い瞳が理事長に向けられる。瞳の赤も相まって酷く情熱的だ。
「……はぁ、仕方がない。ただし、清涼殿が落とされたら伝える。あそこに生息する鈴蘭が最後に取るべき材料なのだろう?」
軍の人間が辰巳を奪還する際に壊した儀式のための素材から考えて、クラウが調べた結果だ。神子の待遇はやはりすさまじい。だからこそ、俺がいるのだが。
クラウは理事長の言葉に深く腰を折った。
「ありがとうございます」
この部屋に入って始めた見せた笑みは、静かに口の端に浮かべられた。神子としてのクラウが見せる笑みは普段にもまして色気が強い。
では辰巳を呼んで伝えておく、と理事長は立ちあがる。つられて俺達も立ち上がり、一礼をして部屋を出た。
生徒の立ち入らない区画を歩く。そうでなければ、俺達は二人並んで歩くことをしない。
「辰巳なら、気づくかもしれない」
クラウは不安げに呟いた。クラウは辰巳を本当に気に入ったようだから、心配しているのだろう。かく言う俺も、辰巳のことは気に入っている。風紀として、その辺のやつよりは長く付き合ったものとして、彼を理解しているつもりもある。
「確かに、気づくだろうな。ただ、受け入れようとはしないだろう」
辰巳の心はひどく脆い。というより、人間関係に慣れていない。信じたいと欲しているのに信じることが出来ない。そういうもどかしさを辰巳は抱えているように見える。今だって、あの友人たちとの確執を埋めたいと思っているのだろう。そして、それを自らあきらめている。
「うん、きっと受け入れない。それでいい。辰巳が確信してしまう前に、俺達でそいつを見つけ出す」
そうしたら、拷問でもしちゃおっか。クラウは明るい口調に冷酷さを隠して言う。本当にするのだろうという確信をもたらすには、十分だった。
「場合によって、な」
俺とクラウの生きてきた世界では、珍しいことではない。
あまり、辰巳をこちら側に引きずりたくないな……。
エレベーターに乗り込むクラウを見送りながら、俺はそんなことを思った。
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