♯6 友情ですか。④
活動報告でも書きましたが、ついったーにキャラ絵を出しています。この間ブログにも出しました。興味のある方はのぞいてみてください。活動報告、プロフィールから飛べます。
焦土の臭いが充満する。滑らかだった土壁はところどころ崩れ、フローリングの床も黒く焦げ目をつくっていた。しかしそれらに目を向けても、俺にはどうすることもできなかった。俺の周りから放出される魔力がかたどった炎は、俺の意に反して訓練場の中を自由に駆け回る。ぱちぱちと、そこら中から音がして、火の粉が散る。炎の渦まで見えて、自分が起こしているとしても身を凍らす景色だった。
クラウから指導を受けて三日目。授業中の時間であるにもかかわらず俺は訓練場でクラウに言われた「神の魔力を操れるようになる近道」を実践していた。本当は放課後からすることになっていたのだが、俺がここにいるのは完全に独断である。教室や廊下での周りの目が日々白くなっているのは分かっていた。理由は分からないけれど、俺はそのよくわからない視線に耐えられるほど強くない。幸いしなければいけないこともあるからと授業をさぼっている。ふと思い付くのは、やはり自分が炎を操ってグラウンドを焼いたことが生徒達にばれてしまったのではないかという事。もしそうなったら俺は学校にはいられないだろう。
また、そんなことにならないために、この学校にいられるように、俺は早くこの力を操れるようにならなければいけない。
そう言い聞かせて、俺はまた目を閉じる。目を閉じて、感覚をシャットアウトした方が魔力を放出できる。これは昨日気がついたことだ。
いっそう辺りを焼く炎が強くなる。
「……っ」
針の先を突き付けられたような、小さな痛みが胸を襲った。その痛みはどんどん胸に食い込んでいく。これが終了の合図だった。
唐突に俺の周囲から炎が消える。反動で一部が気化して、灰色の煙が波紋のように広がってゆく。波紋が数回、訓練場に広がると、そこはもう炎も焦土も、焦げ跡もないただの訓練場になっている。滑らかな土壁も光を反射するフローリングも健在だ。
クラウに提示された方法は、魔力をぎりぎりまで放出することによって神の特質な魔力を体になじませ、またより長く触れることで質を理解し、扱いやすくすると言うものだった。クラウ自身も少なからず神の魔力を持っており、その魔力を使えるようになるために、幼少の頃にやったことなのだそうだ。そして、この部屋が俺の魔力の放出を受けても無傷である理由も、神だ。クラウが神にここの空間を周りと切り離すよう願ったのだ。それによってこの空間の、詳しくはこの建物の時間は止まり、俺がいくら破壊しても元に戻る。
まったく、神ってのはすごいな。神の力に苦戦してて思うのも癪だが。
考えて、俺は苦笑をこぼす。額に貼りつく感覚がして前髪を掻き上げれば、案の定俺は汗だくだった。確か訓練場には隣接したシャワールームがあったはずだ。パーカーの袖を引っ張って脱ぐ準備をしながら、俺の脚はシャワー室に向いた。
シャワー室は訓練場の上階の一角にある。体育館に入る前のホールから、体育館の大扉に入らずに廊下を進んだ突当りだ。俺は利用したことはなかったけれど、熱い夏場の体育の後などは利用できるらしい。
幸いこの時間、体育館を利用するクラスはない。
ダンテさんから利用許可貰ったし、と俺はちょっとばかり浮ついて、シャワー室の扉を開――かれた。
ばっちりあった視線。
「セガワ先輩……」
肩にタオルをかけ、髪を頭で団子にした状態で唖然と俺を見つめるのは、紛れもなく襲撃された日以来会っていなかったト―レだった。俺は扉を開けようとした手もそのままに、茫然と彼を見つめた。色気あるなーとかそんな余計な思考に走るのは俺の常だからこの際無視をする。
問題は、あの日以来会っていないこと。そして、彼がどこまであの日について知っているかという事。炎を俺が出したと言う事をナザ達は知らなかったようだが、俺は誰が知っていて誰がそうでないのかを把握していない。最悪、避けられることをも予想していた。
だからだろう、俺は口が開けなかった。俺はめっぽう孤独に弱くなってしまったようだ。昔は寧ろ孤独を好んだと言うのに、なんて幸せは甘美なのだろう。
「あの……シャワー室、使うんですよね?」
ト―レが首を傾げて言う。
「ああ……」
なんていえばいいんだろう。こんな時、俺は自身の社交性の無さを痛感する。何も言わず彼の横を通ってしまえば……しかしそれは拒絶になりはしないだろうか。じゃぁ、何か言葉をかけて……
「先輩?」
訝しげに覗きこまれる。俺ははっとして、彼の横に身を滑り込ませた。
「あ、ああ悪い。じゃぁ……」
「先輩」
ぱっとつかまれた腕。俺は僅かに肩を震わせてしまう。さっと赤くなってしまった顔を見られてしまわないよう、後ろを振り向かずに彼の言葉を待った。
「ちょっと、話しませんか。立ち話で結構なんで」
「……いいけど」
腕が離される。顔の赤みも引いた感があって、俺は彼に向き直った。
話。覚悟をしていた方がいいだろうか。否、どうせ覚悟なんかしたって傷つく時は傷つくんだ。自然に、そう、自然にいよう。
俺が聞く体制になれば、ト―レは僅かに口を開き、そうして目線を逸らした。団子に収まりきらなかった赤髪を耳にかけたり、持っていた洗面用具を持ちあかえたりして、彼は迷っているように見えた。何か、言いにくいことであるのは間違いないだろう。不安になって来る心を奮い立たせ、俺は彼の言葉を待つ。
「噂は、聞きましたか」
彼が意を決して発したのは、そんな言葉だった。
「噂?」
「やっぱり、知らないんですね。なら、良いんですが……」
いや、気になるから。
ト―レの様子からして深刻な噂、しかも俺に関わることなのだろう。最近周りの視線が嫌に冷ややかなのには気がついていたが、もしやその噂というのが関係しているのだろうか。
「噂って?」
「いえ、忘れてください」
「いや、無理だって。そんな言い方されちゃ。教えてくれるか?」
「……聞いて、傷つくのは先輩ですよ?根も葉もないものがほとんどなんですから」
殆どって濁すって事はほんとっぽいのも混じってるわけだ。
「教えてくれ」
真に知りたいのだと、言外に訴えかける。じっと互いの目を見つめること数秒、ト―レは深くため息を吐いた。
「聞かなきゃ良かったって、思いますよ」
ト―レから聞いた噂の内容に、俺は深く眉根を寄せた。
なぜ、なぜそんな話が出回っている。俺が校舎を壊した?違う、校舎を壊したのはあのピンクい髪の女だ。俺が奴らを招き入れた?そんなことするはずがない。もう一生会いたくもない。俺がどっかの組織に属しているって?どうしてそんな噂が出る。グラウンドのあり様は……俺がやったってのは真実だが。あとなんで俺が田舎で(性的に)遊んでいたとか、4股ばれて転校してきたとか、実はネコだとか、意味わかんない噂も混ざっているんだ。いや、意味自体は分かるけどね、なんで俺についてでそういった話題が出るのか。色恋も、この間の件も、俺の噂なんてしないでほしい。まぁ、一度出回った噂は取り返すのは厳しいんだけど。79日ってね。
ほんと、気が重い。表情に出さない不安な感情が俺の中に沈澱していく。
正直言って、怖い。噂を信じている人は少なからずいるのだろう。もしそれが、ナザやレント、アセラや、ケイだったら――俺はまた、学校というものから離れるだろう。また、俺は変われない俺自身をまざまざと見せつけられるのだろう。
まだ救いなのは、おかしな噂と一緒に出回っていることで真実が混ざっていることを勘繰られないこと。
「なるほど、ね。教えてくれてありがとな」
笑顔を向けられるほど強くないけれど、出来るだけ自然に見えるように。
「先輩……」
ト―レが顔を歪める。そしてふと視線をさまよわせ、あの、と言いにくそうに口を開く。
「先輩は……男もいけますか」
「……は?」
「いえ、だから確認というか、予防と言うか……」
風紀ですし、ととってつけたような理由。なんとなくわかったけれど、俺だって風紀だし、予想があるのなら自分で自分の身くらい……まぁ、生徒相手くらいなら大丈夫だろう。多勢に無勢はきついが。
俺はため息を一つして、頭をがじがじ掻く。汗で髪の毛がべたついていて、そう言えばシャワーを浴びるんだったと思いだした。
「さぁ?でも男は相手にしたことない」
女を相手したこともないけどね。それ言うと悲しくなるから言わない。まず、誰かを好きになったことってのが俺にはないし、適当に遊ぶなんてことをしようとも思わなかったから。それよりゲームしたり、家族でどっかでかけてた方が楽しかった。ケンカも嫌いじゃなかったし。
「そう、ですか。……多分、言いよって来る人増えると思いますよ。今はもう一つの噂の方があって話しかけにくい雰囲気ですけど、しばらくすれば」
俯いてト―レは言う。
そんな物好きいるはずない、とは初日のことも会って言葉に出せなかった。全く、忌むべき噂が自分の身を今守っているだなんて、皮肉にしても性質が悪い。
「気をつけるよ」
じゃぁ、ありがとな。俺はそう言って、シャワー室の扉を開けた。
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シャワーシーンをほんとはちょっと絡み入れたかったけど、状況的に無理だったorz